お人よしのおまわりさん&もちもちボディ猫の不思議な物語ーー人気シリーズ「おまわりさんと招き猫」最新5巻のキーは“夢”?

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2025年08月08日 13:00  リアルサウンド

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『おまわりさんと招き猫 夢みる旅の通り道 』(植原翠/ことのは文庫))

 「おまわりさんと招き猫」(著:植原翠・イラスト:ショウイチ/ことのは文庫)は、人とひとならざるモノ(そういうもの)たちの、ふしぎで優しい出来事が綴られるシリーズ。海辺に位置するかつぶし町のかつぶし交番に勤務する、お人よしのおまわりさん・小槇悠介と、交番に昔から住みついているもちもちボディのふしぎ猫・おもちさんが物語の中心である。


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 第1巻の『あやかしの町のふしぎな日常』にはじまり、新たに発売となった『夢みる旅の通り道』で第5巻を数える。時に妖怪とも呼ばれる、いわゆる“あやかし”がそこここに顔を出す、全体をふわりと包む温かな空気と、それだけではない、晴と雨、陽と影、別れと再生のような、両面をふっと感じさせる世界観も魅力的なシリーズだ。今回は、“夢を食べる”とされる白黒のマレーバクが登場。夢と現(うつつ)がないまぜになり、さらに輪をかけた“あやかし”物語が展開していく。


◆不思議をそのままに受け入れる距離感が心地よい


 猫の「おもちさん」の呼び名は、短いしっぽにうすい茶の模様、ころころと太ったボディが、焼いたおもちに見えることから来ている。おもちさんはおやつが大好き。そんなおもちさんのおやつ管理も、かつぶし交番のおまわりさんの大事な業務だ。


「こんにちは。おまわりさん、おもちさん」
「こんにちは」
「ですにゃ」


 こちらは彼らと、町を散歩していたおばあさんとの“何気ない”会話からの拝借。


 おもちさんは、人の言葉をしゃべる猫なのだ。5巻ともなると「僕」こと小槇くんとも、十分にバディともいっていい間柄だが、そもそもおもちさんは、小槇くんが赴任するずっと前からかつぶし町で暮らしており、彼とのみ会話するわけではない。町の人々みなから愛されてきた「言葉をしゃべる猫」。それ以上でもそれ以下でもない。


 なぜ喋るのか、いったい何者なのか、誰も知らないし、詮索もしない。周囲に流れているのは、「撫でると願いが叶う」「おやつをあげるといいことがある」といった柔らかな言い伝えだけ。この距離感がなんとも心地よい。そんな町である。これまで河童が出たり、神隠しが起きたりしてきたが、町の人々だけでなく、同じく交番に勤務するベテランの笹倉さんや、小槇くんより少し年上でしっかり者の柴崎さんも、不思議な出来事が起きても、そのままに受け止める。


 そこに赴任した小槇くんは、持ち前の正義感の強さから、奮闘して空回りし「自分は警察に向いていない」と悩むことも多いが、にじみ出る人並み以上の優しさに、人も人ならざるモノも自然と引き付け、相手の胸襟を開いている。ある意味、小槇の赴任によって優しさの強度を増したかつぶし町で、多くの不思議なエピソードが短編として綴られてきた。だが今作では、短編で進む構成は変わらぬものの、白黒のバクとなぞの旅人が1冊を通じて登場し、ミステリーのような雰囲気を漂わせる。


◆読者に託す広がりを持つシンプルで深い言葉の数々


「春ですにゃ」
「春ですね」


 その日は気まぐれなおもちさんも一緒に、平和な町をパトロールしていた。異常ナシと確認を終えたと思ったところで、小槇くんは海辺に鎮座する中型犬程度の白黒の「マレーバク」を目撃する。微動だにしないその姿に、子ども用の遊具が置かれたのかなと思った次の瞬間、バクは姿を消した。その日から、似た通報や目撃証言が次々とかつぶし交番に入るようになる。


 同じころ、トレンチコート姿でタバコの煙とにおいをまとった「夜見る夢を蒐集している」という作家の暁(あかつき)が町にやってきて、民宿に長期滞在を始めた。作家というだけで、何の作家なのか分からない暁氏に、小槇くんが「何を作っているんですか」と質問すると、暁氏は「見た夢をひとつ教えてくれたら、質問にひとつ答えよう」と提案。そのルールをうまく利用され、小槇くんは暁氏が何者なのか、なかなかたどり着けない。そうこうするうち、季節は春から夏へ。同時に、町の景色が何やらおかしな変化を遂げていく。住民同士が同じ夢を見たり、夢に登場したものが現実に現れたり。どうやら夢とうつつの境界があいまいになっているようで……。


 全体は10編プラス番外編で構成。「夢」とうつつの幹から伸びる枝葉のエピソードもそれぞれに心に残る。少しだけピックアップしたい。


 小槇くんが「泰然自若な大人」だと思っていた笹倉さんが、初めて弱点を見せるエピソードの「雨のプリンセス」。実は笹倉さん、カエルだけは大の苦手なのだとか。ある雨の勤務日、かつぶし交番に「カエルは大好きだけれど、人とはうまく話せない」と話す黄色い雨カッパを着た男性が現れる。“カエル”と聞いて、いっとき我を見失う笹倉さんだったが、「自分は人とズレている」と肩を落とす男性に、ある言葉を投げかける。いわゆる常識的な大人やおまわりさんの言葉ではなく、笹倉さんがこの男性、つまりはそのときそのとき目の前にいる相手と、ちゃんと向き合える人だからこそ、生まれる言葉になっていて「さすが笹倉さん」と唸らされる。また、おもちさんが「小槇くん。朗報ですにゃ」と語って聞かせる、このエピソードのオチもまた、なんともいい塩梅の仕上がりだ。


 二年前に漁師の夫・ノブさんを亡くした妻の純子さんが、二人三脚で営んできた磯料理店をたたむことを決意する「うちかび」も、しっとりと沁み入る小品。“うちかび”とは、打紙とも書き、沖縄県で、墓参りや年忌などの先祖供養、旧盆の最終日などに使用される冥銭の一種のこと。ノブさんのかつての漁師仲間から、純子さんを気にかけて欲しいと頼まれた小槇くんとおもちさん。あるとき純子さんが「薄情な妻でごめんなさい」「たった二年でもう平気、なんて」と口にする。そんな彼女におもちさんは「お別れの受け入れ方は、人それぞれ」「『いつもいる場所にもういない』ことに、毎日少しずつ慣れていく。それも、受け入れ方のひとつですにゃ」と伝える。


 「距離感が心地よい」かつぶし町は、つかず離れずの距離を保っているだけではなく、人と人、人と「そういうもの」、それらの間を、向き合うからこそ生まれる気持ちが、ちゃんと行き交っている。さらに、笹倉さんの言葉にしろ、おもちさんの言葉にしろ、発せられる言葉がシンプルだからこそ、その広がりや深さが、個々の読者に委ねられる。


◆そういうものを受け入れつつ、境界線を保つことも大切


 一方、夢に浸食されつつあった町はどうなったのか。夢うつつとは、その語感だけでも、浮遊感のある、その間をずっと彷徨っていたくなるような言葉だが、夢に浸食されすぎるのは危険だ。かつぶし町の人々は「あやかし」を「あやかし」として、「そういうもの」を「そういうもの」として受け入れているが、境界線がなし崩しなわけではない。


 「そういうもの」が「そういうもの」として存在する町だからこそ、おもちさんや、小槇くんのようなおまわりさんが大切なのかもしれない。そんなことも、より感じた白黒のバクとなぞの旅人来訪の第5巻。私たち自身、不思議な体験を日ごろより意識したくなる盆を挟む夏に、本作を読めるのはさらに楽しい。住民が夢を共有する物語ということもあり、普段以上に、かつぶし町全体をイメージすることもできる。また、キャラクターとしてもおもちさんに負けず劣らず愛らしいバクが何者なのか、そこにも実はある人が知らずと関係していたのだが、それはぜひ本を開き、かつぶし町を訪ねて確認してほしい。


(文=望月ふみ)



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