【漫画】『国宝』小説とも映画とも違う喜久雄の姿とは? 漫画家・三国史明「漫画にしかできない表現を」

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2025年07月20日 13:00  リアルサウンド

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『国宝』©️吉田修一・三国史明/小学館

 上方歌舞伎の世界を舞台に、極道に生まれた立花喜久雄が活躍する吉田修一の小説『国宝』(朝日文庫刊)を原作とし、吉沢亮が主演を務めた映画が、記録的な大ヒットとなっており話題を呼んでいる。そんな小説のコミカライズ(小学館刊)で作画を担当したのが、新人漫画家の三国史明氏である。


参考:【漫画】『国宝』第1話を読む


 漫画を描き始めるまで歌舞伎に関する知識がまったくなかったという三国氏だが、試行錯誤をしながら執筆を開始、回を重ねるごとに漫画の表現も進化している。その様子はまるで、主人公の喜久雄の姿と重なるようにも見える。三国氏の単独インタビューで、コミカライズ版の魅力を解き明かしてみた。


■歌舞伎の知識がない中で悪戦苦闘


――映画『国宝』が記録的な大ヒットとなっています。コミカライズ担当として率直にどう思われましたか。


三国:映画は本当に素晴らしくて、みなさんがおっしゃっている通りなのですが、3時間があっという間でした。見終わった後にしばらく席が立てなかったほどです。感情の処理ができなくて、席を立ち、外を歩いているときに呆然としてしまったほどです。


 一息つこうとお店に入ってからも現実感がないというか、こちらの世界が嘘に感じられるほど見入ってしまいました。それに比べて漫画は大丈夫かな……と心配になってしまったほど、心を打たれました。


――原作を初めて読んだ際に、どのような印象を抱かれましたか。


三国:続きが気になって仕方なく、特に下巻からラストに行くまでの疾走感が見事でした。ページをめくる手が止まらず、徹夜してしまったほど読み耽りました。小説も映画と同様、読み終えた時に呆然としてしまいました。


――三国先生が、コミカライズを手掛けることになったきっかけは。


三国:長野県佐久市で行われている「武論尊100時間漫画塾」で「ビッグコミックスピリッツ」編集部の編集者と知り合ったのがきっかけです。卒塾して1年ほど経った後、私は編集者にオリジナル作品のプロットなどを送っていたのですが、ある日、こんな小説があるけれど、コミカライズの話はいかがですか……とお話があったのがきっかけです。


――上方歌舞伎の世界には、関心はお持ちでしたでしょうか。


三国:実は知識がまったくなくて、ほぼ初心者のような状態で描き始めてしまっています。上方歌舞伎という存在も連載を始めるあたりから知った感じですから、序盤は本当に悪戦苦闘しかしていませんでした。


――その後、上方歌舞伎の現場には取材に行きましたか。


三国:京都の「南座」に行って取材しました。舞台を見学するイベントなどもあり、舞台から見た景色などを現地で目にし、研究しました。もっとしっかり取材をしたいとは思っているのですが、まだ実現できずにいます。


■喜久雄は好き嫌いを超えた存在


――小説がこれまでにありそうでない題材であり、コミカライズもまた難しかったのではないかと思います。


三国:本当に苦労しかしていなくて、七転八倒ばかりしていました。漫画の描き方は試行錯誤を繰り返し、歌舞伎の詳細もなかなか自分で調べきれなかった部分もあり、監修者の方から踊りの所作や着つけの仕方、小道具の使い方などを教わったりしています。


 原作を最大限尊重しながら描かせていただいていますが、漫画は漫画として読者の方に面白がっていただきたいと思っています。小説とは異なる人物が同じセリフを言っているなど、細かく変更するなどの工夫をしています。


――キャラクターの表情の描写など、小説にはない部分をしっかり描いているのも特徴です。


三国:そこはかなりこだわっています。特に、喜久雄がいちばん描くのが難しいキャラクターです。小説でもほとんど心情が書かれていないので、この時に何を思っていたんだろう……と考えるのですが、それが正しいかどうかすら、わかりませんから。いつも、この解釈でいいのかな、と悩みながら描いています。


 喜久雄は私にはなかなか理解できない行動をとりますから、なぜこのときにこの行動に出たのか……と、描くときにしばしば考え込んでしまいます。キャラクターの中で思い入れが強いのは喜久雄と俊介です。好きとか嫌い以上に、2人の辿った運命について、考えずにはいられない、という感じです。


――小説と異なる描写もありますね。


三国:小説と漫画のいちばんの違いは、喜久雄と大垣俊介があまり仲良くならない点だと思います。原作の通りにやればよかったという気持ちもあるのですが、考えれば考えるほど2人は衝突するだろうと思ってしまうのです。なので、漫画では2人が衝突しながら切磋琢磨している姿を描いています。


 こうした改変を、吉田先生には許していただいています。それは本当にありがたいですね。そもそもこの仕事をいただけたことが奇跡です。私は吉田先生とは一度しかお会いしたことしかなく、そのときもただただ緊張してしまいました。


 時々、吉田先生の感想をいただくのですが、漫画に対して好意的に見てくださっているそうです。他にも原作とは細かな違いがあるのですが、幸いにも吉田先生にはお許しいただけているのかな、と思います。


■喜久雄に自分の経験を重ねた


――三国先生が好きなシーンはなんでしょうか。


三国:第2話で、喜久雄がこぶしを握って「上等や」と言うシーンです。自分は、喜久雄のような壮絶な体験をした訳ではありませんが、この場面を描いていた時に、自分が望んでいない道を強制的に歩まされることになった喜久雄の悔しさを、自分の過去の経験に重ねてしまいました。


 これから一人でやっていかないといけない、何が何でも頑張らなければならないという気持ちに、自分が10代のころに感じたやるせない気持ちを投影してしまいます。もっとも気合いが入って描けた場面かもしれません。


 先ほど「なかなか理解できない」と言いましたが、喜久雄に共感できる部分ももちろんありました。どんな状況でも、何が何でもやるしかないところです。そして、その状況に置かれたときには俊介とは仲良くできないだろうなと言う私の考えを、漫画の表現に投影しています。


――本作を漫画で絵として表現する際に、こだわっているポイントはありますか。


三国:3巻で幸子さんが喜久雄に怒りをぶつけるシーンがあるのですが、髪の毛を蛇のように表現したりにしたり、墨絵のようにおどろおどろしくさせたりとか、漫画ならではの表現の工夫をしています。


 もともと墨絵は描いたことがなくて、知識もない状態でしたが、画集や展覧会などを見ながら試行錯誤して描いています。それでも、漫画は小説にはない視覚的な感情の表現が可能なので、こだわっている部分です。


――背景も緻密で、リアルです。


三国:背景は読者のみなさんからも評価いただいていますが、アシスタントのみなさんが本当に有能で、いつも助けていただいています。作品の舞台が昭和なのですが、当時の建物があまり残っていないので、想像で補いつつ描いていただくことも多いです。


 資料集めはアシスタントさんにご協力いただいています。例えば、当時のパチンコ屋さんもアシスタントさんが描いてくださっているのですが、歌舞伎に関することはもちろん、昭和の文化などももっと調べたい気持ちはありますね。


■漫画にしかできない表現に挑戦したい


――読者に向けてメッセージをお願いします。


三国:小説や映画を見て、漫画を手にした読者の方も多いと思います。小説も映画も本当に素晴らしい作品だと思いますので、漫画にしかできない表現や心理描写を大切にしながら、より深く楽しんでいける物語を創作していきたいと思っています。


 私自身も漫画家として、これからもっと死に物狂いで頑張っていきます。


(文・取材=山内貴範)



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