西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第58回 マルク・ククレジャ
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
今回はクラブワールドカップで優勝したチェルシーの左サイドバック、マルク・ククレジャ。戦術的かつ献身的なプレーぶりで存在感を増しているスペイン人は、現在、世界最高峰左SBのようです。
【CWC決勝のファインプレー】
クラワブワールドカップ(CWC)決勝、16分にパリ・サンジェルマン(PSG)が決定的なチャンスを作っている。ウスマン・デンベレのパスでファビアン・ルイスが抜け出し、左サイドからファーサイドにいたデジレ・ドゥエに完璧なパスを通す。ドゥエはシュートかと思わせて中央へ走り込んだフビチャ・クバラツヘリアへパス。クバラツヘリアはフリー、ゴールまで5メートル、ほぼ正面。パスが通っていれば1点だった。
この大ピンチを防いだのがチェルシーの左サイドバック(SB)、マルク・ククレジャ。
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この場面で最初、ククレジャはトップスピードでゴール正面に走り込むクバラツヘリアをマークしていた。左サイドでボールを持っていたファビアン・ルイスはククレジャにマークされているクバラツヘリアへのパスが難しいと判断して、マークを振りきってファーポスト前に入って来たドゥエを選択。ファビアン・ルイスのパスはGKとククレジャの間を通ってドゥエに届けられた。
ここでククレジャはクバラツヘリアを放してドゥエへ向かう。ドゥエは十分シュートできた。角度はやや狭いが、ククレジャへ寄せきられる前に蹴ることは可能だった。しかし、ドゥエはシュートせずクバラツヘリアへワンタッチパスを送る。
おそらくククレジャが一か八かでシュートブロックに来ると予測したのだろう。この時点で中央のクバラツヘリアはフリーだったので得点の確率はより高い。20歳の若手とは思えない冷静な判断だ。チャンピオンズリーグ(CL)決勝で2ゴールをゲットし、スター街道を走る若者がこの決勝でも先制点をあげる大きなチャンスに、より確実に得点できるほうを選択した。本来ならファインプレーのはずだった。
ところが、ククレジャが一枚上手の対応をみせる。ドゥエの選択を読んでぎりぎりで踏みとどまり、クバラツヘリアへのパスをカットしたのだ。冷静だったドゥエを上回る冷静さである。
この試合、チェルシーは3−0で勝利している。2024−25シーズンのタイトルを総ナメにしたPSGを撃破してのCWC優勝。しかし、もしこの16分に先制点を喫していたら結果はまた違うものになっていたかもしれない。ククレジャのインターセプトはその点で試合を左右する大きなプレーだった。
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【世界最高の左SBと思わせるプレーぶり】
PSGには2024−25シーズン大活躍の左SBヌーノ・メンデスがいた。ポルトガル代表でもネーションズリーグ優勝に大きく貢献していて、現在世界最高の左SBのひとりだろう。ただ、CWC決勝に関しては同じポジションのククレジャと明暗を分ける形になった。
チェルシーはコール・パーマーを右サイドに配してヌーノ・メンデスにぶつけている。いつもは4−2−3−1システムのトップ下でプレーするパーマーだったが、右サイド起用は大当たりで2ゴール1アシストと全得点を生み出した。
ヌーノ・メンデスはロングボールの処理を誤り、そこからパーマーが22分に先制。30分にはヌーノ・メンデスが上がった裏のスペースを突いたパーマーが2点目。さらに3点目もヌーノ・メンデスが左サイドのスペースへ上がるマロ・ギュストを警戒してパーマーのマークを放し、フリーのパーマーが縦パスを受けて前進、スルーパスをジョアン・ペドロが決めている。3失点すべてに絡んだヌーノ・メンデスには気の毒だが、チェルシーの作戦勝ちだった。
ヌーノ・メンデスが上がっていればパーマーやジョアン・ペドロがスペースを突く。下がっていれば右SBギュストが進出して、パーマーを中へ入れる。得点創出のキーマンであるパーマーに時間と場所を作るために、ヌーノ・メンデスのサイドがターゲットにされていた。
パワー、スピード、左足の強烈なキック、CLでリバプールのモハメド・サラーを抑え込んだ守備力など、ヌーノ・メンデスのここまでの活躍はすばらしかった。ククレジャもハイレベルのプレーをしていたとはいえ、ヌーノ・メンデスに比べると地味な印象は否めない。ただ、その地味さがククレジャの真骨頂であり、CWC決勝に関してはククレジャこそ世界最高の左SBと思わせるプレーぶりだった。
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【従来型SBも偽SBもできる】
スペインのアレジャ出身の26歳。エスパニョールからバルセロナのユースに移ったククレジャは、19歳の時にバルセロナのトップチームでデビューしている。ところが、すぐにエイバルに貸し出され、1シーズン後にはヘタフェへ二度目の貸し出し。2021−22シーズンにはプレミアリーグのブライトンへ移籍した。
172センチと小柄な体格。左足のテクニックとアジリティに優れたいい選手だけれども、特別な何かを持っているわけではなく、バルセロナの左を任せられるほどではないと思われていたようだ。
移籍したブライトンでは、そのシーズンのファンが選ぶ年間MVPに選出された。このシーズンのブライトンではレアンドロ・トロサール(現アーセナル)、パスカル・グロス(現ドルトムント)などが活躍していたが、ククレジャのチームの潤滑油としての働きが高く評価されている。当時のグレアム・ポッター監督(現ウェストハム監督)の可変システムにおいて偽SB的な役割を果たしていた。
ブライトンでの活躍が認められ、2022−23シーズンからチェルシーに移籍。移籍当初は守備面でのミスなどもあり批判も受けたが、シーズンを重ねて安定感を増し、現在は不可欠の存在になっている。
ククレジャの特徴は戦術的な適応力だ。左SBとしての堅実な守備力だけでなく、中盤のつなぎもそつなくこなし、3センターバックの一角としてもプレーできる。特別なフィジカル能力が目立つわけではないが、非常に賢い選手と言える。
現代サッカーにおいてSBは戦術的なキーマンになっている。攻撃時には内側に絞ってMFになるなどのユーティリティー性が戦術の幅を決めるからだ。興味深いのはチェルシーでより自由度が高いのは右SBのギュストのほうだということ。CWC決勝でも攻撃に出る頻度は右のギュストのほうが高く、左のククレジャはむしろ対面のドゥエやクバラツヘリアをマークしての上下動という従来のSBに近いプレーぶりだった。
偽SBの流行によって偽SBに特化したSBも増えてきているなか、ククレジャはどちらもこなせる。両サイドが「偽」というケースもあるが、どちらかはバランスを取って守備的にプレーする場合は多く、そのどちらもそつがないククレジャはそれゆえに価値が上がっている。
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