『べらぼう』© NHK 横浜流星主演の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(NHK総合)第25回にはえらく感動した。
横浜演じる主人公・蔦屋重三郎が成長する物語の運びがうまいとかそういうことじゃない。横浜の演技を捉えるカメラワークとそれに合わせた彼の細やかな動作。横浜流星の微動こそ視聴者の心を大きく動かすと思ったのである。
男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、本作第25回に感動した理由を解説する。
◆横浜流星の演技が通年毎週供給される贅沢
今年の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(以下、『べらぼう』)を見る醍醐味とは、とにかく主演俳優である横浜流星の軽妙かつ重厚で流麗な演技を楽しむことにある。ここに議論の余地はないだろう。
当たり前だが、大河ドラマ俳優は通年で毎週テレビ画面に写る。NHKドラマ初出演にして大河ドラマ初主演という大抜擢の横浜流星の演技が、通年毎週供給されるこの贅沢(!)。
いくら大河ドラマといえども一年を通して放送されるとなると、物語の展開がもたついたり、俳優の演技にもメリハリが薄れることは少なくない。でも本作は違う。一介の奉公人から出版界を牽引する存在に成り上がる主人公・蔦屋重三郎の成長譚を体現する横浜は、視聴者を一瞬たりとも飽きさせず、蔦重が繰り出す新たな表情を毎週あざやかに更新してくれる。
◆重三郎の成長を表現する緩急
奉公人として吉原中を走り回ってあくせく働く重三郎が沸き立つ野心の足がかりにしたのが、吉原を紹介する案内書・吉原細見の作成作業だった。地本問屋・鱗形屋の主人である鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)の助力を得て、工夫をこらした細見を完成させた。
重三郎を養育してきた駿河屋の主人・駿河屋市右衛門(高橋克実)ら吉原のおやじ衆の激しい反発がありながら、重三郎の秘策は徐々に評価を集める。本作前半部では茶屋奉公の身からいよいよ本作りに精をだす重三郎の奮闘が痛快そのもの。
そうして出版を生業にすることを決意する重三郎が結果的に取って変わろうとするのが、細見作りに助力した鱗形屋だった。最初はあくせくしていた重三郎が次第に商売人の才覚を発揮する過程で、横浜は眉根を動かすちょっとした力加減や特徴的なにやけ顔の緩急によって、その成長を微に入り細に入り目にみえるかたちで表現する。
◆完璧な演技プランで大役を“生きる”こと
本作が放送される前年に『日曜日の初耳学』(TBS系、2024年11月24日放送回)に出演した横浜は、徹底した役作りと演じる役に対する基本的スタンスをこんなふうに言い表した。「演じるではなく生きる」。これは横浜流星という俳優がいわゆる役に入り込む憑依型の演技者であることを意味しているのか?
俳優としてある役柄を演じていることは事実なのだが、その上で演じるという嘘の状態を限りなく真実味のある(リアルに生きる)状態にまで深めようとする、ある種批評的な視点がある。だから間違っても彼のことを表面的に憑依型などと形容してはいけない。
そんな彼にとって蔦屋重三郎という大役は腕がなる仕事である。大河ドラマ放送スタートからゴールまで完璧な演技プランを実践しようとする中でどんどん蔦重を生きること。現在の横浜が持つ力のすべてが結集された総力戦であることは想像にかたくないのだけれど、それだけに筆者はこの役を生きる横浜がアウトプットする細部にこそ目をこらしてみたくなる。
◆主演俳優とカメラワークがかち合う瞬間に感動
何せ通年毎週放送があるから、あらゆる場面あらゆるワンショット内に横浜の流麗な演技がはめ込まれる。それらの中でもこれはひとつの転換点だなと思った瞬間がある。重三郎が鱗形屋孫兵衛に決定的に取って変わる第13回の場面。
閑散とした鱗形屋にやって来た重三郎が孫兵衛と対峙する。まだ辛うじて主人である孫兵衛が一段上から重三郎を見下ろす。カメラはハイアングルから重三郎を捉える。きりりとした眉根を相手に向けて静かにお辞儀する。
このハイアングルのワンショットに浮き立つ横浜流星の重厚で切実な存在感。あぁ、この人はこの大役を演じる上での見事な計算をこの場面にどんと置きにきたなという感じ。
基本的に同じスタッフが通年で横浜にカメラを向けるわけだから、横浜流星の演技を捉えるベストなアングルも自ずと選び抜かれる。同場面でのハイアングルに対して第25回では逆にローポジション(ローアングル)が選ばれた名場面がある。
日本橋に新店舗をだす重三郎と夫婦になるてい(橋本愛)が床拭きをする場面。夜の明かりに照らされた重三郎が画面前方にある桶で雑巾の水をしぼる。彼は床拭きするため画面奥へ移動するのだが、据え置かれたローポジションのカメラはじりじり微動して細心の注意を払ってアングルを見定め、調整して横浜流星の演技を丸ごと捉えようベストアングルに位置付ける。
その間、横浜は着物の裾を翻して何度も左脚をチラリと露出する。この細やかで色っぽい動作。大抜擢された大河ドラマ主演俳優の微動と手練れのカメラワークがかち合う瞬間に深い感動を覚えた。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu