フジHDは“割安”なのか? 株価急騰の裏に旧村上ファンドの影

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2025年07月23日 08:20  ITmedia ビジネスオンライン

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株価が高騰するフジHD

 2025年上期、フジ・メディア・ホールディングス(以下フジHD)の株価が年初の1700円台から7月初旬には3400円台にまで倍増した。


【画像】主要テレビ局の株価における、年初来騰落率の比較チャート


 時価総額は騒動前の2000億円台から一気に8800億円にまで跳ね上がり、TBSホールディングス(日経平均銘柄)を抜いてテレビ業界の時価総額トップに躍り出た。


 他のテレビ局も保有資産に注目した買いが入っているものの、2025年に入ってからの株価推移ではフジHDの“独り勝ち”が際立つ。TBSHD、テレビ朝日HD、日本テレビHDなどは、年初来でいずれも20〜30%程度の上昇にとどまっている。


●旧村上ファンドの動きが火付け役に


 この“フジHD一強”相場の背景には、旧村上ファンド系のレノと、村上世彰氏の長女・野村絢氏による大量買い増しがあるとみられている。両者の共同保有比率は16%を超え、さらに特別決議を単独で拒否できる33.3%超までの追加取得も示唆されたことから、市場の思惑が加熱した。


●フジHDが導入を検討する「ポイズンピル」とは


 旧村上ファンドの動きに対してフジHDは警戒感を強め、2025年7月には買収防衛策(ポイズンピル)の導入を検討していることが明らかになった。


 このポイズンピルとは、敵対的買収者が一定割合(おおむね20%超)の株式を取得した場合に、既存株主に対して新株予約権を無償で割り当てる仕組みだ。株主が新株予約権を行使すれば発行済み株式数が希薄化し、買収者が狙う議決権割合に届かなくなる。その結果、買収コストが跳ね上がり、実質的に敵対的買収を阻止できる。


 加えて、予約権の無償割当日を取締役会が自由に設定できる条項も盛り込まれており、突発的な買収を防ぐ構造が付加されている。


 この防衛策は、実際に新株を発行しなくとも、「発行されるかもしれない」という警戒感を市場に与えるだけで一定の牽制(けんせい)効果が期待される点が特徴だ。


 もっとも、防衛策によって買収側が引き下がれば会社側の負担は生じないが、相手が引き下がらない場合はポイズンピルを発動せざるを得ず、その際には既存株主の株式も希薄化するリスクがある。


●投資家の視線は「隠れた不動産資産」に


 投資家がフジHDに対して注目しているのは、「テレビ局としての成長戦略」ではなく、同社が保有する不動産ポートフォリオに対する評価だ。


 フジHDはフジテレビ本社ビルをはじめ、港区から千代田区にかけてフジサンケイビルなどの大型オフィスビル、スタジオ、商業施設を多数保有している。


 株価急騰前のPBR(株価純資産倍率)は0.66倍で、時価総額よりも純資産の方が大きかった。言い換えれば「1万円入りの貯金箱が6600円で売られている」ような状態であり、明確な割安感があった。


 現在では株価上昇に伴いPBRは0.95倍前後まで上昇し、1倍に近づいている。これにより、単純計算では資産の切り売りを行っても利益はわずか5%しか出ない。しかも、実際には譲渡益に対する法人税(約30%)や各種の取引コストも発生する。


 さらに、大型不動産は流動性が低く、買い手を見つけるためには価格をディスカウントせざるを得ないことも多い。お台場の本社ビルのように自社利用が中心で賃貸収益が乏しく、デザインも特殊な物件は特に売却が難しいと考えられる。


 このような条件を考慮すれば、名目PBRが0.95倍となった現状では、保有資産を前提とした投資戦略の妙味は薄れつつあるといえる。


●それでも「実質PBR」は割安?


 ただし、PBRが「簿価」(取得時の価格)を基準にしている点を踏まえると、なお割安感を持つ投資家がいるのも事実だ。


 フジHDが保有する主要不動産は、バブル崩壊後の1990年代後半〜2000年代半ばに取得・開発されたものが多い。そのため、簿価と現在の時価には大きな乖離が生じている可能性が高い。


 東京都の平均公示地価によれば、当時23区の平均地価は坪当たり約233万円だったが、現在ではおよそ440万円とほぼ2倍に上昇している。


 特にフジHDの不動産は都内でも需要の高い一等地に集中しており、この地価上昇を反映すれば、含み益を加味した「実質PBR」は0.7倍程度との見方もある。


 このように、見かけ上は割高に見えても、簿価ベースではなお割安との見方が、フジHD株に対する継続的な買いの一因になっている。


●なぜ今まで市場が評価しなかったのか?


 とはいえ、ここで疑問が湧く。PBRという指標は投資の基本中の基本だ。百戦錬磨の機関投資家や大手ファンドが、この「実質割安銘柄」を長年見逃してきたのだろうか。


 PBR0.6倍のまま放置されていた銘柄が、不祥事で注目されただけで0.9倍近くまで買い上げられるというのは、冷静さを欠いた相場とも映る。


 過去に評価されなかった背景には、メディア業界全体の成長性への懸念や、不動産の売却難、ガバナンス不安などの要素があったはずだ。


●ポイズンピルは“フジHD相場”を終わらせるか


 仮にポイズンピルによる防衛策が発動され、買収の可能性が遠のけば、「高値でも買う」理由は一気に後退する。


 現在の株高は、あくまでファンドの思惑や資産価値への期待といった特殊要因によって支えられている面が強い。買収が頓挫すれば材料が出尽くし、投資マネーは次のテーマへと流れていく可能性がある。


 さらにポイズンピルの発動は、既存株主の持ち分も希薄化させるため、企業防衛の成否にかかわらず株主に損失をもたらすリスクがある。


 場合によっては、株主が「経営陣の判断が株主利益を毀損した」として、株主代表訴訟に発展する可能性も否定できない。フジHDはガバナンス上の観点も踏まえ、極めて慎重な対応が求められる局面に差し掛かっている。


筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO


1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手掛けたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレースを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務などを手掛ける。



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