電子コミック配信サービス大手の「めちゃコミック」が、漫画コンテスト「めちゃコン」を開催する。応募要項は「新人から連載経験者まで、プロ・アマ問わず」「未発表の完全新作のみ」とオープンで、キャッチコピーは「熱狂を生み出す漫画家に出会いたい」というものだ。近年、電子コミックはオリジナル作品が増えている中、新たな発展、ジャンル拡大のため、新しい才能を発掘するのが狙いだ。
【撮り下ろし写真】漫画家に必要なものは3つ? 鳥嶋和彦インタビュー
力が入っているのは、審査員の顔ぶれを見てもわかる。まずは「週刊少年ジャンプ」6代目編集長を務め、鳥山明氏や桂正和氏など名だたる漫画家を発掘してきた鳥嶋和彦氏。そして、小学館「週刊少年サンデー」在籍時代に漫画アプリ「マンガワン」を企画し初代編集長を務め、現在は新しいスタイルの漫画制作会社「コミックルーム」を経営する石橋和章氏。さらに「週刊モーニング」在籍時に『ドラゴン桜』(三田紀房)『宇宙兄弟』(小山宙哉)を大ヒットに導き、現在は漫画家をはじめとする作家のエージェント会社『コルク』を経営する佐渡島庸平氏と、まさに漫画の目利きがそろっている。
漫画家と二人三脚で数々のヒット作を世に送り出し、熱狂を生み出してきた鳥嶋氏は、「めちゃコミック」の取り組みをどのように思うのだろうか。そして、現代の漫画界をどのように見ているのだろうか。鳥嶋氏にインタビューを行った。
■「めちゃコン」に必要なもの
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――今回、「めちゃコン」に鳥嶋さんが関わるからには、既存の漫画賞と違いを出していく考えはあるのでしょうか。
鳥嶋:そんなことは必要ないと思いますよ。目の前に来た作品の本質を、どれだけ正確に見て評価してあげられるかどうか。それに尽きると思います。
――漫画賞はたくさんありますが、成功しているかどうかを判断するポイントはありますか。
鳥嶋:簡単だよ。もし、自分が新人漫画家だとしたら、漫画賞の何を見ますか? その漫画賞からどれだけの漫画家がデビューして、“ものになっているかどうか”を見るでしょう。当たり前でしょ、命かかっているんだから。実際、長く続いている漫画賞は、受賞者リストを見ればわかるように、プロの作家がたくさん出ているからね。
――そういう意味では、「めちゃコン」は募集が始まったばかりの漫画賞なので、まだ実績がありませんが。
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鳥嶋:そうだね。だから一番大事なことは、約束した賞金をしっかり出すことだね。どんなに応募作品が、想定していないようなレベルだとしても。そうじゃないと嘘をつくことになるから。
■漫画家に必要なもの
――編集者の目にとまりやすい漫画とは、どのようなものですか。
鳥嶋:自分のストロングポイントを素直に描けている漫画は、目に入りやすいね。そのために必要なのは、漫画家が自分を信じていられるか、そして自分を知っているかどうかです。僕らは表現媒体を通じて、後ろの人間性を見ていますから。
前から言っていることだけれど、僕は、漫画賞の審査経過はオープンにすべきだと思っている。誰がどう評価して受賞作が決まり、そうじゃない作品といったい何が違うのか。それらを明らかにすることによって、描くときの注意点が表現する人たちに伝わるし、選ぶ側にも責任が出てきますからね。
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――漫画賞に応募してくるということは、プロの漫画家として仕事をしたいという意志の表れだと思います。プロを続けていける条件はありますか。
鳥嶋:いくつかあるけれど、以下の3つかな。1つ目は好奇心があること。2つ目は負けず嫌いなこと。3つ目は頑固。自分の信念があって、競争のなかで他の人より上に行きたいという気持ちがあり、新しいものに対するアンテナがある。
これらがそろっていないと漫画家にはなれない。そして、残っていく漫画家は、だいたいこの3つが備わっていますね。
――鳥嶋さんはこれまでに数々の才能と関わってきましたが、才能をどう定義していますか。
鳥嶋:才能は、定義づけが難しいんだよね。一言で言うと、自分が思っている新しいもの、自分だけのものを表現したいと思う“熱量”かな。
――鳥嶋さんが関わってきた漫画家には、熱量があるわけですね。
鳥嶋:あるね。そもそも僕が関わった漫画家のほとんどは、漫画を描きたくて描いた人じゃなかった。これで生活をしたい、生計を立てたいという人だったから。職業として(漫画家という仕事を)選んでいるから、プロ意識やモチベーション、覚悟が違う。
――熱量の有無はどうすればわかるのでしょうか。
鳥嶋:編集との打ち合わせで、直しに耐えられるかどうかです。基本的にはやはり、直しができない漫画家はダメ。同人誌などで漫画を描きたい人や描ける人はたくさんいるし、昔、実際にスカウティングしてみましたが、うまくいきませんでした。それは、自分が描くものにこだわりがありすぎて、直しができないからです。
プロって、描いたものに対して読者にお金を払ってもらい、そのお金で生活していくものだからね。読み手に伝わるもの、望むもの、見たいものを自分のなかにあるものと組み合わせ、アレンジして届ける作業ができないと成立しないわけ。だから、独りよがりで描くものは漫画じゃない。
――“漫画家が描きたい漫画と、描ける漫画は違う”という考えを、鳥嶋さんは一貫して主張してきています。
鳥嶋:漫画家が新人の時に描いたものは、作家本来の持ち味ではない。編集者と、これはダメ、これはダメと壁打ちを繰り返すなかで、作家の本質に近いものが残っていく。そして最後に残った、これだ、というものを描いたときにしっかり反響があるはずです。これが作家のオリジンであり、原点なんですよ。
■優秀な編集者の育成も不可欠
――漫画家が自分にしか描けない漫画を生み出すためには、編集者の能力も必要になってきますよね。
鳥嶋:編集者は漫画家に、徹底的に壁打ちをやらせることができるか、ダメ出しができるかどうかが大事なのです。僕の代名詞になっている“ボツ”は、そういう意味。本質に至るまでのダメ出しを、いかに的確に、短時間でやれるか。そのためには、編集者に作家への愛情、信頼がなければできないのです。
――編集者の育成術のようなものはあるのですか。
鳥嶋:簡単ですよ。編集者に、失敗させる場所を与えられるかどうか。そして、上司がそれをちゃんとケアできるかどうか、権限移譲を徹底してできるかどうか、です。
――漫画家と編集者の関係で大切なものはなんでしょうか。
鳥嶋:距離感じゃない? 近づきすぎず、離れすぎずという感じ。友達とかビジネスパートナーとも、ちょっと違うよね。
――今のご時世、編集者が物事をはっきり言うことにはリスクが伴うともいわれます。
鳥嶋:リスクは特にないよ。僕らの仕事は、常に選択をしていかなければならない仕事です。51対49を100対0と考え、51を選択し決断できるかどうか。そのためには目の前の才能を信じて、踏み込む覚悟が必要です。
――鳥嶋さんがそうですが、漫画を読む習慣がなかった漫画編集者がヒットを出すケースもたくさんあります。
鳥嶋:編集者の役割は、ストーリーを作ることではなくて整理をすることだよね。整理をすることに対して、好きである必要はないんですよ。
■目の前の才能を好きになる
――編集者として、鳥嶋さんが大切にしていることは。
鳥嶋:目の前の才能を、好きになる努力ができるかどうか。この一点だね。
――それができていない編集者は、多いのでしょうか。
鳥嶋:多いし、ほとんどがそうだね。NOって言えないから。よく言っているんだけれど、作家性の尊重は編集権の放棄だからね。いいものを作りたいなら、ちゃんと作家にダメ出しをしないといけない。他人の子供が悪いことをしていても叱らないけれど、自分の子供なら叱るよね。そこには、愛情の違いがあるんですよ。
――しかし、上手く伝えなければ、編集者と漫画家の関係性が悪くなることも心配されます。
鳥嶋:だったら、ちゃんと編集者は「作家のことを思っている」ということを、仕事のなかで伝えるべき。そのためには、関わっていくなかでしっかり成果を出していく。そうしないと、信頼されないからね。
――とはいえ、成果を出すのは凄く難しいことだと思います。
鳥嶋:難しくないよ。成果が出るまでやればいいんだから。
――成果が出るまで、時間がかかりますよね。
鳥嶋:あのね、時間がかからない仕事なんて、面白くないよ。
■子供たちに漫画を届けたい
――鳥嶋さんは子供に対して、一貫して強い思いを抱いています。
鳥嶋:それは、子供たちには力がないからですよ。学校に行けば先生が権力者で、クラスで一番人気があるのは勉強ができる奴、その次は運動ができる奴、そして見た目がいい奴。家に帰れば親という権力者がいる。自由がないじゃん。
小中学生はこんなに抱えているストレスを、どう発散する? 高校生だったら多少のお金を持っているから、いろんなことができる。カラオケに行ったり、ゲームセンターに行ったりできるでしょ。
でも、小中学生が短時間にストレス発散するには、漫画やゲームを通じて違う世界に入るしかないのです。想像の翼があれば、不自由な自分から逃れられるんですよ。のび太くんから見たドラえもんの位置にあるのが、漫画なのです。
僕は、力のない子供たちのために漫画はあるべきだと思っている。漫画を一番必要な人間に届けたい、という思いがあるね。もちろん、青年漫画もそれはそれで役割はあると思うけれど、子供たちほど必要じゃないよね。
――そういう意味では、漫画は世の中にどんな影響を与えているのでしょうか。
鳥嶋:漫画は世界を変えることはできないけれど、個人に心の平和をもたらしたり、励ますことはできる。炭酸飲料水みたいなものです。飲んでいるときはおいしくて、一息つけるでしょ。それ以上でも、それ以下でもないと思いますね。
■編集者にとっての幸せとは
――「めちゃコミック」は、新しく漫画編集部を作ると言っています。
鳥嶋:頑張ってほしいね。大事なのは、いろいろな見方ができる編集者のバリエーション、個性のある編集者を揃えられるかどうかです。人間って組織を作るとき、自分の視点観点に近い人を選ぶじゃない。好感を持ちやすいし。
でも、それだと同じものしか揃わなくなる。絵の具にも寒色から暖色があるように、自分の好みじゃないものを、どれだけ持ってこれるかどうかが大切です。そして、それが編集部の幅になるんだよね。
――漫画業界がこうなってほしいという、願望はありますか。
鳥嶋:3年先、5年先の漫画や才能について考えないところは、全部無くなってほしいね。実際、滅んでくれと思うしね。そして、若い才能が表現する場所を得て、世の中に出ていく流れができてほしいね。
――ありがとうございます。最後に、鳥嶋さんの編集者としての幸せについて、うかがわせてください。
鳥嶋:一緒にやってきた作家が本当にいい作品を描いて、それを最初に読むこと。ファーストリーダーは編集者だから。その瞬間だね。
(文・取材=山内貴範 写真=林直幸)
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