
難航していた日米関税交渉が、急転直下、決着しました。25%になる予定だった相互関税が15%に引き下げられると共に、焦点の自動車関税も、上乗せ分を現在の25%から12.5%に半減、元来の2.5%と合わせて関税率を15%に引き下げることで合意しました。日本が貿易黒字国にもかかわらず大幅な引き下げにこぎ着けたことは大きな成果です。強気だったトランプ大統領には、投資拡大とコメ輸入が効いたようです。
ホワイトハウスに呼ばれた赤沢大臣8回目となった今回の閣僚交渉も「アポなし」で出かけた赤沢大臣、ラトニック商務長官との会談後、急遽、ホワイトハウスに呼ばれました。公開された写真からわかるように、大統領執務室でアメリカ側の閣僚が見守る中、文字通りのトップ交渉でディール成立となりました。最終決断はトランプ大統領にしかできないことを物語るシーンでした。
台数規制なしの自動車関税引き下げ今回の合意の最大のポイントは、当初、アメリカ側が応じる気がなかった自動車関税の引き下げ、しかも大幅な引き下げを実現したことです。基幹産業として日本経済に大きな影響を及ぼすものだけに、自動車部品も含めて15%にまで引き下げられたことは、高く評価できるものです。
しかも、交渉途中で取りざたされた輸出台数規制など管理貿易的な手法をとることなく、一律引き下げで決着できたことは、過去、日本が行った輸出自主規制などへの反省をも踏まえたもので、世界に対して恥ずかしくない交渉だったと言えるでしょう。
|
|
関税率15%は、元々の2.5%と比べれば決して小さくはない数字ですが、それでも27.5%とは大違いですし、「トランプ旋風」の中では、ベストではなくともベターな選択です。
業界関係者の間では、当初から10%程度なら何とか吸収できるという見方が支配的でしたし、為替が1ドル120円程度だった数年前と比べ、現在は20%以上も円安が進んでいることを考えれば、日本の自動車産業にとっては、対応可能な範囲に収まったと言えるでしょう。
足しあげた数字と新しい数字その一方、合意内容には、今後、火種になりそうなものも含まれています。赤沢大臣によれば、今回は法的拘束力のある合意文書は作らないというのですから、なおさらです。アメリカ側からは、すでに様々な数字が発信されています。
この種の大きなパッケージ合意には、すでに発表されているものを積み上げた数字と、新しい数字が混在するのが普通です。例えば、今回の「ボーイング航空機100機購入」といった数字は、日本の航空会社がすでに明らかにしている発注計画を足し合わせれば概ね達成するものです。
「防衛装備品の購入増加」も、日本がすでに開始している防衛費GDP2%への増額が実現すれば、必然的に実現するものと、政府は説明しています。
|
|
注目すべきは新しく出てきた数字です。まず挙げられるのが、5500億ドル、日本円で80兆円にも及ぶ日本からアメリカへの投資計画です。対米投資の拡大はアメリカで産業を育成し、雇用を生むものとして、今回の交渉では日本側が最もアピールした点ですし、トランプ大統領にとっても重く見た点でした。ベッセント財務長官は、これを「革新的な資金調達のスキーム」と評しています。
ホワイトハウス高官が投稿した執務室での写真を見ると、トランプ大統領のデスクの上には説明用に用意された「日本の対米投資」と書かれたボードが置かれています。ここには4000億ドルの文字がありますが、それがマジックで5000億ドルと上書きされています。ホワイトハウスのレビット報道官は記者会見で「トランプ大統領が交渉で1500億ドル上積みするよう求めた」と明らかにしています。
日本側はこの数字について、日本の政府系金融機関がアメリカの半導体や医薬品など経済安全保障上重要なセクターへの出資、融資、融資保証をする「枠」だと説明しています。5500億ドルや上乗せ分の1500億ドルという数字に積算根拠はなさそうですし、そもそも投資主体は、基本、民間企業です。アメリカ側が、日本政府の「枠」という理解ではなく、必ず実現する政府の約束と受け止めているのであれば、今後、揉めるかもしれません。
大統領の裁量と利益配分を主張さらにボードの下の方には、「50% プロフィット シェア」という文字がはっきり見えます。この意味、直ちにはわかりませんが、合意後、トランプ大統領が「投資の利益の90%はアメリカが受け取る」と投稿していること考えると、大統領には「投資利益の50%はアメリカ側に」と説明されたものが、どこかで90%に変わったと考えるのが自然です。少なくとも、現段階でなぜ日本からの投資の利益の配分率が示せるのか、私にはわかりませんし、日本が投資したものの半分や90%の利益をアメリカに持っていかれなければならないのか、不思議でなりません。
また投資の内容についても、レビット報道官は「トランプ大統領の裁量に基づき、重要な産業に配分される」とアメリカ側の裁量を強調しており、こちらもどういう仕組みなのか疑問だらけです。大統領への説明用ボードを作ったのは、一体、誰なのかを含め、投資計画について日本国民に説明されるべきことは、多いと思います。
|
|
コメ輸入拡大についても、新たな数字が出てきました。アメリカ側は、日本が米国産コメ輸入を直ちに75%増やすと発表しました。農水省は、無税での輸入が義務付けられている年間77万トンのミニマムアクセスの範囲内で、アメリカからの輸入量が増えるだけで、輸入拡大ではないと説明しています。
昨年度、米国産コメは、ミニマムアクセスの45%にあたる35万トンが輸入されました。75%増やすのであれば、さらに26万トン、合計61万トンがアメリカから輸入されることになります。米国産は中粒種で主食用にも十分使えるコメです。
現在、ミニマムアクセス77万トンのうち主食用として市場に出しているのは10万トンに過ぎず、現時点で小泉農水大臣は「主食用10万トンを変えない」と強調しています。額面通り受け取れば、アメリカからの輸入増加分はすべて加工用や飼料用に回るということになりますが、主食用に供せるコメを備蓄米に積み増しや、コメ高騰対策に使えないのかという議論は、今後、あり得るでしょう。
また、アメリカからの輸入が増えれば、現在ミニマムアクセスの35%を占めるタイや、9%のオーストラリアからの輸入量をその分だけ減らさなければなりません。こうした国々の理解をどう得るのかも、課題です。
高関税は常態化へ主要貿易国の中でいち早く合意に達し、経済の先行き不透明感を少なくしたことは大きな一歩で、日本側には「やっと終わった」とひとまず安堵感が広がっています。しかし、ベッセント財務長官は「四半期ごとに状況を評価し、大統領が不満であれば、関税は25%に逆戻りする」と述べています。「関税は最も美しい言葉」と言うトランプ政権が続く限り、関税はいつでも、再び武器になると考えた方がよさそうです。
そして何より、アメリカ市場に入るためには、最低でも10%以上の関税という名の「入場料」を支払わなければならないという新しい世界が始まったのです。貿易立国である日本の対応が迫られるのは、むしろ、これからなのです。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)