画像提供:マイナビニュース長い年月受け継がれてきた古民家には、歴史の趣や落ち着きを感じさせる独特の魅力があります。しかし地震など災害の多い日本で、その姿を残し続けることは容易ではありません。今回、築250年を数える「旧用賀名主邸」を舞台に、日本の伝統的な意匠を残しながら、安全性を高めて未来へつなぐ取り組みが、報道関係者に公開されました。普段は非公開の建物内部や、代々受け継いできたオーナーの思いに触れることができた、貴重な機会をレポートします。
○■ここは2025年……? 世田谷に現存する美しき江戸の名主邸
東急田園都市線の用賀駅から徒歩圏内に位置する、築250年の古民家「旧用賀名主邸」は、世田谷の閑静な住宅地に佇む邸宅です。その門扉をくぐると、玄関へつづく石畳の道が。美しく整えられた植栽の先には、大きくて立派な松の木や石灯籠などが配された中庭と、和の伝統建築が美しい主屋が見えてきます。
両引き戸の玄関を開けて室内に上がると、「広間」や、床の間と付け書院がある10畳の「奥の間」など、広々とした和室が3部屋も続いています。重厚感のある立派な柱や梁は、年月を重ねたからこそのツヤと趣があり、欄間に施された美しい細工も目を引きました。
天井を見上げると、250年もの間、この家と家族を見守り続けてきた神棚がありました。木材の風合いがここで積み重ねられてきた時間の流れを感じさせ、日本の伝統建築ならではの土壁の和の色ともなじんだ、静謐で心地よい空間です。
開け放たれた襖と障子の先には、杉の無垢材が使われた縁側が。敷地の南側に位置しており、現在ではとても貴重な、味わいある大きな一枚ガラスの窓の先に、中庭の美しい木々が見えています。室内全体に、ここが東京・世田谷だということを忘れてしまうくらい、穏やかな時間が流れていました。
○■貴重な伝統建築や意匠はそのままに、屋根の軽量化や壁面に耐震改修工事を実施
内覧会では、この改修工事を手掛けた三井不動産と三井ホームの担当者が登壇し、プロジェクトの経緯や工事の詳細を説明しました。
「旧用賀名主邸」の保存と継承について、オーナーから三井不動産へ相談があったのは約25年前。木造・平屋建て、築250年という歴史を持つこの建物は、日本の伝統工法を用いた価値の高い古民家でした。そのため、同社が掲げる“経年優化”(=時を経るごとに味わいと魅力を増す街づくり)の考え方のもと、今回の耐震改修プロジェクトが進められることになったのです。
そこで採用されたのが、伝統工法の良さを生かしながら耐震性を高められる「Hiダイナミック制震工法」。室内5カ所の壁に制震オイルダンパーを組み込み、目には見えない形で安全性を強化しました。
同時に、雨漏りや床の軋みなども点検し、床は縁側と同じ杉の無垢材に張り替え。さらに屋根は約24トンもの瓦を撤去し、軽量かつ耐久性のある素材に葺き替えることで、重量をわずか1.5トンまで削減。軒先の反りなど伝統的な意匠はそのままに、大幅な軽量化を実現。施工後の耐震診断では、「震度6強でも倒壊しない」レベルまで性能が向上しました。解体は最小限にとどめ、床や天井、縁側といった伝統的な意匠はそのまま残しつつ、安全性を確保。しかも新築に比べ、費用はおよそ5分の1で実現できたそうです。
内覧会に同席した現在のオーナーは、この家で生まれ育ち、大学生の頃まで暮らしていたそうです。「中の間」の柱には、幼い頃に身長を測ってつけた印が今も残っており、「懐かしい思い出がよみがえりました」と目を細めていました。
今回、大規模な耐震改修工事を決断したのは、そうした思い出を未来へつなぐと同時に、後の世代がこの空間ならではの魅力を最大限に活かせるようにとの考えから。「安全性を担保しながら後世へ遺していくために、やって良かったです」と、完成した建物を前に笑顔で語っていました。
築250年の歴史的建造物が、解体ではなく最新技術を用いた耐震改修によって、安全に暮らせる建物として再生される――。今回の「旧用賀名主邸」の取り組みは、今後各地で進められる古民家再生のモデルケースとなる可能性を秘めています。
伝統的な意匠を残しながら現代の耐震基準を満たす施工手法は、文化的価値と居住空間としての安全性を両立させる具体的な解のひとつ。少子高齢化や空き家問題が顕在化する中、歴史ある建物を活かしつつ次世代へ継承する新しい活用の道筋を示す事例として、注目を集めそうです。
Naomi アートライター・聞き手・文筆家/取材して伝える人。服作りを学び、スターバックス、採用PR、広報、Webメディアのディレクターを経てフリーランスに。「アート・デザイン・クラフト」「ミュージアム・ギャラリー」「本」「職業」「生活文化」を主なテーマに企画・取材・執筆・編集し、noteやPodcastで発信するほか、ZINEの制作・発行、企業やアートギャラリーなどのオウンドメディアの運用サポート、個人/法人向けの文章講座やアート講座の講師・ファシリテーターとしても活動。学芸員資格も持つ。
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