限定公開( 22 )
日本各地で猛暑日が過去最多を更新し、あらゆる業界に影響が及んでいます。中でも、屋外での長時間滞在が前提となるテーマパーク業界は深刻な打撃を受けており、“日本最強のテーマパーク”である東京ディズニーリゾート(以下、ディズニー)も例外ではありません。
ディズニーを運営するオリエンタルランドの2025年3月期決算説明資料にも「猛暑による入場者数減」との記載があり、2023〜24年度の入場者数は、ほぼ横ばいで推移しています(2750万→2755万人)。
また、株価も2023年6月以降は伸び悩み、「ディズニー離れ」と報じられることも。USJなど競合テーマパークの躍進もあり、「ディズニーは以前ほどの勢いがなくなった」と感じる人も少なくないでしょう。
しかし、ディズニーを運営するオリエンタルランドの2025年3月期決算を見ると、消費額の向上やホテル事業が好調で、ゲスト1人当たりの売上高は過去最高を記録しています。つまり、数字上は「逆風どころか絶好調」ともいえる状況なのです。
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では、なぜ「ディズニーは不調だ」と感じる人が多いのでしょうか。そして今後、オリエンタルランドはどのような方向に進んでいくのでしょうか。今回は「不調だ」と感じる世間と、実は「好調な」業績とのギャップをひも解きながら、今後の展望を探っていきます。
●戦略的な入場者制限が生んだジレンマ
ディズニーの入園者数を見ると、明らかにコロナ前の水準には戻っていないことが分かります。
2001年に東京ディズニーシーが開園してから大きく伸び、2012年頃までは年間およそ2500万人で推移していました。その後、アベノミクスやインバウンド政策の後押しにより、訪日観光客が急増。これに伴い、2013〜2018年度は年間3000万人を超えていました。
しかし、新型コロナの影響で入園者数は一気に落ち込み、収束後のここ数年は年間2700万人前後と、コロナ前よりも1割ほど少ない水準にとどまっています。
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この数字だけを見ると、「ディズニーは昔ほどの人気はない」と思われそうですが、実情は異なります。
オリエンタルランドは、2024中期経営計画において「ゲストの体験価値向上」を掲げており、その一環として1日当たりの入園者数の上限を戦略的に引き下げています。つまり、入園者数が“戻っていない”のではなく、あえて“戻していない”のです。
入園者数上限の引き下げに踏み切った背景には、コロナ禍で多くの入園者が“理想的な空き具合”を体験したことがあります。
私自身も、コロナ禍に2回ほどディズニーを訪れましたが、アトラクションがほぼ乗り放題のような状態で、非常に快適に過ごせました。
このような、空いていて快適な状態に慣れた入園者が、コロナ収束とともに客足が戻ってきた後に「混んでいて楽しめない」と感じ、満足度の低下につながっていると考えられます。
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実際、日本生産性本部による顧客満足度調査において、ミュージカルの劇団四季やUSJと比較すると、満足度スコアは2倍近く落ちており、満足度の低下が数値としても表れています。
満足度の向上を目指して入園者数の抑制を図っているものの、「入園者が戻っていない=人気が落ちた」と見られるジレンマが生じているのがディズニーの現状なのです。
●チケットの値上げで、客層も変化
ディズニーの勢いのなさを感じさせるもう1つの要因として、チケット価格の上昇とそれに伴う不満が挙げられます。
2023年以降は最大で1万円を超える金額となり、年々値上がりしています。入園者数の上限を引き下げたこともあり、1人当たりの売り上げを確保する必要が生じ、結果的にチケット価格の引き上げは避けられませんでした。
しかし、この値上げにより、気軽に訪れるのが難しくなりました。
実際、来園者の年齢構成も変化しています。18歳から39歳の来園者比率は以前の50%から40%へと減少する一方で、40歳以上の比率は20%から30%以上へと増加。こうした数字からも、チケット価格の高騰により、特に若年層にとっては、気軽に楽しめる場所ではないということがうかがえます。
このように、値上げしたことで行きづらくなり、不満の声も相まって、「最近のディズニーは勢いがない」「昔ほど良くない」と言われるようになっていると考えられます。
さらに、長引く円安も、ディズニーが苦戦しているという印象を強めています。
観光庁の調査で、為替の影響で海外旅行の費用が高騰し、国内旅行を選ぶ人が増えていることが分かっています。こうした話を聞くと、ディズニーにとっても追い風のように感じられますが、実際はそうでもないのです。
これには、ディズニーの来園者の多くが、首都圏在住者だったことが大きく影響しています。海外ではなく国内旅行を選ぶ日本人が増えてはいるものの、首都圏の人々にとってディズニーは旅行ではなく、あくまでも日帰りレジャー。
そのため、円安で国内旅行需要が高まっていても、首都圏の人々にとっての旅行先は京都や大阪といった遠方になりやすいのです。
結果、日帰り圏内にあるディズニーは旅行先としては選ばれにくく、行く人が少なくなり、「ディズニーは不調」という印象を与えてしまっていると考えられます。
●“SNS映え”でもUSJに劣るディズニー?
近年、関西圏の観光需要が急速に高まっていることも、ディズニーの不人気な印象に大きな影響を与えています。
日本政府観光局(JNTO)のデータでも、関西国際空港の利用者数は2023年以降、特にアジア圏からのインバウンドを中心に急増しています。
これまで東京を訪れる外国人観光客が「ついでにディズニーへ」と足を運んでいた流れが変わりつつあり、インバウンドの一部も首都圏から関西圏にシフトしている状況が見て取れます。
この関西シフトは数字にも表れています。各種報道によると、ホテルの稼働率は高水準を維持しており、宿泊料金も4割ほど上昇。相鉄ホールディングスの2025年4〜6月期の連結決算では、ホテル業の営業収益は21%増の185億円、営業利益は59%増の45億円。大阪・関西万博の影響で、京阪神地区のビジネスホテルの需要が想定を上回ったとされています。
こうした関西圏への観光が盛り上がりをみせる中で、「ついでにUSJにも行こう」という需要も生まれています。これはかつてディズニーが享受していた「東京観光とセットで訪れる」という構図と非常に似ていますが、それが今、USJに奪われつつあるのです。
加えて、SNS映えを重視する若年層の嗜好(しこう)も、USJが有利な理由です。SNSの投稿数を比較すると、USJよりもディズニーのほうが多いものの、USJの強みはその“バラエティーの豊かさ”にあります。
ハリウッド映画やハリーポッター、任天堂のゲームや日本の人気アニメまで、USJにはジャンルを問わず多彩なコンテンツが集まっています。こうしたバラエティー豊かな世界観は、若い世代に「自分の好きなコンテンツを選んで楽しめる場」として支持されており、特に写真を撮って楽しむという観点で高い評価を得ています。
もちろん、ディズニーの「統一された世界観」は、作品やキャラクターに強い思い入れを持つファンにとって大きな魅力であり続けています。ただ、「せっかく行くなら、いろいろな映えスポットを一度に楽しみたい」と考える層にとっては、USJのような空間のほうが魅力的に感じられるのも事実です。
こうした傾向が、若い世代にとっての選択肢としてUSJの存在感を高め、ディズニーの勢いが鈍って見える一因になっていると考えられます。
●それでも、ディズニーが最強な理由
ここまで見てきたように、ディズニーに以前のような元気がないように映る背景には、猛暑などの影響による入園者数の減少やチケット価格の高騰への不満、関西圏の台頭など、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。
しかしそれでもなお、オリエンタルランドは「最強のテーマパーク運営企業」であり続けるだろうと、私は考えています。
前述のように、業績面ではまったく陰りが見られないのが理由の1つです。新エリアのファンタジースプリングスやホテルの稼働は好調であり、スペースマウンテンをはじめとする既存エリアの刷新も着々と進められています。こうした積極的な施設投資が、今後の成長を支えていくと考えています。
そして、“最強”の称号を確固たるものにするのは、オリエンタルランドが「2035長期経営計画」で発表した「クルーズ船事業」への参入です。
オリエンタルランドはクルーズ船事業の意義として、パーク拡大のための土地制約の克服、人材不足や舞浜一極集中リスクの回避、さらに「天候に左右されにくい」事業モデルの実現を挙げています。
猛暑などの厳しい気候がテーマパークに大きな影響を与える中で、天候の制約を受けにくいクルーズ船という新たなビジネスモデルは、まさにスケールの異なる次元の事業といえるでしょう。
また、オリエンタルランドは、クルーズ船を運営するに足るコンテンツを持ち合わせているだけでなく、乗船した多くのディズニーファンは、確実に船内で消費します。これにより、効率的かつ高収益なビジネス展開が可能になるのです。
USJや今年7月に開業したジャングリア沖縄などのテーマパークも注目されていますが、これらの運営会社には到底まねできない、資金力とブランド力を背景にした大胆な戦略といえます。
入園者数を戦略的に制限しつつも、過去最高の顧客単価(2025年3月期:1万7470円)を維持し、さらに新規事業へと果敢に挑む。その姿勢は、日本のテーマパーク業界における理想形であり、目指すべき姿といえます。
短期的には猛暑や競合の台頭が目立ち、逆風のように感じられたとしても、長期的な視点で見れば、オリエンタルランドの「最強」の座は、今後もしばらく揺るがないといえるでしょう。
(カタリスト投資顧問株式会社 取締役共同社長/ポートフォリオ・マネージャー、草刈 貴弘)
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