
「制約の中で創造性を発揮する面白さや、現実の地理的条件を考慮しながら理想の路線を考えるのが楽しい」。そう語るのは鉄オタとしてお馴染みの芸人・吉川正洋さん(ダーリンハニー)。
鉄道BIG4としても知られ、タモリ倶楽部への出演も果たした吉川さんが、ずっと推している鉄道の楽しみ方が"妄想鉄道"だ。
近頃、鉄道ファンのみならず人気沸騰中の妄想鉄道とは何か。妄想鉄道の第一人者で、先日「妄想鉄道ガイドブック」を出版した吉川さんにその魅力と楽しみ方を聞いた。
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――乗り鉄、撮り鉄など鉄道ブームが定着して久しい昨今ですが、妄想鉄道とは聞き慣れないジャンルです。どんなものか教えてください。
吉川 妄想鉄道とは人間が頭の中で描く空想の鉄道のことですね。小さい頃、「あそこからあそこまで鉄道が走ってたら楽しそうだな」って思ったことありませんか?
――特にないですね。
吉川 ない? では、みなさんが今住んでいる家から会社までまっすぐに結ぶ路線があったらどうでしょう。もちろん現実にはありえませんが、もし実現したら毎日とてもハッピーじゃありませんか? それが妄想鉄道なんです。
――なるほど、たしかに楽しそうな気もしてきました! 吉川さんは妄想鉄道をテーマにしたタモリ倶楽部にも出演されましたが、タモリさんも非常に興味を示していましたね。
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それ以降、鉄道ファン以外にも広く認知された妄想鉄道ですが、最初に吉川さんの頭の中で走り出した路線は覚えていますか?
吉川 5歳の頃でしょうか。いつも絵本代わりに時刻表を眺めていて、特にお気に入りだったのが全国路線図のページだったんです。「こことここの駅をつないだらどうだろう」と路線図に書かれた駅と駅を、鉛筆で結んで妄想するようになったのが始まりだと思います。
――それは子供の一人遊びだった。
吉川 まさにそうですね。小学校に入り鉄道模型を買ってもらうと、自宅に「リビング前」「トイレ中央」「南寝室」などの駅を設置して模型を走らせるだけでなく、時刻表も作っていました。
一番多くて20近い駅がありましたから運行管理は大変でした。走行中に愛犬がくわえてもっていってしまうので、お詫びのアナウンスもその都度していました。
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――実際の街にも電車があったらどうだろうと妄想を始めたのはいつでしょう。
吉川 最初は自宅近くを自転車で走りながら妄想していました。最初の路線は、自宅から祖師ヶ谷大蔵駅までを結んだものです。「馬事公苑駅」「交差点駅」「三越エレガンス前駅」「ロイヤルホスト駅」など、実際に街を歩いて、ここに駅があったらいいなと思う箇所には漏れなく駅を建設しました。
中学生の頃になると、これまた近所の二子玉川と成城学園前を結んだ路線を思い描くようになります。これが僕が運営する(妄想です)吉川急行の吉武線の原型になっています。吉武線は吉祥寺と武蔵小杉を結ぶ路線です。
――たしかに東京は中心地から放射状に伸びる路線ばかりで、縦に串刺しにする鉄道がありませんね。
吉川 そうなんです。車で移動するか、あるいはバスが主な交通手段なんです。バスも大好きですけれど、本数が少なかったり、あるいは混んでいたりして不便だなと思うことがあります。その点電車だったら時間通りに来ますし、大量の人を運べます。いいことづくめなんです。渋谷〜六本木間だって今はバスしかないので、西麻布なんて不便でしょう。電車があったら多くの方に喜ばれると思いますね。
――本の中では、実際にある鉄道会社(東急電鉄)や交通経済学の専門家と対談されています。
吉川 東横線でお馴染みの東急電鉄は、各部門のプロフェッショナルが集まってくれて真面目に話を聞いてくれました。今では一般的な鉄道会社の乗り入れですが、最初に乗り入れを行う前に鉄道会社同士で、「相互直通運転契約」を結ぶそうです。そして規格を統一していくとか。
2024年に東急と相鉄の相互直通運転が始まったんですが、両社の車両規格が違ったんですって。そのため、両社を自由に乗り入れできる規格の車両を作ったそうです。
ただ、全部の車両を切り替えるわけにいきませんから、それ以外の車両は新横浜で折り返して、東急あるいは相鉄だけで走ることになります。相互直通の窓口である新横浜駅のホームは車両規格によって入れない番線があり、ダイヤも綿密に決められているそうです。
――それは知りませんでした。
吉川 交通経済学の専門家、東京経済大学の青木先生からは「鉄道の運賃をどうやって決めるか」ということを教えていただきました。鉄道建設は膨大な費用がかかるので、国から補助金がもらえるのですが、それをどう返済していくか試算した上で運賃が決まるそうです。「吉川急行の初乗り運賃は1000円以上になるだろう」と言われた時はびっくりしましたね。
――現実的ではないと諭されて、夢から覚めたと。
吉川 そうとも言えます。鉄道というのは「不便だから作りたい」という理想より、「乗る人がいるから作る」という現実的な理由のほうが、収支が計算しやすいと教えてもらいました。
――どの私鉄も都心部に向かって走っているのはそれが理由なんですね。
吉川 ただ、専門家の方も「こういうのを考えるのは楽しいですね」と一緒に盛り上がってくれました。「学生と一緒に妄想鉄道をテーマに授業をやったらみんなが考えるきっかけになりそうだ」とおっしゃっていただけたのは嬉しかったですね。国分寺にある大学の先生だったので、「東京と八王子を結ぶ東八道路の下に鉄道を敷いたら儲かるだろうな」と興奮していました。
――人を夢中にする力が妄想鉄道にはあるんですね。
吉川 誰かの便利のために走っているのが鉄道だとしたら、自分だけの思いを乗せて頭の中を走るのが妄想鉄道です。一生楽しめる趣味だと思いますので、ぜひみなさんも挑戦していただけたらうれしいです。
【吉川急行全線解説】
■吉武線
吉祥寺のつぎに下連雀を作ったのは、近隣に駅がなかったから。近隣への縦移動を想定した路線です。いろいろな意味でこの路線が吉急の原点です。
■吉急本線
大学時代にお笑いで使っていたライブハウスがあった下北沢を中心に路線図を描きました。南北移動しづらい笹塚を結んだことからこの路線が始まりました。1号線ではなくこちらを本線としたのは、空港へのアクセスを重視したからです。
■シティライン
近年話題のLRTを導入。山手線の内側を走る戦後初の私鉄として注目を浴びており、インバウンド需要も取り込みたいと思っています。
■王子線
西新井から池袋方面は現在バスが運行していますが輸送量は限界です。豊島5丁目団地は多くの人口を抱えており、この路線ができることで、新たなシナジーが期待できるはずです。
■世田谷通り線
砧公園の地下に巨大な車両基地を作る予定なので、乗り入れ線としても活用されています。
■吉川正洋(よしかわ・まさひろ)
お笑いコンビ「ダーリンハニー」のボケ担当。芸能界の鉄道BIG4の一人として知られ、テレビ出演多数。
■『妄想鉄道ガイドブック』 カンゼン 1980円(税込)
取材・文・撮影/キンマサタカ