日中間の地政学リスクはさらに複雑化 アステラス製薬の邦人社員、実刑判決が示すもの

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2025年07月21日 19:40  まいどなニュース

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中国の習近平国家主席=(c)zixia/123RF.COM

2023年3月、中国北京市でアステラス製薬の日本人男性社員が「スパイ行為」の容疑で拘束され、2025年7月時点で懲役3年6か月の判決が下された。この事件は、日中関係における地政学リスクの高まりを象徴する出来事であり、中国国内の治安当局の対日警戒心の強まりが、今後さらなる邦人拘束の増加につながる可能性を浮き彫りにしている。

【写真】スパイ容疑で駐在員が拘束されたら…意図せず違法とみなされるリスクをどう軽減

事件の背景と地政学リスクの文脈

アステラス製薬の日本人社員が拘束された事件は、中国の「反スパイ法」(2014年制定、2023年改正)の厳格な運用を反映している。この法律は、スパイ行為の定義を曖昧にし、当局の裁量で広範な活動を「国家安全保障に対する脅威」とみなすことを可能にしている。今回のケースでは、企業活動に従事していた日本人が標的となったが、具体的な容疑内容は公表されておらず、透明性の欠如が日中間の不信感を増幅している。

日中関係は近年、複数の要因により緊張が高まっている。まず、米中対立の激化に伴い、日本は米国との同盟を強化し、台湾問題や南シナ海での中国の海洋進出に批判的な姿勢を示している。2022年の日米豪印(クアッド)首脳会談や、2023年の日本の「国家安全保障戦略」改定で中国を「最大の戦略的挑戦」と位置づけたことは、中国政府の警戒心を一層強めた。さらに、日本企業が中国市場に深く関与する一方で、技術流出や産業スパイへの懸念から、中国当局は外国企業への監視を強化している。このような地政学的な緊張が、治安当局の対日警戒心を増幅させ、日本人に対する監視や拘束のリスクを高めている。

 中国治安当局の対日警戒心とその影響

中国の治安当局が日本への警戒心を強める背景には、歴史的・政治的な要因も存在する。日中間には尖閣諸島をめぐる領有権問題や歴史認識をめぐる対立が根強く残り、国民感情の悪化が当局の行動に影響を与えている。特に、2020年代に入り、中国国内でのナショナリズムの高揚が顕著になる中、外国人を「スパイ」として取り締まることで国内の結束を図る意図も指摘される。日本は、経済的・技術的な結びつきが強い一方で、地政学的な競争相手とみなされており、治安当局にとって監視の優先対象となりやすい。

こうしたの警戒心の結果、邦人拘束のケースが増加する可能性は高い。過去にも、2015年以降、複数の日本人が「スパイ行為」や「国家安全保障違反」の容疑で拘束されており、2023年までに少なくとも17人の日本人が同様の理由で拘束されたと報じられている。アステラス製薬のケースは、企業活動がスパイ行為とみなされるリスクを示しており、特に先端技術や機密情報に関わる業界の邦人にとって、活動の自由が制約される恐れがある。

地政学リスクの今後の行方

今後、日中間の地政学リスクはさらに複雑化する可能性が高い。まず、中国の経済状況の悪化や米中対立の長期化が、国内の統制強化を促し、外国人への監視が一層厳しくなるだろう。2024年の中国経済成長率は4.5%程度にとどまると予測されており、経済的圧力が当局の強硬姿勢を助長する可能性がある。また、2025年に予定される中国共産党の重要会議では、習近平政権のさらなる権力集中が予想され、対外的な強硬姿勢が継続する公算が大きい。

アステラス製薬の日本人社員拘束事件は、中国の治安当局の対日警戒心の高まりと、それがもたらす地政学リスクの顕在化を示している。日中間の緊張が続く中、邦人拘束のリスクは今後も高まる可能性があり、企業や政府は適切なリスク管理と外交的対応を迫られる。地政学リスクの行方は、米中対立や中国国内の政治・経済状況に大きく左右されるが、日中双方が対話を通じて不信感を軽減し、相互利益を追求する姿勢が求められる。緊張緩和に向けた努力がなければ、さらなる摩擦とリスクの増大は避けられないだろう。

◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。

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  • 日本で早急にスパイ防止法を制定しろ。最低でも5年、最高刑は死刑で良し。
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