売り上げ世界一も“一人負け”状態 なぜ「クール」だったナイキは失墜してしまったのか

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2025年07月22日 06:00  ITmedia ビジネスオンライン

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ITmedia ビジネスオンライン

ナイキが苦戦している理由は?(提供:ゲッティイメージズ)

 世界のスポーツブランドの中でもトップクラスに属する企業、米ナイキが苦戦しています。一方でドイツのアディダスや国内ブランドのアシックス、ミズノは好調です。


【画像】「マイケル・ジョーダン ビル」「タイガー・ウッズ センター」など、とてもユニークなナイキ本社(計3枚)


 ナイキが復活するには何が必要なのでしょうか。流通小売り・サービス業のコンサルティングを約30年続けてきているムガマエ代表の岩崎剛幸がマーケティングの視点から分析していきます。


●ナイキはもうクールではないのか?


 最近、筆者は街に出かけるたびに「人々の足元」に注目しています。先日も新宿駅から池袋駅まで電車で移動中、乗降客の靴のブランドを見ていたのですが、ナイキを履いている人は1割も見つけられませんでした。カジュアル化が進み、スーツでもスニーカーやスポーツシューズを履く人が増えた今、代名詞である「スウッシュマーク」のついた靴がこれほど少なくなっているのかと驚きました。


 「Is Nike Still Cool?(ナイキは今もクールなのか?)」


 米有力ファッション誌のGQは、2024年8月にこんなタイトルの記事も掲載しています。


 ナイキは世界で最もクールなブランドだったはずです。世界的なブランドコンサルティング会社であるインターブランドが毎年発表する「ベストグローバルブランド」によると、2024年にナイキは14位に後退していました(前年は9位)。アップルと並んでクールなトップブランドといわれていたナイキが、なぜ今やクールではなくなっているのでしょうか。


●理由(1)業績を落としている


 ナイキがクールだった大きな理由は、何より業績を伸ばし続けていたからです。発売する商品が軒並み売れ、ナイキを履いていないとカッコ悪いという時代すらありました。結果的に業績も大きく伸び、スポーツブランドのトップブランドになりました。


 スポーツブランドのツートップである、ナイキとアディダスの業績を比較してみましょう。


 ナイキの2025年5月期の売り上げは、6兆8000億円(1ドル=147円換算)です。現在も売り上げがスポーツブランド各社の中でダントツで、2位のアディダス(2024年12月期=4兆498億円、1ユーロ=171円換算)に3兆円弱の差をつけています。その意味で、ナイキは今もトップスポーツブランドであることに間違いありません。


 しかし、売り上げの伸び率がナイキは前期比で9.8%減、金額にして7500億円ほどの減少です。営業利益はさらに大きく落とし、同42.0%減、4000億円超も減少しています。大幅減収減益というのがナイキの実態なのです。


 アディダスは2024年度に世界各地で売り上げを伸ばしており、卸売り、DtoC(Direct to Consumer)、小売店、ネット販売とあらゆるチャネルで2ケタ以上も伸びました。特にフットウェア部門が好調で、オリジナル、サッカー、トレーニング用各シューズが2ケタ成長しています。


 アパレルでも、特徴的なスリーストライプやトレフォイルロゴの人気が高まっており、レトロ風のアイテムを発売して人気になるなど、フットウェアを中心にしながらも、ファッションブランドとしての地位も確立しています。アディダスはライフスタイル(いわゆるファッション分野)とパフォーマンス(アスリートやランナー向けのスポーツ分野)の両面をバランスよく強化したことで、大きく成長しているといえるでしょう。


 アシックスとミズノを加えると、4社の中でナイキだけが減収減益で、他の3ブランドはすべて増収増益です。しかも国内2ブランドは過去最高売り上げや過去最高益。スポーツブランド市場全体が厳しいというわけではなく、ナイキだけが業績を落としています。


●理由(2)あらゆるエリアで売り上げを落としている


 ナイキのエリア別売り上げを見ると、売り上げの4割以上を占める北米で10%近くも売り上げを落としているのが分かります。その他、欧州や中東、アフリカ、中国、アジア太平洋、南米という全ての地域で売り上げを落としています。中でも、今まで順調に売り上げを伸ばしてきた中国で13%以上の減少を見せているのは注目でしょう。


 ナイキの不振は世界共通で、アディダスとは対照的です。売り上げの過半を占めるアパレルでは2024年度比で12%減、ナイキブランドの象徴でもあるフットウェアも約6%の減少です。


●理由(3)「買いたいとき」に買えない、負のイメージ


 ナイキはメンズのストリートファッションで名を馳せ、また「ジョーダンブランド」というマイケル・ジョーダンの名を冠したブランドを立ち上げました。これらがナイキのクールなイメージをけん引してきました。


 加えて、ウイメンズやキッズのナイキも人気が出て、一躍世界のトップブランドになりました。しかし今やカテゴリー別に見ても好調部門はないに等しく、中でもジョーダンブランドの売り上げ低迷が目立ちます。


 同社のチャネル別売上高を見ると、直営店売上が13%近く減少しているのが分かります。ナイキは2000年前後に卸売り販売をある程度制限し、同社の直営店販売に注力した歴史があります。この戦略を率いたのが、2020年にナイキのCEOに就任したジョン・ドナホー氏(2024年秋に退任)です。


 EC通販大手である米イーベイの元CEOという肩書をひっさげ、EC事業強化と直営店販売の拡大、米国ではフットロッカーやアマゾンへの卸売り制限をかけました。


 筆者のクライアントである国内の某スポーツショップでは、ナイキと長年にわたり直接取り引きをしてきたものの、数年前に「世界的に直営店政策に変わるので今後は卸売りはできない」という一方的な連絡があり、仕入れができなくなった時期が続きました。世界各地で行ったチャネル改革によって「ナイキ商品は欲しいときに買えない」という印象が強まってしまったのです。


 直営店か公式のオンラインショップでしか新作を買えないという「希少性」を出そうとした戦略が、結果的にナイキの販売力を弱めることにつながった、と筆者は考えています。


●理由(4):ファッションブランドを目指しすぎて「原点」を忘れた


 先のGQ誌では、ナイキ元幹部のコメントとして「スポーツに根ざしたブランドではなく、ZARAやH&Mのような、よくありがちなライフスタイルブランドを目指していた時期があった」と解説しています。


 従来の商品企画がバスケットボールやサッカー、陸上などスポーツカテゴリー別の商品開発体制だったのを一時やめて、メンズ、ウイメンズ、キッズなどのターゲット別に再編成したのです。ファッションブランドであればそれでも良いでしょうが、ナイキはスポーツブランドです。これではトップアスリートや各スポーツを楽しむ人々の満足のいく商品開発につながりません。


 その反省を生かしてか、現在はナイキのたたきあげで一時は離れていたエリオット・ヒル氏をCEOに据え、直販戦略を見直し「アスリートを全ての中心に据える」とあらためてナイキの原点に立ち返る方針を掲げています。


●今こそ「原点回帰」が必要だ


 筆者は二度ほど、米国のナイキ本社を訪れたことがあります。入り口には2つの池があり、グローバルブランドとして販売先である世界の東(東洋)と西(西洋)を表しています。奥に見えるポールには、支社がある国の旗も掲揚しています。こうした光景は、海外企業でもなかなか見られないものです。


 写真には石畳のようなものも見えると思います。石と石の間が10センチほど開いており、案内してくれたナイキの社員は「足元をしっかり見て経営しろ」という自戒の念を込めて「あえて」間隔をあけているのだと説明してくれました。その他、社内にはナイキがアスリートのためにどのような思いで商品を作り、ナイキの商品がどんな試合結果をもたらしてきたかといった「原点」を感じる写真やポスターを多数掲示していました。


 米国のスターバックスがそうであるように、ナイキもまた、忘れてはいけない原点、同社のカルチャーとは異なる経営に走っていたことが不振を招いたのではないかと筆者は考えています。


●アシックスとミズノが好調の理由


 視点を変え、ナイキが苦しむ一方で国産の2ブランドが業績好調なのはどのような理由なのでしょうか。


 アシックスは「オニツカタイガー」ブランドが絶好調で、2024年12月期の売上高は954億円と、直近5年間でおよそ2倍に拡大しています。創業者の鬼塚喜八郎氏に由来するブランドを起点に、アシックスの世界ブランド展開をさらに進め、2030年には売上高1兆円を目指しています。


 アシックス本体では「パフォーマンスランニング」という、ランニングシューズを主力商品に据えたカテゴリーの売り上げを伸ばしています。高付加価値商品に力を入れ、北米のランニング専門店でのシェアも2023年度から2倍ほどの19.5%に高めています。2025年に東京で開催予定の世界陸上でも高反発の商品をデビューさせる予定で、世界での販売網を順調に拡大しています。


 同社の売り上げのうち海外比率はすでに80%を超えており、オニツカタイガーでファッションブランド的なイメージを作りつつも、軸はランニングシューズであるという点はブレていません。これが成長の一大要因となっています。


 一方のミズノは海外売上比率が38.7%とアシックスほど高くありませんが、年々比率を上げており、特にブラジルや中国が好調です。商品カテゴリーではフットウェアとアパレルが好調で、競技スポーツ向け商品を軸に売り上げを伸ばし、ファッションにも使えるスポーツスタイルの高機能シューズを投入し、女性や若年層などの新規客を獲得しています。


 このようにアディダス、アシックス、ミズノの3社は、あくまでも「アスリートのためのスポーツブランド」という立ち位置からブレておらず、フットウェア商品を軸にして自社商品の機能性に磨きをかけて、高付加価値商品を生み出す戦略をベースにした上で、ライフスタイル、ファッション商品を付加しています。


 一方のナイキは「ライフスタイルブランドとしてのナイキ」が前に出すぎた感があります。ナイキ本来の強みだった「アスリートに寄り添うスポーツブランド」というイメージが薄れ、ファッションイメージに偏り過ぎてしまったこと、同時にナイキが持っている本来の商品力の強さが見えづらくなってしまったことが、苦戦の理由と考えられます。


 ナイキは今こそ、ロゴマークに込めた意味とともに、競合の原点主義を参考にしつつ、世界で支持を受けてきたブランド価値に立ち返るべきではないでしょうか。小学生のときからナイキの靴を履いてきた筆者は、再浮上に期待しています。


(岩崎 剛幸)



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