足元の株高を受け、上場企業の間で個人投資家の取り込みを狙った株式分割が再び活発化している。
【画像】NISAに関連するサービスでは、小額から投資できるものも存在する
ニトリホールディングスは7月15日、10月1日付で1株を5株に分割すると発表した。良品計画は9月に1株を2株に、イオンは3株にそれぞれ分割する予定である。
日本では株式売買の単位が原則100株(単元株)であるため、1株当たりの株価が高い銘柄は、最低投資金額も高額になる。例えば1株1000円の銘柄であれば、最低でも10万円の資金が必要となる。新NISAのように年間の非課税枠が限られている制度では、個別株の価格が高すぎると、その枠内での投資が難しくなるケースもある。
こうした状況に対して、企業が株式分割を行えば、最低投資金額を引き下げることができ、資金力に乏しい個人投資家でも投資の対象としやすくなる。企業にとっては株主層の拡大につながる可能性があるため、分割には一定の合理性があるといえる。
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●「投資の神様」は否定的
しかし、米著名投資家で「投資の神様」と呼ばれるウォーレン・バフェット氏は、株式分割に対して一貫して否定的な立場を取ってきた。
「ピザをいくら細かく切っても量は増えない」という相場格言にあるように、株式を分割しても企業の実体的な価値が変わるわけではない。あくまで見かけの株価が変化するだけであり、分割自体が企業価値の向上には直接結び付かないというのが同氏の主張である。
にもかかわらず、日本では株式分割が依然として重視されている。この背景には、日本特有の制度や市場構造が関係していると考えられる。
●見逃されがちなコスト
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株式分割には投資家の利便性向上というメリットがある一方で、実務上のデメリットも存在する。
例えば、株主が1人増えるごとに、証券会社や信託銀行は名義書換や単元株の管理、株主総会資料や配当通知の送付など、一定の事務作業と費用を負担する必要がある。2011年に東京証券取引所が実施した調査によれば、個人株主1人当たりの年間の追加管理コストは平均1500円程度と試算されている。
仮に1株1500円の銘柄を1株だけ保有するようなケースでは、投資家が投じた金額とほぼ同額のコストが企業側に発生する可能性もある。株式の売買代金が企業に直接入るわけではない以上、こうした事務コストは企業にとって実質的な負担となり、他の株主の利益を希釈させる恐れもある。
こうした非効率を避けるため、米国では多くの有力企業が株式分割を控える傾向にある。日本でも、近年ではみずほフィナンシャルグループや双日、オリエントコーポレーションなどが、5株や10株を1株にまとめる「株式併合」を採用している。
バフェット氏率いる投資会社、米バークシャー・ハサウェイは、現在も「A株」を1株72万ドル(約1億円超)という高価格で維持しており、創業以来一度も株式分割を行っていない。A株は議決権が強く、経営への影響力を重視する投資家向けに発行された株式である。価格の高さには、安易な売買を抑え、長期保有志向の強い株主層を育てるという目的があるとされる。ちなみにA株の1万分の1の議決権を持つ「B株」は、A株の1500分の1程度の価格で取引されている。
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●投資信託で広がる間接保有
株式分割の意義が薄れつつある背景には、投資手段の多様化もある。
米国ではETFや投資信託が個人投資家に広く浸透しており、例えばS&P500やナスダック100に連動するETFを購入すれば、アマゾンやグーグルのような高額株にも間接的に投資することができる。つまり、株式分割を行わなくても、投資家のアクセスを確保する手段が整っているのだ。
日本でも、「つみたてNISA」や「iDeCo(個人型確定拠出年金)」の普及により、投資信託を通じた分散投資が広がっている。例えば楽天証券やSBI証券などが提供するファンドは、月100円から投資が可能であり、個別株よりもはるかにハードルが低い。
このような状況を踏まえれば、企業側が株式分割によって最低投資額を引き下げるという方法は、かつてほど有効な施策ではなくなっているといえる。ただし、個別株への投資ニーズが依然として一定の層に存在することを考えると、株式分割を全面的に否定するものではない。重要なのは、目的と手段のバランスである。
●「株主数拡大」の限界
株式分割の目的として「株主層の拡大」がしばしば挙げられるが、この点にも見直しの余地がある。
投資信託を通じて株式を保有する場合、実際には多数の個人投資家が資金を出していても、名簿上は運用機関が1人の株主として記載されるにすぎない。つまり、名簿上の「株主数」と実際の投資家層の広がりとの間にはギャップが存在する。
上場維持基準に定められている「株主数」や「流通株式比率」といった定量要件は、制度設計当初に想定されていた投資行動を前提としており、現在のように投資信託経由での保有が増えると、その実態を十分に反映できない可能性がある。
企業価値向上を本質的に捉えるのであれば、形式的な株主数の増加にとらわれるのではなく、投資家の中身――つまり長期的な視点を持ち、企業経営に理解を示す株主をいかに増やすかが問われるべきではないか。
●制度と文化のアップデートを
今回、ニトリが実施を決めた株式分割は、1株を5株にするという大きな比率である一方、株主優待や配当の基準は据え置きとされている。これは、表面的には個人投資家への門戸を開くように見せながら、実質的には既存の株主構造を維持する意図があるとも読める。
東京証券取引所はかつて、株価5万円未満を「望ましい」とするガイドラインを設けていた。これは「100株単位で投資するには、あまりに高額な株価は避けるべき」との配慮からであった。
しかし、投資手段がここまで多様化し、IT技術の進展によって1株単位の取引も技術的には可能になった今、株価を分割して“買いやすくする”という発想そのものが陳腐化しつつあるのではないか。
今後は、ETFや投資信託の利用拡大を前提とした新たな市場設計やガバナンスのあり方が求められる。東証もまた、企業の形式的な分割に過度な期待を抱かせるのではなく、実質的な企業価値を問う視点への転換を後押しすべきタイミングにあるといえよう。
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