「人間型ロボット」「アバター」がAIと出会うと何が起こるのか? 大阪・関西万博「いのちの未来」プロデューサーが語る“アバターと未来社会”

3

2025年07月30日 17:11  ITmedia PC USER

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia PC USER

大阪大学大学院の石黒浩教授(基礎工学研究科)

 TFTビル(東京都江東区)で6月5日〜7日に開催された教育関連の見本市「NEW EDUCATION EXPO 2025」では、さまざまな講演やセミナーが行われた。


【その他の画像】


 その中でも注目を集めたのが、6月6日に行われた大阪大学大学院の石黒浩教授(基礎工学研究科)による特別講演「アバターと未来社会」だ。石黒教授といえば、自分そっくりのアンドロイド「ジェミノイド」の開発で知られる日本を代表するロボット工学者で、教育や演劇などとの関わりも深い。また、大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーの1人でもあり、シグネチャーパビリオン「いのちの未来」をプロデュースしている。


 今回、この特別講演の内容を2回に分けて紹介することにした。この記事では、石黒教授が人間型ロボットやアバターを研究/開発する目的、LLM(大規模言語モデル)が登場したことによるロボット/アバターへの影響と、これからのインターネットについて語った前半部分を紹介する。


 本講演は期日前に“満員”となったため、当日聴講できなかった人もいるかと思う。参考になれば幸いだ。


●「人間とは何か」を知るために人間型ロボットの開発をしている


 石黒教授は冒頭、「自分とロボットの関わり」について次のように語った。


 私は1990年代から(自動車の)自動運転の研究に携わり、大学の研究が実用化されるまで20〜30年を要することを実感した。2000年頃からは「人と関わるロボット」の研究を開始し、遠隔操作型や自律型のロボットを開発してきた。2006年には自身の姿を模したアンドロイドを製作した。近年では、こうしたロボットやCGキャラクター、自律型AIを総称して「アバター」と呼ぶようになり、私はそれらを融合した実用的な技術として発展させている。遠隔操作アバターは、物理的な移動を伴わずに世界中での活動を可能にし、自律型は抽象的な指示に従って行動できるなど、両者の境界は曖昧になってきている。 今後アバター技術の実用化は、人口減少による労働力不足を補う鍵となる。日本は島国であり、移民受け入れが難しいため、AIやロボットによる対応が不可欠だ。私はこのような未来を「人間アバター共生社会」と呼び、技術の進展が人間の在り方そのものを見つめ直す機会になると考えている。 人間の進化は単に遺伝子によるものだけでなく、テクノロジーによって急速に能力を拡張することでもある。AIやロボットは人間性を映す“鏡”として、人とは何かを問い直す存在になる。人間型ロボットとの関わりを通じて、人間の高度な認知機能の理解も進む可能性がある。


●LLMの登場でAIとの自然な対話が可能に


 続いて、石黒教授は、ロボット/アバターとLLM(大規模言語モデル)の関係について次のように語った。


 人と関わるロボット研究において最大の課題だった「会話機能」は、LLMの登場で大きく前進し、AIとの自然な対話が可能となった。これにより、「人間の知能とAIの違い」「AIが運動能力や感覚を持ったときに自律的に成長するか」といった新たな研究テーマが開かれた。 (一方で)AIに意図や欲求を持たせる方法も重要な課題であり、誤った設計は危険なAIを生む可能性もある。AIに意図や欲求があれば、人はそこに“意識”を感じることがある。意識の本質は未解明だが、多くの研究者がロボット開発を通してその理解を深めようとしている。意識ある存在としてのロボットは、人間との社会関係を築く可能性もある。 今後の重要な研究分野は、哲学や社会学などの文系領域だ。理系の技術で人間らしいロボットが作れるようになった今、人間の内面をどう理解するかという文系的問いが中心となる。AIやロボットは、もはや一部の専門家の専有物ではなく、すべての分野で研究や教育に活用できるツールとなってきている。 私の研究室では、私の知識/性格/言動を反映した「自分のアンドロイド」の開発が進められている。私が書いた書籍やインタビュー内容を学習させ、性格分析を通じて「本人らしい受け答え」が可能なロボットを目指している。将来的には、大学の先生はコストの問題から物理的なアンドロイドではなく、スマホ内のCGキャラクターのような形で、知の継承や教育に活用されるようになるだろう。


●AIによって個別最適化される教育


 次に、石黒教授は「アバターと教育の関係」を語った。


 これからの教育は、AIを活用した個別最適化が進み、全ての授業が個人指導型へと変わっていくと考えられる。現在の大学教育では、1人の教員が多数の学生に同じ内容を同じペースで教えているが、学生それぞれの理解度や関心は異なるため、本来は個別対応が望ましい。 その理想的な形として、教員が執筆した(論文などの)内容をLLMに学習させ、学生のスマホ上にCGアバターとして登場させることで、各自の理解度や興味に合わせて柔軟に教えることが可能となる。 この仕組みが実現されつつある分野が言語教育、特に英語教育だ。LLMを活用した英語教材は非常に優秀で、ネイティブ並みの発音で指導できる上に、発音や文法の誤りも即座に指摘/修正できる。 今後は、こうしたAIによる個別最適化学習が、言語教育にとどまらず他の分野にも広がり、教育全体のあり方を大きく変えていくと見込まれる。


 一通り語った後、石黒教授は自分を模して作られたアンドロイド「ジェミノイド HI-6」と学生との対話のデモ動画を披露した。動画内のやりとりはこんな感じだ。


石黒アンドロイド こんにちは、石黒浩です。今日はどんなことについて話しましょうか。


学生 石黒先生の研究について教えて下さい。


石黒アンドロイド 僕の研究は主にアンドロイドとロボットに関するものなんです。人間とは何かを探求するために、技術を使って人間に近い存在を作り出しているわけです。


 この動画の再生後、石黒教授は次のようにコメントした。


 これは1年ほど前のものだが、今はさらに(やりとりの)性能が向上している。私のアバターは、私よりも正確に話すことができる。同じ質問を何度もされると、私はつい面倒になって適当な返答をしてしまうことがあるが、アバターは常に丁寧かつ正確に対応できる点が大きな強みだ。 今後、このアバターを学生の評価に活用しようと考えている。近年では学生がLLMを使ってレポートを書くのが一般的になり、筆記試験やレポートでは本当に理解しているかを見極めにくくなってきた。もちろん、筆記試験も有用ではあるが、私が本当に評価したいのは学生の表現力や理解の深さだ。理想的には、1人1人と1時間程度のインタビューを行いたいが、それは現実的ではない。 そこで、私のCGアバターを使って学生の能力を面接形式で評価する仕組みを構想している。AIとの対話を通じて、言語能力や表現力、そして深い理解を確認することが可能になる。学生がどれだけLLMを使って調べたり、私のアバターと話したりしても構わない。しかし、最終的にどれだけ学んだか、どれだけ理解したかは、このAIアバターとの対話で見抜けるようにする。これは、不正や表面的な学習を排除し、本質的な学びを促すものだ。 実際、人の能力を本当に見極めるには、対話を通じて直接確認するしかないという感覚を皆さんもお持ちだと思う。それを、今後はAIが代替するようになる。こうした技術によって、教育の現場は大きく変化するだろう。 私はこの変化を前向きに捉えており、AIが教育に果たす役割はますます大きくなると考える。アバターとの対話を通じて、学生1人1人の学びの深さを見極められる時代が、すぐそこまで来ている。


●アバターは一度衰退 しかしコロナ禍によって必要性が再認識される


 続けて、石黒教授はアバターの歴史について説明した。


 アバターとは、人が直接操作せずとも、AIに意図だけを伝えて仕事を任せることができる存在だ。私は1999年にTV会議システムと移動台車を組み合わせた、ごく簡単なロボットアバターを提案した。(これは)現在でもよく見かけるタイプで、当時としては画期的だった。 その後改良を重ね、自分自身の姿を模したアバターの開発にも取り組むようになった。2010年頃に世界的なアバターブームが起こり、多くのスタートアップが立ち上がった。簡易なアバターを使ってテレワークを普及させようという動きだったが、結果的にブームは一過性で終わった。当時はリモートワークが一般的に受け入れられておらず、シリコンバレーですら失敗に終わった。アバター関連の企業は次第に活動を停止し、開発も止まってしまった。


 一度は衰退してしまったアバターの開発だが、コロナ禍がその状況を一変させたという。


 ところがコロナ禍によって状況は一変し、リモートワークが社会に定着して、アバターの必要性が再認識されるようになった。私はこのタイミングを見て、4年前に「AVITA」というスタートアップ企業を立ち上げた。さまざまなタイプのアバターを開発し、世界に広めたいという思いで活動している。 例えば私そっくりのアバターは、子ども達には少し怖く感じられるようで、特に自閉症の子どもたちには不向きだ。しかし、かわいらしいデザインのロボット型アバターなら、子どもたちも安心して話してくれる。用途に応じてアバターのデザインや性質を変えることで、より多くの人と自然に関われるようにしている。 一方で、メタバースはいまひとつ普及していないが、これはまだ技術的な制約によるものだ。コンピュータの性能が向上し通信環境が整えば、メタバースの利用も一気に広がるだろう。そこでもアバターは活躍の場を広げていくと確信している。 私はこれからもアバター技術の可能性を信じ、開発を続けていきたいと思っている。


●インターネットの世界は“非対称”に 炎上防止にもつながる


 さらに石黒教授は、これからのインターネット世界の変化について、次のように予測した。


 これからのインターネットの世界は「同じ情報を全員に共有する」時代から「個別最適化された非対称の世界」へと大きく変わっていくと、私は確信している。例えば私がXで発信した文章は、小学生から高齢者、技術者までさまざまな人が読むが、同じ内容では伝わり方に差が出る。情報は受け手に合わせて調整されるべきであり、同一の情報が公平という考え方はもう通用しない。 このことはメタバースも同様で、全員が同じ世界を見る必要はない。人間らしいアバターを見たい人にはそう見せ、かわいいアバターが好みならそれを表示すればいい。私のキャラクターが登場する場合でも、見る人が怖く感じるなら表情をマイルドに変えればよい。 これは仮想空間だけの話ではなく、現実世界でも同様の変化が起きる。その鍵となるのが「AR(オーギュメンテッド・リアリティ)技術」だ。HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を使えば、現実空間にCGキャラクターを登場させたり、相手の表情や容姿を自分好みに変えたりできる。例えば相手が笑っていなくて話しづらいときに、HMD越しに全員の顔を笑顔に見せることも可能だ。将来は化粧さえ、自分が相手を見る視点から調整されるものになるかもしれない。 こうした非対称な情報伝達は、炎上を防ぐ上でも重要だ。同じ文面を多くの人に送ると誤解や反発を招く可能性があるが、AIが相手ごとにメッセージを変換することで円滑なコミュニケーションを実現できる。 私はこうした未来社会の実現を目指し、内閣府のムーンショットプロジェクトに参加している。2050年を目標としたこの国家的研究開発プロジェクトでは、10のゴールが定められており(注:当初は7つで後から3つ追加された)、私は1番目のゴール「アバター共生社会の実現」を担うプロジェクトマネージャーの1人として活動している。アバターを活用して身体や時間、空間の制約から人を解放し、誰もが自由に学び、働き、生きることのできる社会を目指す。 私は、高齢者や障害者も含め、全ての人が拡張された認知/知覚能力を使って自在に社会参加できる未来を実現したいと考えている。


 ここまででも盛りだくさんだが、石黒教授の話はまだまだ続く。後編では、アバターによって変わる社会や生活のありようや、大阪・関西万博への取り組みについてまとめる。



ランキングIT・インターネット

前日のランキングへ

ニュース設定