写真2025年度前期放送のNHK連続テレビ小説『あんぱん』(NHK総合・毎週月〜土あさ8時〜ほか)は、ようやく苦しい展開が続いた戦争部分が終わり、“いざ、東京”へと移りつつあります。
本作は“逆転しない正義”を体現する『アンパンマン』を生み出した漫画家・やなせたかし氏とその妻・小松暢氏をモデルにした、愛と勇気の物語。優しくも多様な考え方を持つ登場人物たちが、対話を通じて心を通わせ、成長しながら生きていく姿がとても温かな印象を残します。前半だけでも心に沁みるシーンと台詞が“こじゃんと”ありました。
なかでもアラフォー筆者が印象に残っているシーンをご紹介します。
◆竹野内豊の愛にあふれた「これ以上の人生はない」
対話のなかで登場人物たちの在り方や価値観を浮き彫りにする中園ミホ氏の脚本が秀逸な『あんぱん』。
作品の前半で嵩(北村匠海)の叔父である寛(竹野内豊)は数多くの名言を残していますが、なかでも寛の人間性の良さが表れていると感じたのが、妻・千代子(戸田菜穂)への愛情に満ちた寄り添い方を見せたシーン(第23回)です。
嵩と嵩の弟・千尋(中沢元紀)が寛の病院を継がないこととなり、「跡取りを産めなかった」と気にする千代子。そんな千代子に、寛は「わしよりこの家に縛られたいのか」「わしは千代子に惚れて、一緒になれて、これ以上の人生はないと思っている」と伝え、肩を抱いたのです!
そんなこと!竹野内豊の顔と声で言われたらメロメロ……朝から骨抜きにされたのは筆者だけではないはずです。自分の妻にすら(妻だからこそ?)、何かの役割や世間や自分の価値観を押しつけない寛の存在は、時代を問わず圧倒的に男前。亡くなってしまった今も心に刻まれています。
◆嵩を想う、奔放な母と“愛国のかがみ”からの檄に涙
第50回では、ついに嵩も出征。出発の日には町の人が見送りに来て「お国のために立派なご奉公を」という空気のなか、嵩の産みの母であり、それまで何度も嵩を傷つけてきた登美子(松嶋菜々子)が放った言葉には涙が止まりませんでした。
「嵩、死んだらダメよ」「絶対に帰ってきなさい」「逃げ回ってもいいから、卑怯だと思われてもいい、何をしてもいいから。生きて、帰ってきなさい!」。どれだけ世の中に“非国民”と思われようと、大切な人に「戦地で死んで来い!」なんて思う人間なんていない。
登美子の想いに触れて、“愛国の鑑”といわれたのぶ(今田美桜)も、大切な幼なじみに「生きて戻ってきて」「死んだら承知しない」と心からの願いを涙いっぱいに伝えるのです。口にすることすら許されなかった「生きて」という想い。
それを大好きなふたりから受け取った嵩の顔つきが変わったことも印象的。どんな時代にも普遍的な人の想いに胸が熱くなりました。
◆蘭子×豪ちゃんの恋心が錯綜する切ないシーン
のぶの妹・蘭子(河合優実)と、蘭子の祖父で石工・釜次(吉田鋼太郎)の弟子である豪(細田佳央太)との恋に、涙した方も多いでしょう。特に第29回の冒頭……豪の出征壮行会前、夕方ふたりっきりになったシーンは恋心が錯綜して、本当に切なかった。
想いを伝えたいのに、お互いのことを考えて伝えられない。そのもどかしさといったら!恋心たっぷりの目と声で「豪ちゃん、うちずっと……」と、想いを伝えようとするも、なかなか次の言葉が出ない蘭子。そんな蘭子に想いを伝えるかと思いきや、「長い間お世話になりました」と頭を下げる豪。
そのあとのふたりの佇まいと表情に胸がいっぱいになりました。切なすぎます。このシーンがあったからこそ、自分の想いをなかなか表に出さない豪と蘭子らしい恋心が痛いほど伝わりました。
だからこそ最後、豪と蘭子が想いを伝えあって手を取り合うシーンは嬉しくてたまらなかったです。結局豪は戦死してしまいますが、ふたりの切ない恋物語は今も蘭子の心で輝いているのではないでしょうか。
◆嵩×千尋、最後の兄弟ゲンカは胸がいっぱいに
嵩の弟・千尋推しの筆者としては、第54回も忘れられません。1話すべてが兄弟の会話だったことも話題になりました。
京都帝国大学で法律を学んでいたはずの千尋が、海軍少尉となって嵩に会いに来ます。ずっと兄を慕い、のぶへの恋心を隠し続けた千尋が、5日後には駆逐艦に乗るというタイミングでようやく自分の想いを兄にぶつけました。「のぶさんや国民学校の子供らを守るため、立派に戦う。そのためだったら命は惜しくない」と。
大切な人たちのために戦うという強い意志を感じました。その後、嵩の「一緒に何かしよう」という言葉に、「わしはもう1回シーソーに乗りたい」と、幼い頃にのぶと嵩と過ごした時間を回想し、初めて嵩の前でのぶへの恋心を露わにしました。
そして、のぶに結局何もできなかった嵩を責めます。その上で「この戦争がなかったら……」と、自分が心からやりたかったことを口にする千尋。最後には「この戦争さえなかったら、愛する国のために死ぬより、わしは愛する人のために生きたい!」と。そんなふうに生きる千尋をぜひとも観せてほしい!
そんな視聴者の想いを代弁するように千尋を抱きしめた嵩が「生きて帰ってこい」と伝えます。戦争が奪うものを目の当たりにさせられたシーンに胸を締めつけられました。
◆失意のなかで、のぶと嵩が見つけた生きる意味に救われる
今回のヒロイン・のぶは、自分の意志や想いを信じて走れる強い女性です。結果彼女は“愛国の鑑”として祭り上げられ、教師として愛国の心を子どもたちに伝えてきました。
敗戦となり自分の在り方に苦しむのぶを支えたのは夫・次郎(中島歩)でしたが、戦後すぐに亡くなってしまいます。そんな苦しみのなかにいるのぶを4年ぶりに再会した嵩が救い上げる第63回は特に印象的でした。
空襲の焼け野原で再会したふたり。のぶは、子どもたちに向き合えなくなって教師を辞めたことを伝え、「あの子たちの自由な心を塗りつぶして、あの子たちの大切な家族を死なせて……うち、生きてていいのかな」と涙を流します。
苦しい戦地から戻り千尋の死を知った嵩は、「死んでいい命なんて、ひとつもない」と静かに返しました。どうしたらよかったのか、ふたりは語り合います。
そして嵩は言うのです。「もし逆転しない正義があるとしたら……全ての人を喜ばせる正義。僕はそれを見つけたい」と。「生きるんだ、千尋の分も、みんなの分も。のぶちゃんも生きてくれ。次郎さんの分も、のぶちゃんが大好きな子どもたちのためにも」と励ました嵩の言葉がのぶの心に救いとして深く沁みたことが分かる、とても美しいシーンでした。
すれ違いも多かったふたりの気持ちがひとつになり、希望を感じた方も多いのではないでしょうか。
後半戦に入り、のぶと嵩が夫婦になる日もそう遠くはないはずです。蘭子やメイコ(原菜乃華)の幸せな姿も観たいし、いよいよヤムおんちゃん(阿部サダヲ)も復活!ますます目が離せない朝ドラ『あんぱん』。
皆さんのお気に入りのシーンはどれですか?
<文/鈴木まこと>
【鈴木まこと】
日本のドラマ・映画をこよなく愛し、年間でドラマ・映画を各100本以上鑑賞するアラフォーエンタメライター。雑誌・広告制作会社を経て、編集者/ライター/広告ディレクターとしても活動。X:@makoto12130201