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老舗旅行ガイドブック『地球の歩き方』の国内シリーズが好調だ。創刊40周年を機に発売した第1弾の『東京』版は、コロナ禍のステイホーム期間中で大々的なプロモーションはできなかったが、10万部を超える大ヒットを記録した。その後、『東京 多摩地域』『北九州市』『横浜市』などを発売し、シリーズ累計発行部数は、2025年10月時点で120万部を超えている。
10月9日には『山口市』を発売。10月23日には、シリーズ第28弾となる『調布市』の発売も控えているが、取り上げる地域に何か共通点はあるのだろうか。また、購入者は旅行者だけでなく地元民も多いようだが、その理由は何だろうか。編集長の由良暁世さんに話を聞いた。
●「東京五輪」開催と創刊40周年に合わせて企画
1979年に創刊した『地球の歩き方』は、長年多くのファンを抱える旅行ガイドブックだ。表紙は、黄色い背景に国ごとの名所を描いたイラストが特徴で、旅行好きにはおなじみの「旅のお供」といえる。
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国内シリーズは、2020年に予定されていた東京五輪と『地球の歩き方』の創刊40周年が重なることを記念して、企画がスタートした。しかし、発売直前にコロナ禍が始まり、2020年9月のステイホーム中にひっそりと発売された。
大々的な告知はできず、「ステイホーム中に旅行本なんて」と批判される可能性もあったが、予想に反してヒットした。『地球の歩き方』の特徴である、土地の歴史や文化を詳しく紹介する内容が、コロナ禍で外出できない都民の「地元を楽しみたい」というニーズに応えたようだ。
●「地元愛」の強さに着目
2022年には、シリーズ第2弾となる『東京 多摩地域』を発売した。高尾山や奥多摩のハイキングやグルメ情報に加え、多摩の年表、武蔵野台地の地形解説、伝統工芸など、多摩地域の全30市町村を特集している内容となっている。
発売のきっかけは、読者からの声だった。第1弾は東京五輪を念頭に置いていたため、観戦に合わせて周辺を観光する人向けに、23区の情報を中心に紹介していた。しかし読者からは「東京版なのに23区ばかりで、多摩の情報が少ないのでは」との声が寄せられた。編集部はこの意見を真摯(しんし)に受け止め、多摩だけを取り上げた1冊を制作することにした。
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『東京 多摩地域』だけで、発行部数は6万部を超えた。この結果から、「東京ではなく多摩だけで本を出してほしい」という声が届くほど、地元愛が強いことを実感した。それまでは人口の多いエリアを中心に選んでいたが、それ以降は地元愛の強さも書籍化の基準のひとつとしている。
国内シリーズの中でも、特に人気があるのは『北九州市』『横浜市』『杉並区』だ。
『北九州市』はもともと『福岡県』として刊行を検討していたが、調べを進めるほど、市だけでも多くの魅力があることが分かってきた。社内でも「北九州市だけで刊行したほうが面白いのでは」との声があり、シリーズ初の市版を発売した。
『北九州市』に続いて『横浜市』、10月発売の『山口市』『調布市』など、市版を積極的に制作している。
●まるで総菜を買うようにガイドブックを買っていく
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書籍化するエリアを選ぶ基準のひとつが「地元愛の強さ」だが、社内の意見も反映している。その代表例が『杉並区』だ。最初に区版として発売した『世田谷区』は、東京で最も人口が多い区という理由もあったが、『杉並区』は人口の多さに加え、社内に杉並区への愛着が強い社員がいたことも影響した。
杉並区の中でも特に地元愛が強いとされる中央線沿線の荻窪、西荻窪、高円寺、阿佐ヶ谷エリアを多めに掲載し、周辺情報も取り上げた。区民が誇る日常の風景から、カレーやラーメンなどのグルメ、地元ならではの銭湯や個性派書店まで、詳細な情報を一冊に凝縮した。
巻頭特集『杉並区のこんなところがスキ』には、区民アンケートで寄せられた生の声を多く反映している。杉並区への愛着の強さは随所に現れ、各章の章末やページの欄外にも、地元民の声を詰め込んでいる。杉並区民からは「すごく愛が詰まった本だね」といった声が多いそうだ。
発売当日、編集部のメンバーも書店で販売に立ち会ったところ、目の前で次々と本が売れていく様子に驚いたという。発売を待ち望んでいた区民も多く、2〜3冊まとめて購入する人も。中には「まるで総菜を買うように書籍を買っていく」人もいて、地元愛の強さが売り上げに表れているようだ。
『杉並区』では、区民におなじみの公式キャラクター「なみすけ」をほぼ全ページで起用している。杉並区民なら小学生から大人まで多くの人が知っており、子どもの頃に学校で配られるファイルにも登場するなど、親しみのあるキャラクターだ。発売日には、なみすけの着ぐるみも書店に登場し、会場を盛り上げた。
●『地球の歩き方』国内シリーズ好調の理由
国内シリーズは累計で120万部を超えるヒットとなっている。その好調の理由はどこにあるのだろうか。
「そのエリアや県、街の魅力を、ガイドブックを通して再発見できること。また『地球の歩き方』らしく歴史や文化をしっかり紹介し、さらに読者から寄せられた口コミや雑学ネタも盛り込んでいる。そのため、通常のガイドブックにはない『旅辞典』として活用できる点が評価されているのではないか」と由良さんは分析する。
「その地域の人なら、一家に一冊持っておきたい」と思う内容になっており、実際に「家族にプレゼントした」という声もよく聞くという。『杉並区』については、以前杉並区に住んでいた人や、実家が杉並区にあるため購入して実家に送った人もいて、プレゼント需要も高いようだ。
2026年3月には、『新潟県』の発売も予定している。「新潟県は神社の数が日本一で、歴史やグルメなど、まだあまり知られていない魅力が多い県である。全30市町村を網羅し、お国自慢もふんだんに盛り込んでいる」と由良氏は話す。
次に選ばれる地元愛の強い地域は、どこになるのか。シリーズの展開から目が離せない。
(熊谷ショウコ)
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