9月25日、Appleの「横浜テクノロジーセンター(YTC)」(横浜市港北区)に集結した日本企業4社のトップの顔ぶれは、そのまま日本の製造業の“底力”を象徴していた。
TDKの齋藤昇社長、AGCの平井良典社長、京セラの谷本秀夫社長、そしてソニーグループの十時裕樹社長――彼らが供給する部品なくして、「iPhone 17」シリーズのカメラは成立しない。
Appleのティム・クックCEOは「日本のサプライヤーが持つ技術なくして、我々が提供するカメラシステムは実現できない」と明言する。その言葉は、日本の技術力への全面的な信頼の表明でもある。
●代替の効かない“Apple専用品”を供給
|
|
このことは、日本企業4社が単なる「下請け」として成功したという物語ではない。日本企業がAppleという世界最高レベルのパートナーと切磋琢磨することで、自らの技術を極限まで高め、その過程で生まれた技術が他の産業分野にも波及していく、イノベーションの好循環の物語だ。
TDK、AGC、京セラ、ソニーグループが供給する部品は、いずれも他社では代替不可能な“独占供給品”だ。しかし、その背景にあるのは単なる技術的優位性だけではない。各社が長年にわたって蓄積してきた製造ノウハウと、Appleという世界最高レベルのパートナーとの切磋琢磨によって磨き上げられた「共創型ものづくり」の成果だ。
●TDK:磁気センシングの新領域を切り開く
TDK(旧東京電気化学工業)の歴史は、1935年に東京工業大学(現東京科学大学)の加藤与五郎博士と武井武博士が発明したフェライトの工業化から始まった。このフェライト技術は、やがてカセットテープという形で世界の音楽文化を変革し、今日ではiPhone 17のカメラシステムの中核技術となっている。
同社が2014年に世界で初めて製品化した「TMR(トンネル磁気抵抗)センサー」は、HDDヘッドの開発で培った薄膜プロセス技術の応用だった。2016年には「CEATEC AWARD 2016」のグリーンイノベーション部門で準グランプリを受賞したのに続き、モノづくり日本会議と日刊工業新聞社が共催する「“超”モノづくり部品大賞」の自動車部品賞も受賞した。
|
|
この技術を模倣しようとするサプライヤーは、当然存在する。そしてこのTMRセンサーなくして、高性能かつ小型のカメラは実現できない。
TDKのTMRセンサーは、カメラのオートフォーカス(AF)機構の精密な駆動や各カメラの的確な手ブレ補正のために活用されている。その精度は毎年のようにアップデートされ、AFや手ブレ補正の品質改善につながっているという。
しかし、高品位なTMRセンサーの製造は簡単ではない。参入障壁は構造の複雑さではなく、製造プロセスの特殊性にある。TDKのエンジニアは「独自性の高さは、そもそもの製造プロセスの難しさでもある。構造は分解したりすれば分かるが、構成技術はすごくユニークで、技術的ハードルの高いプロセスを独自に持っている」と話す。
特に重要なのが、磁気のフラックスガイド(磁束方向制御)の製造技術だ。
「通常の半導体は、層を削って配線や素子を作り出す。しかしTMR真逆のプロセスを取り、ビルを建てるような形で順を追ってメッキ工程で作り上げていく。半導体プロセスとの違いが、そのまま独自性につながっている」(TDKエンジニア)
|
|
実はTDKとAppleの関係は30年以上に渡る。使われている部品もバッテリーモジュールをはじめ、多品種に及んでいるようだ。中でもTMRセンサーの開発は、密接な協業が行われているという。
「頻繁に相互訪問し、Appleチームがカメラモジュールを評価しフィードバックをもらい、その要求に応じて最適化する」という開発サイクルが確立されているのは、日本の横浜市に研究開発(R&D)拠点があるからこそできることだ。
例えば、iPhone 17シリーズと「iPhone Air」のインカメラの「センターステージ」機能には、最新のTMRセンサー技術が寄与しているという。一般的な位置/姿勢センサーである「ホールIC」と比較して100倍以上の感度を持つTMRセンサーが、レンズの微細な動きをリアルタイムで検出し、被写体を常にフレーム中心に配置することを可能にしている。
●京セラが支える「究極の信頼性」
京セラのファインセラミックス基板技術は、1970年代にIBMがコンピュータ用多層基板として採用したのが世界初ということで、かれこれ約半世紀の技術的蓄積がある。
同社は現在200種類を超える材料を開発し、世界のファインセラミックス技術をリードしているが、この技術も実は高画質かつ高機能なカメラモジュールの核となっている。
京セラのセラミック基板は柔らかい状態のセラミックスシートに穴を開け、回路を印刷する。iPhone向け基板では、11層もの構造を積層してから1600度で焼成するという。この過程で15%程度の収縮が起きるが、その精度を完璧にコントロールし、超小型カメラのフレームにできるだけの精度を出す技術こそが、同社の強みである。「一度焼いて固まったものは、水分も吸わない」という特性は、数年に渡って毎日使用されるiPhoneのカメラにとって理想的だった。
さらに、この基板は積層構造で自由にシートを加工しつつ積み上げることができるため、立体配線で自由に信号経路をデザインできる。このことが、カメラモジュールの小型化と伝送信号ノイズの低減に寄与している。イメージセンサーや周辺回路などの放熱にも有利であることから、画質や信頼性の向上も図れる。
京セラとAppleとの協業は2008年から始まった。最初は「iPhone 4」の内蔵カメラ基板で採用されたという。現在の「iPhone 17 Pro」「iPhone 17 Pro Max」では、6枚の同社製セラミック基板が採用されているという。
この分野には当然ながらライバル企業も存在しているが、「常に高いレベルの要求をいただいている」(京セラ担当者)と、毎年のように要求が高まる中で、それに応じるために改良を加え続けている。Appleからの要求が、京セラの技術力を継続的に向上させる原動力ともなっているとのことだ。
Appleとの協業を通して改良を加えた技術は、京セラの競争力向上にもつながっている。「ウィンドウキャビティ構造」「新材料セット」センサーシフト用アイランド構造」などが代表格で、「Face ID用のダブルキャビティ基板」はAppleとの共同開発から生まれたものだ。
●AGCが極める「光学制御の芸術」
AGCといえば、旧社名である「旭硝子」の名前が示す通りガラスの会社として知られているが、現在はガラス用の硝材はもちろん、さまざまな特性を持つ材料のメーカーと世界的な競争力を保持している。
同社の「赤外線カットフィルター(IRCF)」は、2010年のiPhone 4から全てのiPhoneに採用されている。それ以来、必要な波長の光だけを通し、不要な帯域をカットするフィルターの特性を磨き続け、カメラの高画質化に寄与している。
「赤外線をカットする」ことは、それだけを聞けば簡単そうに感じる。「同様の光学フィルターは他にもあるのでは?」と思うかもしれないが、実は同社の117年の歴史が育んだ材料技術の粋が集約されている。
「有機も無機も持っている材料メーカーは、世界に視野を広げてもほとんどありません」と技術者が語るように、ガラスという無機材料とポリマーという有機材料の両方を自社で開発/製造できることがAGCの最大の強みとなっている。
AGCが製造している赤外線カットフィルターは、使っている材料自体に赤外線を吸収する特性がある。それをフィルターとして加工した上でナノメートル(nm)単位の多層膜コーティングを施すことで、理想的な光学特性を実現しているという。
興味深いのは、メーカーによって「透過させたい光の領域」が異なることだ。AGCはこの微妙な要求の違いに対応しており、iPhoneであればAppleの光学エンジニアが求める特性に合わせたフィルターを供給し、iPhoneカメラ特有の色表現を支えている。
「通したい帯域の光は可能な限り通して、カットしたい帯域は可能な限り“急峻な”特性で確実に遮断する」という相反する要求を、材料とコーティングの組み合わせ設計で実現する――この技術力は、色再現性だけではなく透過率の向上も実現し、結果的に暗所撮影性能も向上させた。現代のスマホカメラの最重要課題の解決にもつながっている。
当然、ここまでフィルターを作り込むとコストは上昇する。しかし、効果が少しでも高ければカメラに組み込みたい。そんなAppleとAGC両社の思いが関係を強化するモチベーションになっている。
●ソニーのイメージセンサーがiPhoneで使われ続ける理由
ソニーグループとAppleの関係は、1983年に初代「Macintosh」向けフロッピーディスクドライブから始まった。ノート型のMac「PowerBook」の一部モデルの開発/製造に携わったことでも知られている。
カメラで使われるCMOSイメージセンサーの市場シェアを調べてみると、2023年はソニーグループがシェアを45%に伸ばし、2025年現在も首位の座を維持し続けている。この圧倒的な地位は、ソニーグループによる継続的な技術革新と投資によるものだ。
「裏面照射型」「積層型」、そして世界初となる「2層トランジスタ画素積層型」のCMOSイメージセンサーと、技術革新の歩みは止まらない。生産拠点も九州に3拠点を構えている。
もちろん、「世界でもっとも高品位」といわれるセンサーの素性の良さがソニーのイメージセンサーの強みだが、実は顧客が求める用途に合わせた柔軟性の高さも大きな強みだ。例えば自動車用イメージセンサーは、光のダイナミックレンジを広く取ることが重要な上、内蔵すべき事前処理回路も通常のカメラとは異なる。またデジタルカメラ用イメージセンサーであれば、各社が求める信号処理のプロセスに応じて、必要な処理回路を組み込む必要が生じることもある。
ソニーのイメージセンサーの真の強みは、「画素部分と回路部分を分離して、これらを積層したパッケージを柔軟に作れること」にある。「画素センサーの層は高画質化に特化したチップを作り、回路部分は高機能化に特化した製造プロセスを適用することで、異なるアプローチで高性能化を図れる」ことがメリットだ。
iPhone 17シリーズに採用されている4800万画素センサーは、ソニーセミコンダクタソリューションズが開発した1つのカラーフィルター領域を4分割することで、光量のセンシング解像度を上げている。これは単なる“高画素化”ではないところに競争上のポイントがある。
センサーにはAIを活用した画像処理用ロジックが内蔵されており「センサーレベルでAI処理を最適化」しているのだという。この技術により、8K動画や240fpsのスローモーション撮影において本体(SoC)にかかる負荷を軽減できる上に、バッテリー消費を抑えつつAI処理を施すことが可能になった。
Appleとの協業では、Appleが独自に開発している信号処理に流れに応じた処理に必要な回路を盛り込むなど、相互に「次のカメラはどうするか」「次の世代では何ができるように準備しているのか」といったことを意見交換しつつ、最終的なカメラ仕様に落とし込んでいく、長いスパンでの協業体制を構築しているとのことだ。
ソニーセミコンダクタソリューションズのエンジニアは「お互いの得意分野をよく分かっている」という信頼関係と「少しでも高品位な映像を求める企業文化」の両方が、関係を深めてきたと話す。センサー内の処理とISP(画像処理プロセッサ)での処理の最適な分担を、両社で議論しながら決定するレベルにまで達している関係は、そう簡単には壊れそうにない。
●Appleが日本(横浜)にR&D拠点を設けるメリットとは?
今回は代表的なサプライヤー4社から話を聞くことができたが、実際は他にも多数の日本企業がサプライヤーとしてApple製品に携わっている。その中には中小企業も含まれる。
AppleのYTCは光学分野を中心にさまざまなR&D活動を行っており、数百人の日本人エンジニアが勤務している。中でも「日本語で閉じる開発ループ」を作り上げていることがAppleのカメラの実力を高めているという。
YTC勤務の日本人エンジニアは、「海外拠点にプレゼンテーションに行かなくとも、日本語で密なコミュニケーションができる上、(コンポーネントの)サンプルを調達して横浜で試作できる」ことや、「(コンポーネント類に)問題点を発見した際のフィードバックを母国語で行えることなど、開発ループが日本国内で閉じている意味は大きい」と、YTCが存在することのメリットを語る。
日本には、特別な技術を持つ中小企業も多い。彼らとの関係を築けるのは、「日本国内で閉じた初期開発ループ」があるからこそだ。YTCのエンジニアは「(日本で)面白そうな技術があればここで開発して、うまくいったら米国のチームに提案する」という。米国本社からの指示に従うだけではなく、自発的な開発を行っているようだ。
こうした社内における双方向の技術交流もまた、iPhoneカメラの継続的な進化を支えている。
今回、クックCEOは日本を代表するサプライヤー4社のトップと会うためにYTCを訪問した。日本のエンジニアリングカンパニーとの関係性についてクックCEOに尋ねると、「Appleは(品質や使いやすさに対して)決して妥協しません。そして、この姿勢は日本企業にも通じています。決して満足せず、常に次を目指して働いていると感じます」と、日本企業とのパートナーシップを強化している“本質”を表現した。
この「永遠の不満足」こそが、毎年のように更新される製品サイクルの中で、わずかな改良ではなく、本質的な進化を実現し続ける原動力となっている。日本企業の「改善」の精神と、Appleの「Think Different」の哲学がYTCという場で融合し、新たな価値を生み出している。これはグローバル化の新たな形ともいえる。
コスト削減のための国際分業ではなく、それぞれの国や企業が持つ固有の強みを最大限に生かし、共に高め合うことで単独では不可能な価値を創造する「共創型ものづくり」の形である。
決して妥協しない――iPhone 17のカメラはこのような企業精神が完璧に組み合わさった結果なのである。
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。
Amazonプライムめぐる訴訟で和解(写真:TBS NEWS DIG)35
Amazonプライムめぐる訴訟で和解(写真:TBS NEWS DIG)35