限定公開( 3 )
スウェーデンのウプサラ大学などに所属する研究者らが発表した論文「Mosaic loss of chromosome Y and coronary atherosclerosis in men: insights into sex differences in cardiovascular risk from the SCAPIS study」は、男性特有の遺伝的変化が心血管疾患リスクと関連することが明らかになった研究報告だ。
研究チームは、スウェーデンで50〜64歳の約3万人を対象に実施した健康調査のデータを分析した。参加者のうち、男性1万2390人について、血液検査でY染色体がどの程度失われているかを調べ、同時にCT検査で心臓の血管の状態を詳しく観察した。
Y染色体は男性だけが持つ染色体で、通常は全ての細胞に存在する。しかし加齢とともに、血液細胞の一部からY染色体が消失する現象が起きる。これをY染色体のモザイク喪失(mLOY、mosaic loss of chromosome Y)と呼ぶ。研究では、血液細胞の10%以上でY染色体が失われている208人の男性を「高mLOY」として分類した。
調査の結果、高度なmLOYを持つ男性は、Y染色体が正常な男性と比べて、心臓の血管に動脈硬化(冠動脈アテローム性動脈硬化症)がある確率が1.48倍高かった。さらに、50%を超える冠動脈狭窄(狭心症)の発生率も1.56倍高く、血管の詰まり具合も重症で、石灰化と呼ばれる血管の硬化も1.56倍上昇した。
|
|
つまり、Y染色体を失った血液細胞が多い男性ほど、心臓病のリスクが高いことが明らかになった。
なぜY染色体の喪失が動脈硬化を引き起こすのか。研究チームによると、Y染色体を失った免疫細胞が血管壁に入り込み、そこで異常な働きをすることが原因と考えられる。特にマクロファージと呼ばれる免疫細胞が、正常とは異なる遺伝子を活性化させ、血管の線維化(硬くなること)を促進するという。
そもそも心臓病は女性より男性に多く、発症年齢も男性の方が約12年早いことが知られている。今回の研究でも、男性全体で女性の約3倍も動脈硬化が多いことを確認できた。生活習慣や従来知られているリスク要因だけではこの大きな性差を説明できないため、Y染色体喪失という男性特有の現象が重要な役割を果たしている可能性がある。
Y染色体の喪失は年齢とともに増加し、喫煙者でより多く見られることも分かっている。しかし、全ての男性が加齢とともにY染色体を失うわけではなく、個人差が大きいことも特徴だ。
Source and Image Credits: Josefin Bjurling, Andrei Malinovschi, Tomas Jernberg, Carl Johan Ostgren, Gunnar Engstrom, Anders Blomberg, Anders Gummesson, Laxmipriya Ramesh, Ammar Zaghlool, Tove Fall, Marcel den Hoed, Jonatan Halvardson, Lars A. Forsberg. Mosaic loss of chromosome Y and coronary atherosclerosis in men: insights into sex differences in cardiovascular risk from the SCAPIS study. medRxiv 2025.07.10.25331326; doi: https://doi.org/10.1101/2025.07.10.25331326
|
|
※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。