
どんでん返しに次ぐ、どんでん返し。
7月24日に開催された高校野球鹿児島大会準決勝・れいめい対鹿児島実は、そんなドラマチックな展開だった。
【大逆転勝利で決勝に進出】
れいめいが2対0とリードして迎えた9回表。鹿児島実は先頭の前田大成が特大のソロ本塁打を放ち、逆襲の狼煙(のろし)をあげる。さらに一死二、三塁のチャンスをつくり、途中出場の枦川宜吏克(はしかわ・よりかつ)が右翼へ2点適時打を放って逆転に成功する。
9回裏は二死走者なしと、れいめいは徳俵に足がかかった。しかし、4番打者の碇山和尚がフルカウントから四球を選び、出塁。つづく濱田勇人が左前打でつなぎ、二死一、二塁とチャンスをつくった。
ラストチャンスで6番・矢野航成がライトへ弾き返し、2者が生還。れいめいが逆転サヨナラで決勝戦に駒を進めた。
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9回裏の攻撃中は、どんな心境だったのか。れいめいのエース左腕・伊藤大晟に聞くと、こちらを真っすぐに見つめて答えた。
「ウチはバッティングがいいチームなので、チームメイトたちを信用していました。(サヨナラ打を放った)矢野は同じ中学のチーム出身(福岡・京築ボーイズ)で、ずっとバッティングがいい選手でしたから」
伊藤は今夏、れいめいの快進撃の原動力となり、ドラフト戦線に急浮上してきたサウスポーである。鹿児島実戦は9回に逆転を許したとはいえ、8回まで被安打4、奪三振11、与四死球2、失点0と快投を見せていた。
身長174センチ、体重74キロの中肉中背。左腕を強く叩きつける投球フォームで、この日は最速144キロを計測した。伊藤が「リリースの瞬間にボールを弾くイメージ」と語る快速球は、ホームベース付近でも勢いが衰えない。打者の空振りを誘える球質だ。
さらにはストレートの軌道から鋭く曲がるスライダー、打者をのめらせるチェンジアップを武器にする。将来的には松井裕樹(パドレス)のような左投手に成長する可能性を秘めている。
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【冬場のトレーニングで下半身強化】
なぜ、これほどの投手が、今夏まで大きく騒がれなかったのか。
それは、れいめいの戦績が芳しくなかったという背景がある。昨秋の県大会はベスト8に進出したものの、伊藤が「自分のせいで負けた」と振り返るように制球難から国分中央に5対6で敗戦。今春に入ると、県大会1回戦で尚志館に5対6で敗戦。夏の前哨戦と位置づけられる県選抜大会では、2回戦で鹿屋中央に1対6で敗れている。
ただし、伊藤自身は冬場の期間に確かな手応えをつかんでいたという。
「ランメニューを死ぬくらいやって下半身を強化しました。投手陣で『負けるなよ』と励まし合ったことが、成長につながったと感じます。本当にきつくて、逃げ出そうと思ったくらいなんですけど。ほかのピッチャーも頑張っていたので、自分も最後までやり抜けました。春になると、コントロールがよくなっていました」
そして、冬場には自身の考え方を根底から変える出来事もあったという。
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「キャッチャーをやっていた谷口(知希/現在は遊撃手)や宮下(遼大)から、自分の悪いところを指摘してもらったんです。自分ひとりで野球をやっていて、周りが見えていないと。厳しく言ってもらったことで、自分の足りないことに気づけました。ふたりには感謝しています」
れいめいの湯田太監督は、入学前から最速134キロを計測した伊藤に対して「すでに高い出力を持っていた」と評価していた。この3年間をとおして、伊藤は徐々に投手らしくなっていったという。
「コントロールやゲームのつくり方はまだまだでしたが、練習試合など経験を積むことで成長していきました。エースとしてもともと責任感を持っている子でしたが、今までは空回りしてしまっていて。でも、今ではチームのために1球1球投げられるようになってきました。まだ成長段階ではありますが、彼の成長が今夏の活躍につながっています」
鹿児島実戦で伊藤は11三振を奪っているが、終始頭にあったのは「仲間を信用して、打たせて取ろう」という考えだった。試合終盤には100キロ台のカーブを多投して、打者の目線を変える投球を展開。8回には三者連続三振を奪っている。
6回から8回までは打者9人で片づけ、6三振と完璧な投球を見せている。だが、快投の裏には、アクシデントが起きていた。伊藤が内幕を明かす。
「足がつっていました。右足の前・後ろの太もも、左足のふくらはぎです。自分が抑えないと流れがこないと思っていたので、投げ続けました。でも、それまでは力んでいたのが、逆に力が抜けてよかったのかもしれません。下半身をうまく使って、投げられました」
【王者・神村学園に挑む】
伊藤は大分県で育ち、福岡県のクラブチームでプレーしている。鹿児島県のれいめいに進学したのは、「仲のいい先輩がいたのと、とにかく練習の雰囲気がよかったから」という理由だった。
れいめいが鹿児島大会決勝に進出したのは、じつに45年ぶり。前回は旧校名・川内実として決勝に初進出し、甲子園初出場を決めている。同校にとっては、これが最初で最後の甲子園出場になっている。
決勝戦の対戦相手は、神村学園。今春の九州大会チャンピオンであり、今夏は大会3連覇がかかっている強敵だ。ドラフト候補の早瀬朔、今岡拓夢を擁し、選手層も厚い。準決勝では樟南との延長12回タイブレークにもつれる死闘を制し、ますますたくましさを増している。
それでも、伊藤は決勝戦に向けてこんな抱負を語った。
「今までどおり何も変わらずに、チャレンジャーとして自分たちの野球をやるだけです。神村学園が相手といっても、力は変わらないと思っています。一歩も引かずに戦いたいです」
伊藤は今秋にかけて、プロ志望届を提出する見込みだという。もし、甲子園に出場できれば、その才能をアピールできるチャンスは格段に増す。
九州に出現した稀代のサウスポーは、新たな扉をこじ開けるのか。神村学園とれいめいの鹿児島大会決勝戦は、26日に平和リース球場で開催される予定だ。