現在、日本では何度目かの、そして恐らく最大級のホラーブームが到来している。背筋の『近畿地方のある場所について』に代表されるフェイクドキュメンタリー(モキュメンタリー)・ホラーは相変わらず全盛だし、北沢陶や上條一輝のような大型新人が次々と登場しているのも頼もしい。阿泉来堂や大島清昭の作品群に代表されるような、ミステリ要素の強いホラーも数多く見られるようになった。新人・中堅の活躍が目立つのみならず、ヴェテランの鈴木光司も『ユビキタス』で久々にホラーに復帰している。こうした状況を反映して、年に一度のムック『このミステリーがすごい!』を出している宝島社は、その姉妹編にあたる『このホラーがすごい!』を2024年から出すようになった。映像方面でも、今年(2025年)に限定しても『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』『ドールハウス』『見える子ちゃん』等々、意欲的な国産ホラー映画が続々と公開されている。
さて、雑誌のホラー特集や紙媒体・ウェブ媒体のホラー書評などで、ほぼ毎週のように頻繁に見かけるのが朝宮運河の名前である。1977年生まれ、肩書は怪奇幻想ライター。この肩書について、朝宮は2024年7月12日の「カドブン note出張所」で、「ホラー小説や怪談など「怪奇幻想文学」と総称されるジャンルを専門にしているライターで、その方面の作家さんにインタビューをしたり、書評や文庫解説を書いたり、ブックガイドやアンソロジーを作ったりというのが主な仕事です」と自己紹介している。ホラー系書評家というのはミステリの書評家と比べても人数がかなり少ないが、朝宮は狭義のホラーから幻想文学、更にその周辺ジャンルまで幅広くフォローしている点で、東雅夫の後継者的な立ち位置にいる存在と言っていいだろう。
そんな朝宮の初めての単著が、7月に星海社新書から刊行された『現代ホラー小説を知るための100冊』である。ここで著者は、1990年から2024年の期間に刊行された国産ホラー小説100冊を紹介している。……と書くと簡単だが、実際にやってみるとそれまでの蓄積がなければ務まらない大仕事であることは明白だ。まず、100冊の傑作を選ぶには、その数倍、数十倍のホラーを読んでいなければならない。大量に読んでいればいいというものでもなく、各作品のホラー史における位置づけも行えなければならない。もちろん、1990年から2024年の期間の作品だけではなく、それ以前のホラー小説の歴史が現在にどう継承されていて、どう違うのかも語れなければならない。
本書では、鈴木光司の『リング』をジャンル的自立の起点とし、瀬名秀明の『パラサイト・イヴ』で社会的ブームを迎え、前世紀末から今世紀初頭にかけて多様化とカオス化を極め、怪談文芸ムーヴメントを経て澤村伊智の『ぼぎわんが、来る』で1つの新しい局面を迎えた国産ホラー小説史が、朝宮なりの統一された史観によって繰り広げられている。作品数の多い作家の場合、どれを選ぶかはかなり悩んだ筈だが、全体のバランスを重視したセレクトとなっている。
目次だけを見て「何故あの作品(作家)がないのか」と文句を言いそうな玄人をも唸らせるのが、各作品のガイドに付された「併読のススメ」である。紹介された作品の関連作を、1980年代以前の国産ホラーばかりか海外の有名作品まで幅を拡げて言及しており、巻末の評論「現代ホラーの新しい波」も併せれば、少なくとも1990年代以降の名作はほぼ網羅されているのではないか。それにしても、紹介された作品のうちかなりの版元が角川書店(現・KADOKAWA)であることに気づくと、国産ホラー史における同社が果たした役割の巨大さを改めて認識させられる。一方で、現在入手困難になっている作品の多さには慨嘆を禁じ得ないのだが。
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ライターにとって単著の存在は名刺であるとよく言われるが、朝宮運河は本書を上梓したことで、どこにでも通用する立派な名刺を作ったことになる。気になるのは、ホラーブームの伝道師という大仕事が彼の双肩にのしかかった結果、過労が心配されるほど少々働きすぎなのではないかと思える点だが、自分の仕事量の調整もライターに必要な資質であることは恐らく本人も理解しているだろう。ともあれ、本書が現代ホラーの豊饒さを親しみやすく伝える画期的ガイドブックであることは間違いない。このジャンルに新たに興味を持った読者は、本書を指針として自身の好みのホラーを探していただきたい。
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