うつ病の症状が改善しても社会機能はすぐには戻らない
10月10日は世界メンタルヘルスデーです。日本におけるメンタルヘルスの課題は山積しており、こころの病気で通院や入院をしている人は約420万人にのぼります1)。厚生労働省が行っている調査によると、仕事や職業生活に関することで、強い不安、悩み、ストレスとなっていると感じる事柄がある労働者の割合は68.3%に達しました2)。
製薬会社のルンドベック・ジャパンは2025年9月25日、世界メンタルヘルスデーに先立って「職域におけるうつ病治療と社会的リカバリー」をテーマにプレスセミナーを開催しました。
講演を行った菊地俊暁先生(慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室准教授)は、うつ病治療後の職場復帰における問題点に言及。「うつ病は治療をすると半年で約8割、2年で9割以上が症状は良くなる3)。しかし症状が改善されても、社会機能が戻っているかというと必ずしもそうではない。治療から2年経過しても約6割の人は社会機能が戻らず3)、職場復帰後に十分にパフォーマンスを発揮できない、ミスなどにより仕事に影響を及ぼす、結果的に再び休職せざるを得ない状態になってしまうなどの問題が生じる」と指摘しました。

そこで多くの企業では、労働時間の短縮や作業の軽減などの対応を図っています。こうした職場の配慮には、1年以内の欠勤や抑うつの減少など、一定の効果がありますが4)、個人の就労能力については、職場の配慮だけでは十分に回復しないことも明らかになっています4)。菊地先生は「うつ病になると外部から情報を取り入れて処理する『認知機能』が低下し、すぐには回復しない。それが就労能力が改善しづらいことにつながっている」と話しました。
重要性を増す「パーソナル・リカバリー」の考え方
こうした現状を踏まえて菊地先生は、「患者さんが自分らしさを取り戻していく『パーソナル・リカバリー』という考え方が重要になっていく」と強調。パーソナル・リカバリーとは、症状的リカバリー(症状の改善:寛解維持)や機能的リカバリー(機能の改善:社会機能・日常生活機能・認知機能など)だけにとらわれず、疾患による制限があっても満足した生活、希望に満ちた生活、他者に貢献する生き方などを目指していくという概念5)を言います。
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「最も大切なのは、疾患による制限があっても、という部分です。認知機能が以前のように戻らなくても、症状が一部残っていても、その人らしく生きていくことを目指すというのがパーソナル・リカバリーの考え方です」と菊地先生は述べました。
「復職=ゴールではない」当事者の声
セミナーでは、うつ病経験者の立場から林晋吾さんも登壇しました。林さんは、自身がうつ病から職場復帰したときのことについて、午後になると極端に集中力が落ちる、簡単な資料修正でも普段の2〜3倍の時間がかかる、複数の依頼が重なるとパニックになり優先順位を決められないなどの困難があったと説明。また、日常生活への影響も大きかったとし、「復職=ゴールではなかった」と振り返りました。
そうした状況からの回復を支えたものについて林さんは、「日常生活に根差した小さな目標を設定したこと」だと話しました。具体的には、朝8時に起床する、人に合う予定がなくても身だしなみを整える、調子が悪い日を週2回以内に抑えるなど、自分自身で目標を設定するとともに、家族から「先月よりも体調を崩す日が減った」など客観的なフィードバックを受けるようにしていたそうです。「目標設定と達成感が回復や生産性改善の実感につながった」と自身の経験を振り返りました。
世界メンタルヘルスデーにちなんだイベントが各地で開催されています。ぜひ、職場におけるメンタルヘルスについて考えるきっかけにしてください。(QLife編集部)
1)国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所:知ることからはじめよう こころの情報サイト(2025年10月7日閲覧)[https://kokoro.ncnp.go.jp/health_understanding.php#01] 2)厚生労働省:令和6年労働安全衛生調査(実態調査)結果の概要(2025年10月7日閲覧)[https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r06-46-50b.html] 3)Tohen M, et al. Am J Psychiatry. 2000; 157(2): 220 4)Nieuwenhuijsen K, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2020; Oct 13; 10(10): CD006237 5)菊地俊暁:精神科.2020;第37巻:第3号
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