
福岡ソフトバンクホークスCBO 城島健司インタビュー(後編)
今季から福岡ソフトバンクホークスのCBO(チーフ・ベースボール・オフィサー)に就任した城島健司氏。ソフトバンクの伝統である「王イズム」をどう受け継ぎ、進化させていくのか。その胸の内を語った。
【王イズムの継承は共通認識】
── 今年からホークスのCBOになり、「王イズムの継承」にますます力を入れています。
城島 野球界を見渡せば、監督が代わればコーチも代わって、選手の起用や育成も変わり、野球も別ものになる......それを繰り返していると思うのです。でも、王(貞治)さんは監督として、その後は会長として30年もホークスにずっと携わっています。それこそ、監督時代はグラウンドでチームを率いるだけではなく、チームの広告塔にもなり、選手獲得などのGMのような役割も尽力するなど、ひとりで何役もの仕事をされていました。頭が下がる思いです。
世界的に見ても30年以上もひとりの人物が球団の幹になってきたチームはないと思うのです。王さんがつくり上げてきたものを次の世代に継承しつつ、アップデートしていこうというのが僕の大きな役割だと思っています。
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── グラウンドでは小久保裕紀監督と頻繁にコミュニケーションをとっているように見えます。
城島 ホークスは王監督が退任された後、秋山(幸二)さん、工藤(公康)さん、藤本(博史)さんが監督を歴任されてきました。どの監督も王さんが進めてきたものを引き継いでいってくれたので、ホークスはまったく別の方向に行ったり、後戻りしたりすることなく30年間進んでいるわけです。
そして、小久保さんはホークスが強くなっていった時期を僕もともに戦っています。だから「王イズムの継承」は共通認識なのです。小久保さんもよく言われているように、昔のことがすべていいと言っているのではなく、古臭いものと古きよきものを選別しています。そこが大切なのです。
── 王イズムの"ここ"を大事にしてほしいと考える部分はどこですか。
城島 これは今の選手たちも大事にしてくれていると感じますが、僕は現役時代の頃から王さんには「プロ野球選手はユニフォームを着ている間は、ファンサービスをすることやメディアに自分を売り込むことは、バッティング練習やトレーニングと同じくらい意識を持たないといけないんだ」と言われていました。
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たとえば宮崎のキャンプ地でも「握手やサインを積極的にしなさい」と、僕らは言われていましたし、誰よりも王さんが一番ペンを走らせていました。僕も主力になってからは「練習に行く前にサインをしていきなさい。練習はいいから」と移動中に呼び止められて、20分くらいサインをしたりしていました。そうするとファンの方たちはものすごく喜んでくれる。僕らはそういうことが当たり前でした。
── オフもファンサービスを欠かさずやってこられました。
城島 野球教室もそうですよね。ホークスでは毎オフ、九州各地に選手たちがいっせいに出向いて野球教室を行なっているのですが、僕が現役時代に始まったことでそれが今も続いている。すごくいいことだと思います。
ただ、そういった考えや取り組みは、今は根付いていても油断すると途絶えてしまいます。今は、小久保さんや僕が球団にいるので「これは王さんの時代から続いているすばらしい取り組みなんだよ」と伝えることはできます。だけど、王さんも僕らも永遠にホークスにいられるわけではありません。
【チームが休みの日は会議】
── それを未来につなげることが大切なのですね。
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城島 そうです。ホークスは古きよきものを継承していきながら、一方では多くの新しい取り組みにチャレンジしている球団です。12球団で唯一、4軍制を敷いていて総勢120名近い選手を抱えています。そのすべてを、小久保監督をはじめ現場のコーチに把握してもらうにはあまりに仕事が多すぎるので、コーディネーター制を導入しています。ほかにも、今年から打撃部門にスキルコーチを入れたりもしました。
ホークスが未来に向かってどのように進もうとしているのか。それはユニフォームを着ている現場だけなく、球団のフロントマンたちも知っておかなければならないのです。2025年の小久保監督が率いたホークスがどんなことに取り組んだのか、どんな野球をして、どんな結果だったのか。そのなかで、挑戦には失敗もつきものです。さまざまなトライ&エラーを次の世代、また次の世代へとつないでいかなければ、せっかく進めたことが無駄になってしまいます。
── ただ、プロ野球は入れ替わりの激しい世界です。
城島 10年もすれば、監督、コーチ、選手はほぼ入れ替わってしまいます。野球の現場のことをユニフォーム組だけでとどめてしまうから、人が入れ替わった時に別のものになってしまうのです。だから、現場のことを球団フロント職の人間も知っておく必要があります。それをさらに、未来のフロントマンにつないでいくために、王さんとともにホークスが歩んできた道や、今の現場が取り組んでいることへの結果や課題などをフロントマンたちに伝えるのが、CBOとしての僕の仕事のひとつだと思います。
── CBOとなって、城島さん自身の昨年までとの日々の変化は?
城島 以前に比べて試合は見なくなりました。ただ、小久保さんとは本当にしょっちゅう話をしています。今はこんな野球や取り組みをしているという話から、未来のホークスについての話まで。ホークスの孫正義オーナーは、球団を持った当初から「めざせ世界一!」を掲げています。当然そのなかには、巨人のV9を超える10連覇を達成しなさいという意味もこめられています。つまり、勝利と育成の両方を追求しなければならないのです。
これって真逆ですごく難しいこと。だけど、その意思に応えるのが我々の仕事であり、すごく重く受け止めています。だからこそ、10年後にホークスのユニフォームを着ている選手や首脳陣、球団フロントマンにつないでいかなければならないことがあるのです。正直、やることは多いです。とにかく会議ばかり。ただ、これまで勉強してこなかったのがよかった。その分、脳の容量がまだ残っているんですよ(笑)。
── 大好きな釣りのことを考える隙間もないのでは?
城島 全然行けてないですね。チームが休みでも、そういう日こそ会議とかで動かなきゃいけないし。でも、釣りはやめませんよ。釣りを取り上げられたら、野球が嫌いになるわ(笑)。
城島健司(じょうじま・けんじ)/1976年6月8日生まれ、長崎県出身。別府大付高(現・明豊)から94年ドラフト1位でダイエー(現・ソフトバンク)に入団。入団3年目の97年から正捕手となり、99年は全試合出場を果たし、球団初のリーグ優勝、日本一に貢献。その後も"強打の捕手"としてホークス黄金期を支えた。2006年にFA権を行使し、シアトル・マリナーズに移籍。捕手としてレギュラーを獲得し、18本塁打を放った。その後、09年までプレーし、10年に阪神で日本球界復帰。12年に現役を引退し、趣味である釣り番組に出演するなどタレントとして活動していたが、20年からソフトバンクの会長付特別アドバイザーとして球界に復帰。25年からホークスのCBO(チーフ・ベースボール・オフィサー)に就任した