戦地から来た夢と希望の物語 【舟越美夏✕リアルワールド】

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2025年07月26日 14:20  OVO [オーヴォ]

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戦地から来た夢と希望の物語 【舟越美夏✕リアルワールド】

 久しぶりにミャンマーの友人、Kから連絡が来た。短い英語の物語が添えられている。「最初の記憶は激しい音」というタイトルだ。

 未加工の鋼である「僕」は火の中で打たれて皿として生まれ変わり、棚に並べられる。エレガントさのない素朴な皿だが、「私たちは強靭(きょうじん)で耐久性がある」と先輩の皿が言う。ある日、少女に選ばれ、彼女の皿となる。毎日、少女は僕から食事をし、僕は彼女の涙も笑いも目撃する。やがて、自分がいるのは、軍事政権に抵抗する若者たちの訓練場なのだと知る。ある晩、僕は彼女のバッグに詰め込まれてジャングルの前線に行きつく。そこで僕は、単なる皿を越え、命を支える存在になる。塹壕(ざんごう)を掘る道具、ガーゼや包帯を載せ、被弾した若者の命が消えないよう戦う者たちを支えるトレイ・・・。曲がり、火に焦げたが、僕は生き残った。数十年後、平和になった社会で僕は小ぎれいなテーブルに座っている。おばあさんになったかつての少女が、孫たちに語る。「このお皿は戦争を目撃し、忍耐を教えてくれ夢を育んでくれたのよ」

 切ないな、と思った。軍事政権を終わらせようと、戦うことを選んだ若者たちの葛藤と悲しみ、希望が読み取れた。

 「よく書けるねえ。母語ではない言語で巧みな表現も使いながら物語を書くなんて」。するとKがこともなげに言った。「僕は筋書きを書いただけ。後はAI(人工知能)に任せたんだ。頭の中にずっとあるこの物語を吐き出したかったんだけど、毎日忙しいからね」

 なんだか、AIに操られたような複雑な気持ちである。経験した者だけが知る感情が書かれていると思ったのに。 


 30代前半のKは医師で、軍事政権に抵抗する人々が多い地域で医療活動をしている。軍の検問で医薬品の入手が困難を極める中、感染症や栄養失調の子どもを治療したり、軍事政権との交戦で負傷した若者たちを手当てしたりしている。戦争と政治の現実も見た。外国に住む彼女とは疎遠になった。だが、活動をやめる気はない。

 実際のところ、抵抗勢力は優勢だ。しかしミャンマーの苦境は深まるばかりなのだ。内戦と国際社会の制裁がもたらす経済苦境に人々は耐えてきたが、3月末の大地震は、心身ともに人々を打ちのめした。民主化運動指導者のアウンサンスーチーさんは80歳になったが、軍は明確に所在を明かさない。闇経済は成長を続け、国境地帯を拠点にしたオンライン詐欺や合成薬物の密造は拡大。被災地で当局者が、徴兵制度を悪用して金儲(もう)けをするケースが相次ぎ、軍事政権トップは「法律を守るように」と呼び掛けた。だが被災地に空爆を続ける当事者の言葉など、本気で受け止める者はいない。国際社会は、ミャンマーの苦境に関心が薄い。

 それでも市民は日々を懸命に生きる。そこにあるに違いない、想像を超える無数の物語を想像し、私は身震いをする。

 物語の少女の瞳にある「希望の光」は、AIではなくK自身の言葉に違いない。平和な日はいつ来るのだろうか。

 「分からない」とKは言った。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 28からの転載】

舟越美夏(ふなこし・みか)/ 1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。

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