語学も実績もゼロから始まった井上心太郎のアメリカ挑戦記 次なる目標はNPBドラフトで指名されること

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2025年07月18日 07:50  webスポルティーバ

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井上心太郎インタビュー(後編)

前編:佐々木麟太郎よりも本塁打を放った謎の日本人留学生はこちら>>

 高川学園(山口)からアメリカ・西ネブラスカ短大への進学を決めた井上心太郎だが、語学への自信はまったくと言っていいほどなかった。

「中学、高校とあまり勉強をしていないかったので(笑)。留学をサポートしてくれた会社が留学予定者を集めてTOEFL(英語を母語としない者を対象とした英語能力テスト)の勉強会を開いてくれたんですけど、英会話はまた別ですから。アメリカに来た当初は、相手が何を言っているのかわかりませんでした」

【仲間に恵まれた留学生活】

 アメリカでの生活は、困難を極めたのではないか。そう質問すると、井上は「うーん、そうですね......」と口ごもった。

「正直言って、何かものを買おうとした時に『物価が高いな』と思ったくらいで......。苦労したと思ったことは、あまりないんですよ」

 西ネブラスカ短大での生活は、「周りに恵まれた」と井上は振り返る。無名の日本人留学生のために、日本語でサポートしてくれるスタッフなどいない。しっかりと勉強して単位を取得しなければ、野球などさせてもらえない。そんな環境でも、親切な友人たちが井上を救ってくれた。

「野球の言葉は、なんとなくわかるじゃないですか。日常生活では、友人たちが僕のためにわかりやすい英語を使ってくれて。3カ月もすると耳が慣れて、他愛もない会話ができるようになりました。当時の仲間とは、今も連絡を取り合っています」

 野球の面はどうだったのか。井上は高校時代、ほとんど公式戦での実績がない。相当な技術的な進化があったのではないかと想像していたが、井上はやんわりと否定した。

「何かを大きく変えたわけではないです。もともと野球にはずっと自信があったので。ホームランをバコバコ打てるタイプではないですけど、強い打球を打てるのが自分の持ち味なので、そのスタイルを生かしたプレーをしようと心がけていました」

 西ネブラスカ短大での2年間を経て、井上のもとにはさまざまなオファーが届いた。そのなかにカンザス州立大への編入という誘いもあった。

「決め手になったのは、カンザス州立大が強いチームということ。あとは自分と入れ替わりでMLBドラフト1巡目の選手が抜けること、学費面でもある程度の免除をしてもらえたことも大きかったです。親は『自分のしたいようにしていいよ』と言ってくれましたけど、やっぱりアメリカ生活で金銭負担がかかることは悩みの種だったので」

【考えるプレーが自分の武器】

 NCAA(全米大学体育協会)のディビジョン1では、今季58試合の出場で打率.279、9本塁打、31打点を記録。守備では二塁と遊撃をメインに、そつなくこなした。佐々木麟太郎(スタンフォード大)が記録した7本塁打を上回ったが、井上は「自分はホームランバッターではない」と強調する。

「もちろん、バットを強く振れるところは自分の強みです。でも、大谷翔平さん(ドジャース)や鈴木誠也さん(カブス)のように、ホームランを何十本も打てるタイプではないと思っています。むしろ、『考えてプレーできる』ところが、自分の武器なのかなと。シチュエーションに応じて、時にはバントをすることもありますし、ファウルを打ってカウントを整えることも好きです。『こんな選手がひとりいるチームは強いよな』と思ってもらえる、チームに勝利をもたらせる選手でありたいんです」

 カンザス州立大でも、「チームを勝たせる選手」として評価を受けている。井上はカンザス州立大の指導者が現地メディアの取材に対して、「井上はチームで一番賢い選手だ」と語っていたことを知り、報われた思いがしたという。

「自分は数字に出にくいところも大事にしていたので、今の大学がしっかりと評価してくれるのはありがたいです。自分が粘って球数を投げさせるところ、次のバッターに相手の情報を伝えているところ、あえて内野ゴロを打ってランナーを還しているところ、高い出塁率(.407)を残しているところも見てくれている。アメリカらしいダイナミックさも野球の魅力なんですけど、自分は考えて野球をするのが好きなんです」

 身長170センチの井上は、アメリカの大学生のなかでも極めて小さい部類に入る。だが、井上は「コンプレックスと思ったことはないです」と断言する。

「体が小さいことを嘆いたところで、身長は変わらないので。むしろ、自分からギャグにして、チームメイトに笑ってもらっています」

【MLBドラフトでは指名されず】

 なお、同じくアメリカの大学球界で戦う佐々木とは、サマーリーグの試合時に挨拶を交わしたという。

「めちゃくちゃいい子ですよね。言葉遣いがすごく丁寧で、年上の人と話すことに慣れていて、すごいなと感じました。自分なんて、取材されることもほとんどないので、麟太郎くんを見習わないといけないですね」

 佐々木が渡米1年目に残した成績について、「苦戦した」と受け取っている日本の野球ファンは多いようだ。そんな印象を伝えると、井上はこう答えた。

「麟太郎くんも自分も、特に強いチームが集まる『パワー4カンファレンス』(佐々木のスタンフォード大はアトランティック・コースト・カンファレンス、井上のカンザス州立大はビッグ12カンファレンス)にいるんですけど、僕が今季に対戦した投手の平均球速が91.1マイル(146.6キロ)でした。それはNPBの投手の平均球速と同じくらいだそうです。それに、アメリカの投手は上背があって、ホームに近づいて投げてくるので、数字以上に速く感じます。そこまでレベルが高いなかで、麟太郎くんは1年生でも全試合に出場して、経験を積んでいるのですから。来年はもっと期待できると思いますよ」

 一方、アメリカでの3年間を戦った井上にとっても、分岐点が近づいている。大学生活はあと1年残すものの、アメリカでは大学3年生以上、もしくは21歳以上の選手はドラフト対象になるのだ。

 7月13日、14日(現地時間)に開かれたMLBのドラフト会議では、井上の指名はなかった。それでも、「日本でプレーしたい思いもすごく強い」と語るように、井上はNPBドラフトでの指名を熱望している。

「MLBドラフトにかかれなかったのは悔しいですが、次に向けて頑張ります。小さなチャンスでもつかみ取れるように、準備したいと思います」

 4年前まで誰も知らなかった「井上心太郎」という名前が、少しずつ光を浴びるようになってきた。井上は「興味を持ってくれる人が増えたのはうれしい」と語りつつも、さらにその先を見据えている。

「日本でプロ注目と騒がれた選手がアメリカの大学に行くのは、意外とそこまで大変ではないんです。でも、高校時代に日の目を見たことのない選手が、留学するケースが増えていくとうれしいですね。高校では不完全燃焼でも、アメリカで語学を学びながらハイレベルな野球を経験できる。こういう道もあるんだと知ってもらえたらいいなと。自分は、そんな選手たちへの道を示したいんです」

 パイオニアになる、その日まで。井上心太郎は自分の道を拓き続ける。


井上心太郎(いのうえ・しんたろう)/2003年6月18日生まれ。山口県山口市出身。高川学園シニア、高川学園高でプレーし、高校3年夏には控え内野手として甲子園出場。同期に立石正広(創価大4年)がいた。高校卒業後に渡米し、西ネブラスカ短大に2年在学後、カンザス州立大3年に編入。今季はNCAA1部で打率.279、9本塁打、31打点をマークした。

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