鳥山明さんを発掘した『週刊少年ジャンプ』元編集長の鳥嶋和彦さんが、作家・クリエイターのいとうせいこうさんとJ-WAVE(81.3FM)のラジオ番組『TOKYO M.A.A.D SPIN』(トーキョー マッドスピン)で対談した。同番組のプロデューサー兼ナビゲーター、Naz Chris(ナズ クリス)さんが引き合わせた経緯がある。
鳥嶋さんは『ボツ〜「少年ジャンプ」伝説の編集長の“嫌われる”仕事術〜』(小学館集英社プロダクション)、いとうさんは『「国境なき医師団」をそれでも見に行く 戦争とバングラデシュ編』(講談社)という新著が話題になっている。
2人をつなぐキーワードは「ゲーム」だ。鳥嶋さんは、国民的ロールプレイングゲーム(RPG)『ドラゴンクエスト』の誕生に関わった「ドラクエの仕掛け人」でもある。キャラクターデザインを手掛ける鳥山明さんと、『ジャンプ』で記事を執筆し、後にゲームデザインを手掛ける堀井雄二さんを引き合わせたのだ。
一方、いとうさんも『ドラクエ』の愛好家であり、小説第1作『ノーライフキング』では、『ゼルダの伝説』をモチーフにしたと明かす。現実の世界でコミュニケーションを取りながらゲームを遊ぶ若者の姿にヒントを得たのだ。
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2人が語るゲームデザインの在り方、支持されるユーザーインターフェース(UI)を作る上で大切なこととは? 【マシリト×いとうせいこう】が語る極上の編集者論 「今はちょうど端境期」に引き続き、お届けする。
●類似ゲームが『パズドラ』に勝てない決定的な理由は?
鳥嶋: 『パズドラ』(パズル&ドラゴンズ)っていうSNSゲームがあるでしょ。今も人気ベスト5に入っている、売れるゲームなんですよね。でも僕が思うに、ゲーム自体は大して面白くないんですよ(笑)。
いとう: そうなんですか、あれ。
鳥嶋: 色をそろえて消していけばいい、よくあるゲームですから。
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いとう: まあ確かに。「よくある」という意味では、ということですね。
鳥嶋: 実は開発した人に、聞いたことがあるんですよ。「なんでパズドラだけ、こんなに売れるの?」って。そうしたら「鳥嶋さん、僕は指で画面をなぞると、どう気持ちがいいかっていうことを、徹底的に研究したんです」と教えてくれました。「だから類似のゲームが出てきても、この気持ちよさの手触り感は、出せないはずなんです」と。
いとう: そっちに理由があったんですね。目じゃなかったんだ。
鳥嶋: それで僕はハッとさせられました。「この開発者は大した人だな」と思ったんです。人間の行動原理、消費者の根源的な欲求に基づいて、ゲームを発想している。だから類似したゲームタイトルが出てきても、なかなか超えられないのかと思いました。
いとう: 確かに、画面を触っていることが、一番のやりとりですもんね。人間と、機械というかソフトとのタッチ。ユーザーが、ある縦の絵を触っていることが、何かになるっていうこと。そして、上に送るっていうこと自体が、何かの快感を生む。そうなるように設計するべきだってことなんですね。
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鳥嶋: だからちょうどPCのタッチタイピングを覚えた時、僕らは10本の指をどう使うかを、小指がつりそうになりながら、練習しましたよね。だけど今の人たちは、生まれた時からスマホがあるから、もう親指とか人差し指しか使わない。全部の指を使うってことはないんですよね。だから操作が全然違う。この先、操作とか画面に対しての感じ方がどうなっていくのかってことを、もう1回ちゃんと見なきゃいけないと思います。
●いとうせいこうは『ドラクエ』ユーザー
鳥嶋: ところで僕は、いとうさんの『「国境なき医師団」をそれでも見に行く 戦争とバングラデシュ編』(講談社)と『能十番―新しい能の読み方―』(新潮社)の2冊を読みました。1冊ずつに、それぞれ「ドラクエのようなお城」「ドラクエのようなカジノ場」って言葉が出てくるんですけど、いとうさんは『ドラクエ』のユーザーですか?
いとう: そうです。もう最初からです。1人旅の頃から。
鳥嶋: ああ、そうなんですか。1冊ずつにそれぞれ『ドラクエ』の例えが出てきていたので(笑)。
いとう: そうですか。確かに、無意識に出てきてしまいますね。
鳥嶋: 無意識に出てくる。これは相当好きなんじゃないかなって(笑)。
いとう: めちゃめちゃ好きですね。(『ドラクエ』のゲームデザインをした)堀井雄二さんは、本当に素晴らしい方だと思います。特に『ドラクエ3』とか4のあたりが好きですね。「ここまで連れていってくれるのか」っていう。
よく言っているんですけど、(ゲームの中で)馬車から人が飛び出したりするようになってきて、技術と物語がちょうど一緒に進化していく時代を、僕は並走したと思っています。
鳥嶋: 堀井さんはもともと、ライターをしたり漫画の原作を手掛けていたりしました。彼は、単に3行ぐらいで書いた日本語がとても豊かで、非常に短い言葉でイメージを広げる書き方ができるんです。僕は、堀井さんのRPGが面白い理由は、そこにあると思っていて、他のゲームデザイナーとは違う部分だと思うんです。いとうさんも、そう感じますか?
いとう: もちろん、そう感じます。実は言葉の使い方によって、ゲームのタッチが全然変わっちゃいますからね。僕らを面白くさせるのは、やっぱりニュアンスとかタッチなんです。
鳥嶋: その体温の、有る無しですよね。
いとう: そういうことだと思います。堀井さんのことは「すっげえなこの人!」と思っていました。そういう意味では、任天堂の宮本茂さんのことも本当にすごいと思っています。「宮本さんは日本のディズニーだな」って。
鳥嶋: 宮本さんのゲームは、何が好きですか。
いとう: もうずっと『ゼルダの伝説』ですね。最近は時間がなくてプレーできないから、本当に悔しいんですけど(笑)。僕は最初に『ノーライフキング』という小説でデビューしたんですが、その小説はゲームの話なんですよね。ゼルダの1だったかを、友達の藤原ヒロシがプレーしている姿を、後ろから見ていて……。
鳥嶋: ディスクシステムのときですよね。
いとう: そうです。すごく面白い世界観なんだけど、どうすれば前に進めるか分からなくなったときに、すぐ人に電話していたんです。「ここにいるんだけど、どうなの?」って。RPGの最初のユーザーたちは、ゲームを外部に開いちゃったんでしょうね。その様子を見ていて「このネットワークはなんなんだ」と衝撃を受けたんです。
鳥嶋: すごくよく分かりますね。もうそうなったら、いてもたってもいられないですもんね。
いとう: そう。「いてもたってもいられない」っていう体験がありまして。それで、自分でもやるっていうことに、なっていましたね。
鳥嶋: ゲームもお好きなんですね。
いとう: 好きでした。このごろはやる時間がないですが。よくあの時間が自分にあったなって思うぐらい、はまっていましたね。そうそうゲームユーザーのネットワークの中で僕が教えていることもありました。電話がかかってきて「そこのメガネの岩のところをこうやるんだよ」とか言って。
鳥嶋: それはすごく分かるな。僕も昔、集英社の中で一番怖い経理担当の役員がいましてね。その人に呼ばれると、もう終わりなんですよ。延々と説教されたり、精算伝票の直しを出さないといけなかったり。それで時々、僕が呼ばれるわけなんです。周りには「鳥嶋は何したんだろう」って言われてね。実は、なんのことはない。その役員が『ドラクエ』を始めただけなの。ゲームにつまると僕を呼ぶんです。「鳥嶋、これはなんで行けないんだ」「これはどこにあるんだ」って(笑)。
いとう: 「どこを回って行きゃいいんだ」って(笑)。
鳥嶋: だから単にゲームにつまったら僕を呼ぶっていうだけなの。今のいとうさんの電話と一緒ですね。
●子どもの遊びをめぐる「普遍性」
いとう: 結局、僕はRPGが生んだ新しいコミュニケーションを、どうしても書きたいと思って、『ノーライフキング』という小説を書いたんです。同じようなことを(民俗学者の)柳田國男も書いています。柳田は「子どもがやっている遊びというものが、突然海を越えて同じことをやっている例があるんだ」っていう不思議なことを書いていて。「子どもには、そういう謎のネットワークがあるんじゃないか」というようなことを言っているんです。
鳥嶋: それは、すごくよく分かる。普遍性があるんですよね。
いとう: そうです。面白がることには(国境を越えた)普遍性があるんですよね。何か時代と共に同じものがある。それが書きたかったし、知ってほしくて書いたんです。2週間ぐらいで、わあって書いちゃったんですよ。
鳥嶋: 2週間で書いたんですか!?(笑)
いとう: とりつかれたように書いちゃったんです。けど編集者に見せたら、ずっと「わけが分からない」と言われて。半年か一年、出せなかったんですよね。
鳥嶋: そのわけが分からないと言われたものを出版できたきっかけは、出版社を変えたんですか?
いとう: (コラムニストの)中森明夫という人が「出版社を変えるぞと、言ったほうがいいんじゃないか?」と、バックアップしてくれて(笑)。
鳥嶋: (サブカルチャー総合ミニコミ誌)『東京おとなクラブ』の。
いとう: そうです。彼が『ノーライフキング』を読んで、評価してくれていたんですね。彼らが編集者に「これはもうすごい小説だから。時代の先に行っているから絶対いま出したほうがいい」と言ってくれて。それで、半信半疑で新潮社が出したんです。そうしたら、ちょうど『ドラクエ』で人が並ぶような時期が来ていて。
鳥嶋: 逆に遅れたことが幸いになったんですね(笑)。
いとう: そうなんです! さすが鳥嶋さん! そうです。僕はラッキーだったんです。それでスマッシュヒットになったという。面白いですよね。そのタイミングでは出してはいけない創作物というのが、やっぱりあるんですね。
鳥嶋: 早過ぎることもあるんです。(【マシリト×いとうせいこう】が語る極上の編集者論 「今はちょうど端境期」で話した)内田さんじゃないけれど。
いとう: 早過ぎちゃだめですよね。ここの勘所は、僕はまだ分からないんです。多分、鳥嶋さんは、その勘所をものすごく良く分かっていますよね。「今はただ書かせておけ」「ためさせておけ」って。それで「今だ」っていう時に出す。何が「今だ」というタイミングを決めるんですか?
鳥嶋: 編集者は、読者の需要や熱を見ています。僕はよく言うんです。作家が書きたいものを単に書かせているだけでは、伝わらないんだと。食べやすいように、つまり伝わりやすいようにしなきゃいけない。カルピスは原液じゃ、誰も飲みませんよね? でも水で薄めたり炭酸で割ったりすれば飲みやすい。これが、編集者の作業なんですよ。
いとう: なるほど! カルピスソーダだったんですね。
鳥嶋: だからちょうど時間が経ったことによって、原液がうまく薄まったんですね、きっと。
いとう: そういう場合があるんですよね。確かに、そうなんです。だからその勘所に関して僕は、編集者としての自分と、作家として書く自分がいるから、ちょっと見えなくなっちゃうときがあるんですよ。
鳥嶋: でしょうね。
いとう: そうなんです。書き終わると、すぐ出したくなっちゃうタイプだから、すぐ出しちゃうんですけど、本当は編集者としての自分が、それを抑えなきゃいけないんですよね。
鳥嶋: でもね、それはどんな作家でも無理だと思います。
いとう: そうですか。やっぱり見せたくなっちゃうものなんですかね。
鳥嶋: 優秀な編集者を自分の中に内蔵している作家は、いとうさん以外にも何人かいらっしゃるんです。だけど、この2つの面を都合よく使い分けるのは、ほぼ無理だと思います。得てして優秀な編集者は、押さえる側に回ったり、厳しくチェックしたりして、最後まで完成させない方向に動きますから。
いとう: なるほど。完成させないことによって、時間を豊かにする、ということですね。煮るみたいな。なるほど。両方を使い分けるのは無理なんですね。
(アイティメディア今野大一)
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