明治から昭和の工業社会では、認知的スキル(テストなどで測れる学力)の育成が主に家庭ではなく学校教育(公教育)に委ねられていました。
学校は卒業資格を与えます。それは、その学校の社会的評価が高ければ高いほど、好条件で働くことができるパスポートのようなものだったと言えるでしょう。
そのため、学校の教員は小学校から中学校へ、中学校から高校へ、高校から大学へという形で次のステージに移行することが前提の指導をすることが社会的に求められていたとも言えます。教員も生徒も保護者も、よい大学にさえ入れれば、そのあとは社会(会社)が保証してくれるという暗黙の前提に立っていたのではないでしょうか。
そんな時代には、学習塾という業界が台頭しました。増え続ける子どもの数は市場を拡大させ、受験競争という競争に打ち勝つノウハウや受験的な学力に特化した教育を専門的に提供しました。学校教育は基本的に「人格の完成」を目標としているので、受験的な学力のみに特化して教育活動をおこなうところではありません。しかし、よい学校に行くためには受験競争に勝ち抜く必要があります。
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学習塾はそんな社会的ニーズに応え、進学塾・補習塾と、両方の側面を備えた総合塾という、おおよそ3つの形態が生まれました。それが今日にも続く大きな産業となり、さらに市場を拡大させています。1980〜90年代には学習塾産業の上場が相次ぎました。経済産業省の統計によると、2004年には約3100億円だった学習塾の売上高は2023年には約5500億円を超えています。
これは「ゆとり教育」への社会的な学力低下バッシングと、それに伴う不安(学校で学力を高められないから進学で不利にならないように学習塾へ行こうという意識など)が広がったことを背景として拡大してきたと言われています。
教育・学習塾業界の上場企業を売上高で並べると(2024年3月期)、上位3社がベネッセホールディングス(4108億1500万円)、学研ホールディングス(1855億6600万円)、ヒューマンホールディングス(958億9500万円)となります(なお、ホールディングスの場合は介護など他業界も含んだ売上高です)。
コロナ禍でもオンライン授業や講習の組み合わせ、そしてAIによる個別学習などが推進され、結果として売上高は伸び続けています。
ところで、学習塾は少子化によって売上高が下がる苦しい産業なのではないかと思った方もいるかもしれません。しかし、実は学習塾代などの教育支出は増加傾向にあります。2023年に文部科学省が行った「子供の学習費調査」では、公立小学生の年間の塾代は平均9万円を超え、2018年度の約1.8倍となっています。これが少子化の減収分を補い、さらに売り上げを伸ばしています。
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しかし、そんな学習塾業界も曲がり角を迎えてきていることを示す統計が出始めています。帝国データバンクの「学習塾の倒産動向(2024年1〜10月)」では、学習塾の倒産が過去最多水準のペースで進んでいます。塾の形態が多様化していることに加え、新型コロナウイルスの流行による社会トレンドの変化に付いていけなくなった塾などが市場から退場していると考えられます。
増加し高止まりする学習塾代を含めた教育費、そして最近のインフレによってあらゆる費用が増加傾向にあるなかで、子育て世帯の世帯収入は追いついていません。教育費の伸びは行政などの支援がない状況では間もなく上限を迎えるかもしれません。今後さらに進む少子化によって、学習塾業界では厳しい淘汰が進み、倒産やM&Aなどの業界再編が加速すると推測されます。
さらに、教育ニーズが多様化しており、これまでのような進学塾・補習塾・総合塾の形態ではない新たな学習塾や放課後アフタースクールなどの教育サービスが台頭してきています。オンラインでのサービスも多様化し発展していることも見逃せないポイントです。かつてのように塾同士の競争というよりも、新たに産業化している業態も競合として参入してきます。
ますます子どもの成長に寄与できるかが問われるようになり、さらに言えば子どもの可処分時間をめぐる企業間の競争が学習塾業界には訪れるのではないでしょうか。これからの時代に新たに生まれる教育ニーズへどのように対応するのか、塾業界も大きな変革が必要なのかもしれません。
※この記事は『教育ビジネス』(宮田純也/クロスメディア・パブリッシング)に掲載された内容に、編集を加えて転載したものです。
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(宮田純也、一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事、横浜市立大学特任准教授/学校法人宇都宮海星学園理事)
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