
クックパッドのポッドキャスト番組「ぼくらはみんな食べている」。食や料理に熱い思いを持ち活躍するゲストを迎え、さまざまな話を語ります。クックパッド初代編集長の小竹貴子がパーソナリティを務めます。今回は、漫画家・ミュージシャンの久住昌之さんがゲストの後編です。
『孤独のグルメ』というタイトルが生まれた背景
小竹:『孤独のグルメ』というタイトルは、そもそもどこからきたのですか?
久住さん(以下、敬称略):連載を始めるにあたって、編集者と何度も会って打ち合わせをしたのですが、肝心のタイトルを決めていなくて…。「その孤独なグルメものの話のタイトルをどうしましょうか?」と言われて、咄嗟に「じゃあ、孤独のグルメでいいんじゃない」と答えたら、「いいですね!それでいきます!」とあっさり決まったんです。でも、それでよかったと思います。
小竹:そうですよね。
久住:「孤独な」だと寂しいですよね。「孤独の」だと、他人は関係ない、というニュアンスが入る。「孤独なグルメ」は「ロンリー」だけど、「孤独のグルメ」だとソリタリーな感じ。一人が苦にならない、他人は関係ないグルメ。
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小竹:うんうん。
久住:中国では「孤独的美食家」と訳されていて、わかるけどなんか違うなーと思っていたんです。そしたら台湾では「美食不孤単」と訳されていて、意味は「おいしいものがあれば1人でも孤独ではない」で、それはすごくうまいな、僕の意図に近いなと思いました。
小竹:世界観が日本的なので、海外でも人気があるのはちょっと意外でした。
久住:そうですよね。1人でご飯を食べる文化というか習慣は日本以外ではあまりない。韓国は1人客は店に嫌われるらしいです。注文した品以外に、小鉢が無料でたくさん付きますからね。あれを1人客に出すのが割に合わないみたいで、店主に露骨に嫌な顔をされるとか。
小竹:それなのにこの漫画がすごく受け入れられているのは、どういったことが考えられますか?
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久住:漫画は今10ヶ国で翻訳されているのですが、やっぱり谷口さんの絵の力ですよね。ドラマは松重さんの演技力ですね。人がおいしそうに食べる姿は、絵でも実写でも、人の興味を引くんでしょうね。
小竹:韓国でとても人気と聞きました。
久住:そうなんです。ソウルの街を歩いているとよく声をかけられて、「五郎はどこにいるんですか?」って聞かれます(笑)。僕は最後にビールを飲む役で来ているのかと思われる。それが本業みたいに…(笑)。
小竹:今年の3月に『江戸呑み〜江戸の“つまみ”と晩酌のお楽しみ〜』という著書を出されていますが、江戸時代がお好きなのですか?
久住:お好きなんですかって(笑)。そんな風に聞かれたのは初めてですが。「晩酌の誕生」には興味があったんです。江戸は後からできた都なので、城や街を作るために労働者が必要で、全国から人が集まってきていたんです。彼らはみんな独身で長屋に住まいだった。そういう人たちから晩酌とか居酒屋とかは始まったそうなんです。京都とかにはまだそういう文化はなかった。家族がいる人は家で食べたり飲んだりしていた。今回その辺の話が聞けてとてもよかった。つまり「孤独のグルメ」の原型ですよね。
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小竹:うんうん。
久住:家に帰ってもただ一人暗い部屋で寝るだけの独身労働者にちょっと酒を飲ませる店が出てきた。酒屋で芋をつまみに1杯飲ませたり。そういうものがだんだん居酒屋になっていった。
小竹:1人飲みの発祥は江戸時代なのですね。
久住:それがすごく面白いと思いました。あと、僕は落語が好きなのですが、昔の落語には、1人で飲むシーンがしばしばあって、その描写にすごく親近感を感じていたんです。江戸時代は雑誌もテレビもネットも何もなくて、情報が圧倒的にない。そんな中でうまそうに酒を飲んで酔っていく話が僕はたまらなく好きで。
小竹:そういうときは、どういうことを考えながら飲んでいたのでしょうね。
久住:何も考えていないですよ。みうらじゅんに「久住は1人で飲んでるけど、どうしてるの?何してるの?俺は1人じゃ間が持たない」ってよく言われていたけど、「え、酒を飲むということをしてるじゃん」って言ったら、「えー、俺にはそんなの耐えられない」って(笑)。
小竹:寂しくもない?
久住:全く寂しくないですよ。みんなで飲むのももちろん好きで、昔からの飲み友達とか久しぶりに会う人とかと飲むのもすごく楽しい。ただ僕の場合、基本は仕事が終わって飲む。もう遅いから1人飲みになるんですよね。仕事の一人旅も多いし。
小竹:大石くんは1人飲みはするの?
大石:僕も家で1人で飲むことは多いです。いろいろなシチュエーションで飲むのが楽しいので、旅行先でふらっとお店に入ることもあります。最近はハイボールにハマっているのですが、3000円以下で買えるウイスキーで、一番おいしいハイボールを作れるのはどれかというのを探しているんです。
久住:それは楽しそうだね。
大石:僕の中で今一番おいしい3000円以下のウイスキーを今日は持ってきました。アイリッシュのウイスキーなのですが、ぜひ2杯目はこれを飲んでほしいです。
久住:アイリッシュウイスキーは好きなので、ぜひ飲みたいです。
“漫画”と“音楽”の両方に助けられている
小竹:The Screen Tonesは『孤独のグルメ』のためにできたバンドだそうですが、すごい数の曲を作られているみたいですね?
久住:毎回新曲を作っているので、もう300曲以上ありますね。音効さんがシーンに合わせて当てているので、昔の曲が使われたり、よく使われる曲があったりもしますが。物語らしい物語がないドラマなんで、音楽は重要だと最初から思っていました。シーズンごとにテーマ曲も変えているので、新しいシリーズが始まると、映像スタッフもワクワクする感じになるというか。
小竹:台本を見てから音楽を作るのですか?
久住:そうですね。でも、今度はインド料理店、という情報だけで考えるときもあります。5人のメンバー全員が各々作曲するのですが、宅録した音源をmp3で送り合って、これにギターを入れてとか、サックスを入れてみたいに作ることもあります。
小竹:そうなのですね。
久住:毎回流れる最初の30秒のテーマ曲は全て僕が作っています。この曲だけは全員がスタジオに集まって演奏録音します。この時間は毎回最高に楽しいので、スタジオでずっと笑っています(笑)。
小竹:漫画家とミュージシャンでは、どちらが本業といった感じですか?
久住:同じですね。僕は漫画でも原作が多いので、漫画家と言っていますけど、半分な気持ちなんです。谷口さんが描いていたり、水沢さんが描いていたり、弟が描いていたり、泉さんが描いていたり。音楽もバンドでやることが多く、全てが僕ではなくてみんなの力で作っている感じなので、両方同じ感じなんです。
小竹:なるほど。
久住:でも、1人でイラストも描くし、弾き語りもやる。それができたほうが、人とやったときにより強いと思うんです。1人で弾き語りができるという根本の強さがあったほうが、バンドで演奏したときに強くオリジナリティが出る。漫画でも音楽でも「それらしいの」が一番なんです。
小竹:久住さんを構成している中では、どれも欠けてはいけない大事なパーツみたいな感じですね。
久住:どれも欠けてはいけなくて、どれもなくなっちゃってもいいみたいな感じです(笑)。でも、いつも両方に助けられています。漫画やイラストや話に行き詰まっているときには、ギターやウクレレを弾いています。そのまま曲を作り出しちゃうこともありますね。音楽から漫画のストーリーも思い浮かぶし。
小竹:久住さんは三鷹市生まれの三鷹市育ちで、生粋の“三多摩原人”ですよね。三多摩原人という言葉は、久住さんの著書で初めて知りました。
久住:三多摩に住んでいる人は、中学生くらいから聞くようになる言葉です。なぜかというと、地域のスポーツ大会が三多摩大会という名称なんです。三多摩大会があって、23区大会があって、それで東京の1番を決めたりするんです。
小竹:そうなんですね。
久住:都立高校も7、8、9学区が三多摩地区なんです。いつも三多摩で一括りにされてきた。だから、東京人と言われると「僕は三多摩だけどね」と思っていました。東京人というのは新宿より西のほうじゃないかなって。
小竹:私は国分寺なのですが、三多摩に入る?
久住:もろですよ。もろ三多摩原人です(笑)。原人は僕らだから、三多摩新人ですね(笑)。
大石:僕は中野区に今は住んでいます。
久住:中野も三多摩の仲間だよ。23区のふりをしているけど、杉並とか中野とか、あの辺は全部こっちだよ(笑)。
大石:光栄です(笑)。
久住:「中央線文化」ってよく言うけど、僕はあの言葉がすごく変だと思っていて、中央線カルチャーなのに、新宿とか四谷とかお茶の水が出てこない。あれは中央線の三多摩群でしょ。東京の田舎めなところということ。区民と言っているけど、杉並区民とか練馬区民とか、みんなこっちの仲間ですよ(笑)。
小竹:23区ではないことで、上から見られてしまう体験も何度かしたこともありますね。
久住:本を書くにあたって、三多摩を歩いて回ってみたら、本当に面白いところがいっぱいありました。車だとダメなんです。やっぱり人間の速さがいいですね。自転車でもいいけど、歩いたほうがいい。昔の人と同じ感覚になれるのでね。
小竹:なるほど。
久住:お店を見つけるとか、考えるとか、何か想像するとか、僕の場合は歩くことが基本になっている気がします。毎朝散歩をするのですが、そのときにいろいろなことを思いつきます。あの曲のアレンジはこうしようとか、漫画のエンディングはこうしようとか。
最後に食べたい弁当は何なのか?
小竹:2杯目は大石くんのおすすめのお酒です。
大石:バスカーというウイスキーで3000円弱で買えるものです。
久住:いいですね。コロナのときにお店が全然やっていなかったから、仕事の後に仕事場でちょっと飲むようになったんです。そのときに近くのコンビニでアイスコーヒーの氷だけを買って、これで飲めるだけ飲むというルールを作っていました。そのときに、アイリッシュウイスキーを飲んでいました。
小竹:去年出されたエッセイ『これ喰ってシメ!』の中で、死ぬ前に最後に食べたいものは何かという最後の晩餐についての質問が嫌いと書かれていましたが、それはなぜですか?
久住:死ぬ前って食うどころじゃないでしょう(笑)。だから、その質問は死ぬ予定の全くない人の命題だなと思うんです。『SPA!』で新しい連載を始めたんですけど、毎週何かの弁当を食べる連載で、散歩中に「ファイナル弁当」というのを思いついたんです(笑)。
大石:ファイナルアンサーみたいな感じですか(笑)?
久住:そうそう(笑)。鹿児島にトークイベントで行ったときに、ビジネスクラスを取ってくれていて、弁当が出たんです。ものすごくいい弁当だったのですが、「この飛行機が落ちたらこれが俺の最後の弁当なんだな」ってふと思ったんです。確かに豪華な弁当だけど、俺的にこれが最後で最高に嬉しいのかって…。それなら、何が最後なら俺は満足なんだろうと考えて、それを探す連載にすればいいかなって思ったんです。もっと素朴な海苔弁にグッとくるんじゃないだろうか、とか。
小竹:面白いですね。
久住:そう考えると、そのビジネスクラスの弁当もやりすぎ考えすぎに思えて、なんか滑稽に思えてきて、それを黙って食べている自分が笑えてくる。見る角度を変えると身近にあるものの価値観がひっくり返る、みたいなのが好きみたいです。
大石:視点が変わる感じですよね。
久住:そうそう。考え方が変わる。ファイナル弁当と思うと、ビジネスクラスの弁当もやりすぎで笑えちゃう。面白いほうに面白いほうに持っていきたい。自分がやっていることで、面白くないのが嫌なんです。
感じたことを形にできたら新しいものが生まれる
小竹:今後やってみたいことは?
久住:今やっている作業が、僕が40年前に描いた『動物の人達』のリライト作業なんです。当時はマジックとサインペンで描いたのですが、それを全てキャンバスにアクリル絵の具で描き直して、たぶん今年できると思うんです。そしたらそれに添えた文章も書き直してもう一度本にしたい。それは自分で本当に今やりたいことですね。
1985年に出版した「動物の人達」(白泉社)より「スタンピートくん」
2025年にキャンバスに描き直された「スタンピートくん」
小竹:なるほど。
久住:それが終わった後は、妖怪を描きたいと思っています。以前、「現代の妖怪」という連載を雑誌でしたことがあるのですが、現代にはわからないことがあるじゃないですか。例えば、家で探し物をしているときに、ふと見るとペン立ての横に陰毛が1本ある。どうして?どうやってここに来たんだ?って。これは妖怪の仕業ですよね(笑)。
小竹:妖怪なんですね(笑)。
久住:それは妖怪の「ケボーズ」だと思って、その妖怪の造形を考えるんです。
「ケボーズ」(1995年ごろ?)
久住:あと、瞼がピクピクすることがあるじゃないですか。あれもネットで検索すると何万件も出てくるのですが、結局なぜなるのかがわかっていない。あれも妖怪です(笑)。
小竹:違いますよ(笑)。
久住:「瞼引き」という妖怪がやっているのよ。それはどういう妖怪だろうというのを想像するのが面白いんだよね。それらをまとめて「妖怪人」と呼ぶのもいいかなと。
大石:業界人みたいですね(笑)。
久住:同じ本を買っちゃったりとかあるでしょ。妖怪人が買わせているんですよ。買ってきたものがすでに冷蔵庫にあるとか。理由のわからない不思議はなんでもかんでも妖怪人の仕業です。尊敬する水木しげるさんにお会いしたときに、軽薄な担当編集者が「水木先生、妖怪はどうやったら見えるのですか?」と聞いたら、「見えるわけないでしょ。感じるんです。感じたものを感じたように絵に描けたときに“捉えた”となる」って言われたんです。
小竹:うんうん。
久住:感銘を受けました。水木さんの最高なのは、「妖怪と妖精と幽霊と神様は同じものです。みんな見えない。感じるものです」って言っていて、すごい境地だと思いました。
小竹:そうですね。
久住:ぬりかべも南方のジャングルで真っ暗な中でどうにもこうにも進めないときに、ここに真っ黒な壁があるような感じがして、それが江戸時代から言われているぬりかべだと直感したのがきっかけなんだそうです。それを水木さんは自分の描き方で描いたんです。それで不可思議を“捉えた”んですね。
小竹:そうなんですね。
久住:僕も「ん?」と感じたことを形にすることが面白いんです。表現方法は、絵でもいいし、お話でもいいし、音楽でもいい。
小竹:久住さんも漫画や音楽など、何かを感じたことで作られていますよね。
久住:そうだね。音楽もいつもそうで、あるときスリッパって不思議な履物だとふと思ったんです。スリッパは日本特有のものです。日本に西洋文化が入ってきたときに、西洋の方は家の中まで靴で入るけど、日本家屋は土足厳禁。靴は脱いでほしいけど、裸足は申し訳ないから、便宜上作られたのがスリッパ。
小竹:はいはい。
久住:西洋建築と東洋建築の融合の過程で、日本人はいわば苦肉の策でスリッパを作った。しかも、それが今もみんなの家にある。それが面白くて「スリッパ」という曲を作り始めました。そしたらジェーム・スブラウンじゃないかなって。「スリッパ!」(笑)。
大石:すごく楽しみです。
小竹:どこかで披露されるのですか?
久住:今作っているアルバムに収録します。すでにライヴでは何度も演奏しています。盛り上がりますよ。
小竹:めっちゃ楽しみです!
(TEXT:山田周平)
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【ゲスト】
第34回・第35回(6月20日・27日配信) 久住昌之さん
漫画家・ミュージシャン/1958年生まれ、東京都出身。1981年、泉晴紀(現・和泉晴紀)作画のコンビ「泉昌之」で描いた短編マンガ『夜行』でデビュー。1999年、実弟・久住卓也とのユニット「Q.B.B.」の『中学生日記』で第45回文藝春秋漫画賞。2019年には絵・文を手がけた絵本『大根はエライ』が第24回日本絵本賞を受賞。根強い人気を誇る谷口ジローとの共著『孤独のグルメ』は10以上の国・地域で翻訳出版され、2012年にTVドラマ化。そのシリーズすべての劇伴の制作演奏、脚本監修、レポーター出演を務めるなど、マンガ、音楽を中心に、多岐にわたる創作活動を展開している。代表作に『かっこいいスキヤキ』『花のズボラ飯』『野武士のグルメ』など。
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Instagram: @qusumipquick
【パーソナリティ】
クックパッド株式会社 小竹 貴子
クックパッド社員/初代編集長/料理愛好家。 趣味は料理🍳仕事も料理。著書『ちょっとの丸暗記で外食レベルのごはんになる』『時間があっても、ごはん作りはしんどい』(日経BP社)など。
X: @takakodeli
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