KDDIは、4月にサービスを開始した「au Starlink Direct」の通信品質を向上させたことを発表した。合わせて、同サービスへの接続者数が7月10日時点で100万人を突破したことも明かしている。この発表と同時に、登山地図アプリを開発するヤマレコは、au Starlink Direct経由で「緊急SOS」を発信する機能の提供を開始した。通信品質という土台の改善に加え、その上で提供するサービスの拡充も図った格好だ。
2025年夏に開始するとしている衛星経由のデータ通信も、この通信品質改善の延長線上にある。他社も含めて圏外になってしまうエリアをいち早くカバーすることで、通信での競争力を高めるのがKDDIの狙いだ。では、au Starlink Directの通信は、どの程度改善されたのか。筆者が契約している「au Starlink Direct専用プラン」でこのサービスを試し、SMSを送信することで速度や安定性をチェックした。
●接続性の課題に対応、衛星数拡大で安定性や速度が大幅向上
4月にサービスを開始したau Starlink Directは、米スペースXの低軌道衛星Starlinkとスマホが直接通信するサービス。通常のStarlinkよりもやや高度が低い地上340kmを飛ぶ直接通信衛星につながることで、SMSの利用が可能になる。iOSはiMessage、AndroidはRCSの送受信にも対応する。現時点では音声通話やメッセージ以外のデータ通信はできないが、地上のネットワークが圏外の場所でも最低限のコミュニケーションが可能になる。
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4月時点では、auユーザー限定のサービスだったが、KDDIは5月にau Starlink Direct専用プランの提供を開始。これは、au Starlink Directに対応したauのデータプランを別回線として契約する仕組みになり、UQ mobileやpovo2.0のユーザーはもちろん、ドコモやソフトバンク、楽天モバイルのユーザーも利用できる。月額料金は1650円だが、UQ mobileは新料金プランとのセット割引が適用され、料金は550円まで下がる。
単に他のユーザーとメッセージでやりとりできるだけではなく、RCSに対応したAndroidでは「Gemini in Googleメッセージ」を使うことでAIとのチャットを行える。さらに、KDDIは「シンプルAIチャット」というSMS用のサービスを用意。iOSやGoogleメッセージを利用していないAndroidユーザーも、「#3333」にSMSを送信することで、AIとの会話が可能になる。あくまでテキストベースのやりとりにはなるが、SMSやRCSを活用することで、Webサービスの代替になるというわけだ。
一方で、当初のau Starlink Directは通信が切断されてしまう時間が長かったり、SMSの送信に時間がかかったりする課題もあった。約7分程度の間に50秒間の圏外が2回あり、SMSの送信にも2分程度の時間がかかっていたという。これは、衛星が直接通信に使う衛星が約300基と少なかったためだ。6月にKDDIとスペースXが軌道系射角の追加を認可され、この状況が改善された。
軌道系射角とは、衛星の軌道面と赤道面の角度を指す用語。これまでは53度の衛星だけを使っていたが、6月から43度の衛星も加わり、直接通信用の衛星の数が300基から600基へと倍増した。結果として、より上空から密に地上をカバーすることが可能になった。KDDIによると、約7分間での圏外になる時間は、25秒間の1回のみに短縮され、SMSの送信も30秒程度に短縮されたという。
●すぐにつながりSMS送信も一瞬に、より使い勝手が増したau Starlink Direct
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この改善が、実際にどの程度効いてきたのか。KDDIの案内で、茨城県高萩市の「大和の森 高萩スカウトフィールド」に行き、実際にau Starlink Directを使ってみた。この場所は、全4キャリア中3キャリアの電波が届いておらず、圏外になる。地上の基地局と通信できたのはソフトバンクのみ。ドコモやKDDI、楽天モバイルは近くに基地局がなく、通信ができなかった(楽天モバイルはローミングだったことも付け加えておきたい)。
圏外になったところで、iPhone 16 ProのeSIMをau Starlink Direct専用プランに入れ替えてみたが、すぐにStarlinkをつかみ、アンテナピクトが「衛星」に変わった。空がしっかり見えていて木などの遮蔽(しゃへい)物がなかったためか、接続は至ってスムーズ。端末を空に向けているとはもちろんだが、ポケットに入れていてもSMSを受信できていた。その意味では、地上のネットワークと使い方が大きく変わるわけではない。
続いてこのiPhoneからSMSを送信してみたところ、一瞬で送信が完了した。感覚として、普段、地上の基地局につながっているときと大きな違いはなかった。KDDIはバッファーを取って30秒と説明していたが、環境がよければよりスピーディーに送信できるようだ。短いメッセージに加えて、シンプルAIチャットも利用してみたが、こちらも送信後、少し待っただけで結果が送られてきた。
その間、圏外になることはなく、安定性が向上している様子を確認できた。デモ用の端末として用意されていたAndroidスマホでも同様で、SMSのやりとりができた他、Gemini in Googleメッセージを使った回答もすぐに返ってきた。SMSやiMessage、RCSしか利用できないものの、メッセージ経由で生成AIにつながることで、その用途が広がっている印象を受けた。制限のある通信にマッチしたコンテンツをリンクさせるのは、キャリアの十八番。フィーチャーフォン時代のサービス設計をほうふつとさせる。
ただし、衛星につながった状態にもかかわらず、SMSの送信が終わらないことが何回かあった。この事象は、iPhone、Androidの両方で発生した。このような状態になると、いくらSMSを送り直しても送信ができなかった。フライトモードに切り替え、再び直接通信を始めたところトラブルは解消できたが、地上のネットワークほどの高い安定性がないこともうかがえた。
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●データ通信開始は間もなくか? 1年で積み重なるユースケース
軌道系射角の追加による接続の安定化は、データ通信の提供を開始するための布石と捉えることができそうだ。KDDIの技術企画部 通信プラットフォームグループリーダーの志田裕紀氏によると、データ通信は600基に増えた状態で開始し、現在、そのための検証を行っているところだという。KDDIは2025年夏のサービス開始を表明していたが、遠くない時期に対応が始まりそうだ。
今は便宜的にメッセージサービスとデータ通信が区分けされてはいるが、SMSやiMessage、RCSもデータ通信網を通るアプリケーションの1つ。あとはそれをどう他のアプリケーションに開放していくかが焦点になる。SMSの送信に数秒かかることもあるため、そこまで高速にはならないとみられるが、テキスト中心のWebサイトやSNSを表示できれば、au Starlink Directの価値がさらに上がることは間違いない。
一方で、地上のネットワークと同じように通信できるかというと、そうはいかないだろう。その意味では、au Starlink Directのネットワークスペックに合わせたサービスを開発していく必要もありそうだ。例えば、今回合わせて発表されたヤマレコの「緊急SOS」は、そのようなサービスの1つといえる。現状では、アプリの指示に従って自らの状況を入力していき、それをau Starlink Direct経由でSMSなどを介して送るという仕掛けだ。
送信されたSMSは、いったんヤマレコが受信。それを家族に知らせて、警察や消防に情報提供される仕組みになっている。スマホ内で情報を処理して、最後はSMSとして送信する点では、現状の制約を踏まえた設計になっているといえそうだ。データ通信が始まった際にも、地上のネットワークほどは速くならないであろう回線をどう生かしていくかがポイントになるかもしれない。
また、SMSやデータ通信以上によりリアルタイム性が求められる音声通話は、現状では提供が難しいことも示唆された。志田氏によると、「もう一段、接続率の改善が必要」になるという。KDDIおよびスペースXも、音声通話の提供は予定しているものの、データ通信とは異なり、時期は明示されていない。より衛星を密にするといった対応が必要になると、開始にはまだ時間がかかる。
とはいえ、既にユーザーを巻き込んで事例を積み重ねているのは、KDDIの優位性だ。ドコモは2026年夏、ソフトバンクは2026年、楽天モバイルは2026年第4四半期に衛星とのダイレクト通信を提供する予定だが、競合他社のサービスインまで少なくとも1年以上のリードがある。開始から3カ月でユニークユーザー数が100万人を突破したことも、そのポテンシャルの高さを示しているといえそうだ。
(取材協力:KDDI)
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