
【写真】イギリスGPで撮影中のブラッド・ピットがかっこよすぎる!
■ソニーの作戦は「現実ではあり得ない(笑)」
稲生D:まずは映画をご覧になった感想を教えてください。
鈴木:今回の映画はF1ファン向けというより、F1を知らない人が興味を持つきっかけになればという思いで観ました。同じところをぐるぐる回ってクラッシュして…という印象しか知らない人にも、F1の裏側――レース前後の混沌や、政治・経済・科学との結びつき、そして友情などのドラマにも踏み込んでいて、ファンにも初心者にも楽しめる丁寧な作りだったと思います。単一な見せ方ではない点がとても良かったですね。細かいところは色々ありますが、全体的にとても楽しめました。
稲生D:その細かいところを聞かせてください(笑)。劇中には9レースが登場しました。レースシーンで気になる点はありましたか。
鈴木:いきなりクライマックスの話で恐縮ですが、最後のアブダビGPのラスト3周が圧巻の大迫力で興味深かったです。それ以外のレースシーンでも、本物のF1カーが走っている映像をAPX GPのマシンに差し替えたようなシーンが多々あって、「これ、ハミルトンがルクレールを抜いたところだよな」とか、「これ、多分ガスリーがフロントウィング踏んだとこだよな」とか、つい余計なことを考えながら観てしまいました(笑)。
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鈴木:ルールをすごく簡単に言うと、これらが出るとコースが危険だから追い越し禁止となり、超スロー走行する必要があったりレースが中断となります、なので車間のリードが詰まったりリセットされちゃうんです。わざと今このタイミングでクラッシュしたらチームメイトが得するとか、そういう瞬間は実際あるんです。もちろんそれはスポーツマンシップに反しますし、厳罰が待っています。2008年シンガポールGPの「クラッシュゲート事件」では、故意のクラッシュでフェルナンド・アロンソ(当時ルノー所属)が優勝し大スキャンダルになりました。今のF1ではペナルティポイントが付くようになり、累計点数を超えると一戦出場停止になったりします。おそらくソニーはあのレース1回で出場停止ですね(笑)。
しかも無線で“わざと”を匂わせるような発言もしています。現在無線は中継に流すために全公開されているので秘密ではありません。無線を利用して、わざとピットインすると言いながらしないとか、そういうブラフ作戦もあります。映画でソニーが「おっと、いけねえ」とか言いながら当てに行くのは、実際のF1では間違いなくペナルティを食らいますし、SNSが大炎上します(笑)。
※1 コース上に事故車や破片があるとき、安全確保のためにセーフティカーが導入される。
※2 事故やコース上に何らかの危険があり、コース全区間で減速を強制する仕組み。セーフティカーが出るほどではない場合に使われる。
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※4 3度のワールドチャンピオンに輝いたアイルトン・セナは、1994年5月1日のサンマリノグランプリのレース中、マシンが壁に激突し34歳の若さで事故死した。
■F1(R)が「クラッシュ演出」を許可したことに驚き
鈴木:ちょっと難しい話ですが、ソニーがセーフティカーを出させるのは、セーフティカーが出た時に自分たちのチームだけピットインするとお得だからです。例えば2台が争っていて、どちらかが先にピットインした後にセーフティカーが出たとします。その場合、ピットに入っていなかった方のマシンがかなり得をします。先に入った方はライバルが時速300キロで通常通り走っているので20秒ぐらいロスしますが、セーフティカーが出ている間に入ったらライバルが低速でしか走れていないので12秒くらいのロスで済むんです。だからお得なんです。
実際のレースでも、ギャンブルでずっとピットインせずにいて、誰かトラブルでセーフティカー出ろ〜って祈りながら走っていることもあります。この辺は、初めてF1を観た方には分かりづらかったかもしれないですね。とにかく、ソニーの作戦は現実ではちょっとあり得ないかなと思います(笑)。
真面目な話をすると、F1は過去にアイルトン・セナの悲しい事故(※4)などを経験して、安全性向上に取り組んできました。ドライバーの頭部を守るヘイロー (Halo)というコックピット保護装置もその一つです。なので、F1がクラッシュを誘発する見せ方をよく許可したなとちょっと驚きました。もっとリアルにするなら、雨でクラッシュやセーフティカーも出やすい状況を利用する見せ方もありだったかなと個人的に思います。
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鈴木:あんまり汚い言葉を使いすぎると、逆にその人がペナルティ受けることもあるんですよ。
稲生D:じゃあFワードはあんまり使えないんですね。
鈴木:暴言や、運営批判も違反対象になります。そういう意味でもクラッシュシーンの見せ方はちょっと違和感がありましたが、エンターテインメントと割り切って楽しみました。
稲生D:無茶なことをやるブラピという描写だったということでしょうね。鈴木さんは普段映画をご覧にならないので、ブラッド・ピットに対する印象はあんまりなかったと思うんですけが、いかがでしたか。
鈴木:めちゃくちゃかっこいいですね。ベタにかっこいいもの見ると、かっこいいという感想しか出てこないんだ、みたいな。でもこの人60歳超えてるんでしょ!? という(笑)。
稲生D:そうなんです。今61歳で、撮影当時は58歳くらいだと思うんですが、レーサーとしての振る舞いはいかがでしたか。
鈴木:レース中のミラーや計器を見る仕草がとても自然で、全く違和感がありませんでした。現役ドライバーのルイス・ハミルトンが製作総指揮に入っているので、リアルな動きをアドバイスしたのかもしれません。ソニー役のブラピだけでなく、ジョシュア(ダムソン・イドリス)もすごく自然でした。
■ソニーのモデルは…アロンソ? ドネリー?
稲生D:ブラッド・ピット演じるソニーのようなドライバーで、思い当たる人はいますか?
鈴木:まず現役ドライバーで近そうなのは、先ほど登場したフェルナンド・アロンソ(現アストンマーティン所属)。2回ワールドチャンピオンに輝いた凄いドライバーで、もうすぐ44歳です。今F1で40代は異例で、ハミルトン(昨年までメルセデス、現フェラーリ所属)もちょうど40歳でたった2名しか居ません。F1は体力と反射神経が必要で、劇中ソニーがテニスボールを使ってトレーニングをしていましたが、似たことをガスリー(アルピーヌ所属)という若い選手もよくやっています。反射神経は目が重要なので、40代になるとなかなか厳しくなってくる。だからベテランで活躍しているという意味では、アロンソが近いかなと。
ちなみにアロンソは一度F1を離れて、ル・マン24時間レースで勝ったこともあるんです。ソニーがデイトナ24時間レースに出場していたのとなんだか似ていますね。ちなみにアロンソはインディ500にも出ていて、ル・マン24時間レースとF1のモナコGPの3つで「世界三大レース」と呼ばれるんですが、この制覇を目指していた(インディ500のみ優勝なし)。気概の面でも現役ドライバーではアロンソが近いかなと思うんですが、過去のドライバーも含めてだと…マーティン・ドネリーというドライバーです。
稲生D:ソニーがかつて走っていたF1のシーンも出てきました。
鈴木:そうなんです。映画の冒頭、昔のF1のオンボードシーンから始まりますが、派手にクラッシュしたところでソニーがハッと眠りから覚めます。あのシーンを見た時、「あ!」と思いました。(ソニーが乗っていたのは)1990年の黄色いロータスで、右に走ってるマクラーレン。あれセナじゃん!ちゃんとマルボロのロゴが出てる!みたいな。
稲生D:よくロゴまで見えましたね(笑)。
鈴木:マシンを見たら1990年と分かりました。黄色と緑のヘルメットを被っていて、もう明らかにセナ。当時のF1のエンジンってすごい音が大きかったんです。回想シーンのソニーが乗っている当時のロータスは、キャメルロータスのランボルギーニV12エンジン。僕が一番好きなエンジンなんですが、V12の凄まじい高音がIMAX上映で響き渡って、なんじゃこりゃあああ!って感動していたら、ソニーがすぐ夢から覚めちゃって。まだ起きなくていいのにと思いました(笑)。
そしてこのロータスに当時乗っていたのが、マーティン・ドネリーなんです。劇中のソニーの事故映像は、実際にドネリーがスペインGP予選で遭ったもので、あのまんまです。車がまっぷたつに割れ、コクピットから投げ出され、足が異常な方向に曲がっている姿が当時テレビに映りました。細かい点は修正しているかもしれませんが、おそらく本物の映像が使われていると思います。僕たち世代のF1ファンには強烈なトラウマになる出来事で、ゆえに、ソニーがやってるクラッシュ誘発作戦はそんな軽々しいものじゃないぞ、という想いにも繋がるんです。エンドクレジットにドネリーへのスペシャルサンクスがあったのも、ソニーの背景に重ねている証拠だと思います。
稲生D:ドネリ―はF1に復帰したんですか?
鈴木:ドライバーとしての復帰を目指しましたがさすがにF1には戻れず、後進育成のためのチームを立ち上げたり、F1の審査委員であるスチュワードを担当したりと、レース界には関わっています。
劇中、ソニーがセナ、(アラン・)プロスト、(ナイジェル・)マンセルと争っていたというセリフがあったので、ソニーたちは当時輝くルーキーとして出てきた面々だと思います。ドネリーは残念ながらマシンにも恵まれず、上位で争うような活躍はできませんでした。でも1990年、同じ時期にデビューして大活躍したのが、ジャン・アレジという、後藤久美子さんと結婚したことで日本でもおなじみのフランス人ドライバーでした。アレジは1989年のシーズン途中でデビューして、フルシーズン参戦1年目だった1990年の開幕戦でセナと激しいトップ争いをして、その後もモナコGPでプロストと争って2位表彰台という大活躍をしました。ですので、ソニーはアレジとドネリーを組み合わせたものがモチーフとも言えると思います。
ドネリー本人はあのクラッシュ映像は見たくないものだと思いますが、F1を愛しているからこそこうして協力したのかなと。そう思うとジーンと来てしまいましたね。
>>まだまだ話は尽きない! 後編に続く!
映画『F1(R)/エフワン』は公開中。
【鈴木淳史】
F1ファンコミュニティ「みんなでFトモ」管理人。ファン交流会イベントの開催や現地観戦情報の発信を中心に、“日本一、役に立つF1ファン”を目指して活動中。著書に鈴鹿サーキット公認「2025年鈴鹿GP 観戦ガイド」
【稲生D】
映画好きが集まるインターネット映画ファンコミュニティ「共感シアター」のディレクター兼MC。映画の同時再生番組や毎週の映画情報番組などを中心に、“好きな映画をさらに楽しむ”というコンセプトのもと活動中。
構成:編集部