『文豪ストレイドッグス』最新巻は大きな節目にーー善良なる「個人」が暴力的な「群衆」となるとき

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2025年09月23日 13:00  リアルサウンド

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『文豪ストレイドッグス』(原作:朝霧カフカ・漫画:春河35/KADOKAWA)

※本稿では、『文豪ストレイドッグス』第27巻の内容に触れています。同書を未読の方はご注意ください。(筆者)


 原作=朝霧カフカ、漫画=春河35による人気コミック、『文豪ストレイドッグス』(KADOKAWA)の第27巻が先ごろ発売された。


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 「文スト」といえば、これまでにも、武装探偵社×ポート・マフィア×組合(ギルド)の三つ巴の戦いが収束した第9巻など、いくつかの山場の巻はあったが、この第27巻もまた、1つの大きな節目の巻だといっていいだろう。


 主人公・中島敦と、そのライバル・芥川龍之介が、自らの心と向き合い、さらなる強さを身につけていく様子も見逃せないが、圧巻は、“極北の魔人”ドストエフスキーが、武装探偵社社長・福沢諭吉に向かって、「善」と「徳」について熱弁をふるう場面ではないだろうか。


 この世界から「戦争」と「国家」をなくすために、「人類連邦」の樹立を福沢に託して逝った福地桜痴の夢を、ドストエフスキーは最初から達成不可能なものだったといい、さらにこう続ける。「“善”と“徳”は素晴らしい。但し、それが個人の掌上に収まっているうちは」


 これは、福地らが「個人」の考えで、善(よ)かれと思って動き始めた段階のことをいっているのだろう。しかし、「『世界平和』、『人類統一』、そんな巨大な“善”に、人間は耐えられない」とドストエフスキーは断言する。


 つまり、個人の善意から始まった動きが、やがて巨大な「独裁(政権)」となり、それに耐えられなくなった「民衆」が「分裂と独立運動」を起こし、再び人類は、“われら”と“かれら”に分かれるだろうというのだ。


 たぶん、ドストエフスキーのこの言い分は正しい。


 たとえば、ギュスターヴ・ル・ボンは、『群衆心理』の中で、こんなことを書いている。


 ある一定の状況において、(中略)人間の集団は、それを構成する各個人の性質とは非常に異なる新たな性質を具える。すなわち、意識的な個性が消えうせて、あらゆる個人の感情や観念が、同一の方向に向けられるのである。一つの集団精神が生まれるのであって、これは、恐らく一時的なものではあろうが、非常にはっきりした性質を示すのである。
(中略)
 心理的群衆の特性を具えるには、ある刺戟の影響が必要であるから、その刺戟の性質を決定してかからねばならないであろう。
〜ギュスターヴ・ル・ボン/櫻井成夫訳『群衆心理』(講談社学術文庫)より〜
 つまり、「文スト」でいえば、パンデミックにも似た「吸血種の恐怖」という「刺戟」が世界中に拡散されたことで、「心理的群衆」と化した人々の怒りの矛先は異能者たちに向かっているのだ。


 だが、そこから先のドストエフスキーの展望は、かなり飛躍したものだといえるだろう。彼は福地の「後継者」として、自らも「千年の平和」を築こうとしているのだが、それを実現するためには、異能者と人類(注・ここでは、異能者以外の人間たちを指す)による「世界大戦」を起こすしかないというのだ。しかも、彼が望んでいるのは、「異能者達の屍」の山であり、その真意はわからない――というよりも、彼のことだから、どこまで真意をいっているのかもわからない。


■ドストエフスキーの野望に抗えるもの


 とはいえ、だ。先ほど私は、ドストエフスキーの言い分は「(たぶん)正しい」と書いたが、果たして本当にそうだろうか。


 たとえば、仮に「人類連邦」のような「超国家」が実現したとして、その指導的立場にある者たちが、「独裁」に走らず、すべての人間の多様性を認めることができる存在だったらどうだろう。


 もしかしたら、その世界では、分裂や反乱は永遠に起きないかもしれない。そして、そんな理想的な世界の雛形が、福沢諭吉を支柱として、多種多様な異能者たちが、各々の正義を貫きながら同じ方向を向いている、武装探偵社なのではあるまいか(何しろ福沢諭吉の能力名は、「人上人不造〈ヒトノウエニヒトヲツクラズ〉」である)。


 だから中島敦は、あるいは、彼の仲間の探偵たちは、その大切な“居場所”を守るために、命を賭して日々戦っている、といえなくもないのだ。


 いずれにせよ、『文豪ストレイドッグス』は、次巻より新たなフェーズに入っていくだろう。数々の死闘を経て共に成長した「虎」と「龍」――敦と芥川が「不可能をぶち破」っていく姿に注目したい。


(文=島田一志)



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