
田中パウロ淳一インタビュー(1)
関東1部リーグだった2023年に地域チャンピオンズリーグを制し、2024年はJFL初年度にして初優勝。今季、晴れてJリーグに参入した栃木シティは、過去2シーズンの勢いそのままに初挑戦のJ3でも第20節を終えて13勝4分け3敗で首位に立つ旋風を巻き起こしている。
その快進撃の中心にいるのが、J3の2・3月の月間MVPに選ばれ、ここまでチームトップタイの7ゴール、リーグトップタイの7アシストと攻撃をリードしているFW田中パウロ淳一である。
12年に高卒で川崎フロンターレに入団しながら、その後紆余曲折を経て、栃木シティで遅咲きのブレイクを果たした31歳。一見派手なドレッドヘアに目がいくが、今季決めたゴールのほとんどがゴラッソとプレーもピカイチ。TikTokのフォロワー数は40万人超、You Tuberとしても人気を博す異色のJリーガーに、チーム&個人の好調の要因を聞いた。
「驚きはないです。どちらかといえば勝てた試合を引き分けてしまったり、勝ち点を取り損ねた試合があったと思っているくらいです。僕らは2年前まで地域リーグ(関東1部、J1から数えて5部相当)で戦っていて、J3の戦いに慣れるのに多少時間はかかりましたが、対戦相手に僕らのデータがあまりないことが功を奏した部分はあると思います。
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一般的なJ3のチームでは、J1やJ2からのレンタル選手やJ3を何年も経験している選手が多く在籍しています。でも栃木シティでは、多くの選手が初めてJリーグで戦っています。"今季勝てなかったら、選手としてのキャリアが終わり"だと危機感を持っている選手も少なくないし、覚悟が違う。一方で、ここで活躍してステップアップしてやろうと思っている選手も多く、それが積極的なプレーにつながり、結果にも表われている気がします」
栃木シティはオーソドックスな4−3−3を基本布陣とし、昨季JFLで最多の66得点を挙げた攻撃力が魅力のチームだ。加えて選手たちはハングリー精神に溢れており、現役時代に海外でのプレー経験があり、横浜F・マリノスを指揮していたアンジェ・ポステコグルーの通訳を務めた経歴などを持つ今矢直城監督(22年から現職)らコーチ陣の存在が、チームに好影響をもたらしていると田中パウロは言う。
【ゴール動画がJリーグイチバズっていると評判に】
「選手のエネルギーを、今矢さんらスタッフがうまく整理し、戦術として形にしてくれている。練習から試合を想定したシチュエーションが多く、実戦でも自然と体が反応する感覚があります。過去の経験で言えば、チームの結果は選手の質や調子に委ねられる部分が多いと思いますし、僕自身、常に結果を残さないといけないという気持ちで臨んでいました。いいプレーができて試合に勝てば喜んで、逆なら落ち込むみたいな。でも、それだとチームは安定しないですよね。
いまの栃木シティはそこが違い、データや確率を重視しながら今矢さんにいい意味でコントロールされ、個で戦うのではなく、チームとして戦っているから浮き沈みが少ないんじゃないですかね」
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田中パウロは川崎フロンターレ(12−13年)を皮切りに、ツエーゲン金沢(14−15年)、FC岐阜(16−18年)、レノファ山口(19−20年)、松本山雅(21−22年)、栃木シティ(23年〜)とクラブを渡り歩いてきた。これまでのキャリアで1シーズンの最多得点はFC岐阜時代の18年(J2)の8ゴール。それが今季はシーズン折り返し前に7ゴールまで数字を伸ばしている。
「(なぜ得点が増えているか?)チームが攻撃的で、僕のところにたくさんチャンスがきているからじゃないですか。ラッキーな面もあるし、試合を見てもらえるとわかると思いますが、僕はほとんど守備をしないで攻め残りしていますから。それに、そもそも期待されていなかったぶん、いい意味で力まずシュートを打てているというか(苦笑)。
関東リーグやJFL時代は、守備をする時間も長かった。でも、いまはある程度攻撃に専念できている。ここからはそう簡単にはいかないと思いますけどね」
J3とはいえ、右サイドからカットインして振り抜く左足の威力は際立っている。今季、田中パウロが決めたゴールのほとんどはゴラッソで、JリーグのYou Tubeでも、ユニークなゴールパフォーマンスもあって、そのゴール動画はJリーグ1バズっていると評判だ。
【「ゴールにこだわらなくなった」】
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「ゴラッソを狙っているわけではなく、あくまで自然な流れのなかで決まったものですけどね。僕は右サイドから切れ込む形が多いですが、相手の左サイドには攻撃の得意の選手が多いので、その相手に攻めさせないように、積極的に(シュートを)狙っていった結果そうなっただけです。うまく流れに乗れた感じですね」
そして、田中パウロはこう続ける。
「僕はこれまで、どのチームでも『守備ができない』と言われ、自分の強みを正当に評価してもらえなかったように感じていました。攻撃については、周りの選手にはない独特な部分があると意識していましたが、そこを評価してもらったのは栃木シティが初めて。日本人の監督さんは、どちらかというと選手のウィークポイントを指摘しますが、今矢さんは海外生活も長いからか考え方が海外的で、いい部分を見てくれる。選手はそれぞれ個性が違うわけで、それぞれが長所を全面に出し、足りない部分はみんなで補えばいい。そんな今矢さんの考え方のなかで、自分の持ち味が生かされている部分は大きいと思います」
かつては貪欲にゴールを狙うことで、独りよがりのプレーに走ってしまったこともあったというが、いまはいい意味で力みが取れたとも話す。
「栃木シティに来るまでは、ゴールを取りたくてしょうがなかったですからね。自分が何とかしたいという気持ちが強く、完全に空回りしていました。でも、そこは通り越しました。だから、もうゴールは取らなくてもいいっていうか(笑)。若い頃は、結果を出して"個人昇格(上位クラブへの移籍)したい"という気持ちもありましたが、いまはそういう気持ちはまったくないです。
チームとして昇格したいという気持ちが強いので、僕が点を取ることにこだわらなくなったんです。むしろ、若手が活躍して上のステージに行ってくれたらそれが一番うれしい。そんな考えだからか、絶対にゴールを決めたいとも思っていないし、逆にチャンスで落ち着いてシュートが打てているんだと思います」
3年連続での昇格、J2昇格についてはどうだろうか。J3からJ2への昇格は、金沢時代に経験している。
「正直、J3からJ2へ昇格する景色は知っていますし、J2へは行けると思っています。ただ、そのためにはチームとしてもっと頑張る必要がある。シーズン後半はほかのチームにも栃木シティのデータを取られるでしょうし、そこでどれだけ勝ち点を取れるか。自信はあります」
(つづく)
田中パウロ淳一
1993年10月23日、日本人の父とスペイン系フィリピン人の母の間に兵庫県で生まれる。12年、大阪桐蔭高から川崎フロンターレへ加入。左足の強烈なシュートが評価され、「和製フッキだ」と期待を寄せられたが、わずか1年強で退団。14年からは複数のクラブを渡り歩き、23年から栃木シティ所属。その明るいキャラクターでTikToker、You Tube「パウロちゃんねる」などでも活躍。25年2月・3月のJ3リーグ月間MVP賞を受賞。ポジションはFW。