
前編:渡辺康幸が振り返る東京2025世界陸上・マラソン編
9月13日から21日まで、国立競技場で開催された東京世界陸上選手権。その日本選手団に長距離支援コーチという立場で関わっていた住友電工の渡辺康幸監督に、男子長距離種目を中心に大会を振り返ってもらった。
まずは、マラソン勢について。入賞はなかったものの、「勝負」という面では、今後の糧となる収穫もあった。
【入賞なしでも収穫のあったマラソン】
――まずは男子マラソンから振り返っていただきたいと思います。
「結果的に入賞ゼロでしたが、近藤亮太選手(三菱重工)が最後まで入賞争いに絡むことができたので、収穫はあったと思っています。
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戦前の予想では、吉田祐也選手(GMOインターネットグループ)の仕上がりがかなりいいと原晋監督(青学大)がマスコミに話していたので、彼への期待は結構大きかったと思います。結果は34位と力を出しきれなかったのは、大舞台での経験不足が出たのでしょう。
皆さん、吉田選手に目がいっていたと思いますが、現場で見ている限りでは、近藤選手にしても、一時期調子を落としていた小山直城選手(Honda)にしても、非常に仕上がりがよかった。誰が日本人最上位に来てもおかしくないような状況でした。
世界大会では男女合わせて6人が日本代表になりますが、これまでは、直前になって、ひとりかふたり、本来の力を発揮できない状態の選手が出てくることがありました。今回は6人とも非常によく準備ができていたんじゃないかなと思います」
――日本勢トップの近藤選手は11位。入賞まで19秒、メダルまではちょうど1分差でした。2回目のマラソンだったので、健闘に映ります。どんなところに要因があったのでしょうか。
「黒木さん(純、三菱重工総監督)も陸連スタッフに入っていて、毎日一緒にいたので、いろいろ話を聞いていたのですが、かなり充実した練習ができていたそうです。やっぱりしっかり準備をしてスタートラインに立てたのは大きいと思います。それと、監督との信頼関係ができていたことでしょうか。黒木さんは『ニューイヤー駅伝も走っていないので、試合に強いのかはこれからわかってくるだろう』と話していたのですが、近藤選手は38kmぐらいまで先頭集団にいました。そこから脱落しましたが、まったく手も足も出なかったわけではなかった。しっかりと戦って、最後は力負けしたという印象です。まだ若いですし、これから経験を積むことによって、まだまだ修正できると思います」
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【近藤選手の好走に見る日本人が戦うためのヒント】
――その意味では今回の近藤選手は怖いもの知らずな面もあった。
「そうだと思います。ただ、そうは言っても、三菱重工には、井上大仁選手や山下一貴選手、定方俊樹選手といったマラソンで実績のある選手がおり、そういった選手たちと一緒に練習をしてきているので、練習量には自信があったと思います。
今回の世界選手権は、日本人がマラソンで戦うためのヒントがあったと思いますね」
――"準備"という点では暑熱対策も大きな鍵だったと思います。
「初日の競歩からものすごく高温多湿の状況でしたので、マラソンも非常に大変な状況になるんだろうなと想像していました。
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北海道の千歳にヒートルームを設けて、そこで暑熱対策をしてきた選手もいましたが、今回は早く現地に入って調整する選手が多かったです。マラソンの場合、世界大会では直前に選手村に入ることが多いのですが、今回はNTC(ナショナルトレーニングセンター)が使えたのがよかったです」
――レース当日、渡辺さんは給水を担当されていました。
「給水しただけで記事になっていましたからね(苦笑)。僕と河野さん(匡、大塚製薬女子部監督)と一緒に15kmと30km地点の給水を担当していました。15kmでは河野さんは近藤選手に無事に渡せたのですが、大集団だったために、僕が渡そうとしたボトルがほかの国の選手に当たって落ちてしまい、あとのふたりには渡せなかったんです。
僕が落としてしまったばかりに、次の20kmを担当していた人はプレッシャーがあったと思います。無事に渡してくれたので、僕としてもすごく助かりました。30kmは絶対に失敗できないと思っていましたが、そこはうまく渡せました」
つづく
⚫︎Profile
渡辺康幸(わたなべ・やすゆき)/1973年6月8日生まれ、千葉県出身。市立船橋高−早稲田大−エスビー食品。大学時代は箱根駅伝をはじめ学生三大駅伝、トラックのトップレベルのランナーとして活躍。大学4年時の1995年イェーテボリ世界選手権1万m出場、実業団1年目の96年にはアトランタ五輪10000m代表に選ばれた。現役引退後、2004年に早大駅伝監督に就任すると、2010年度には史上3校目となる大学駅伝三冠を達成。15年4月からは住友電工陸上競技部監督を務める。学生駅伝のテレビ解説、箱根駅伝の中継車解説では、幅広い人脈を生かした情報力、わかりやすく的確な表現力に定評がある。