
世界は「不」安定、「不」確実性、「不」透明性、「不」安といった「不」の文字が頭に付く言葉にあふれている。背景の一つには、世界各地で紛争が多発し、それに伴う経済状況の変化があり、今を生きている社会の先行きに対し「希望」が持ちづらいためだろう。
1ミリでも「不」安を希望に変えるためには…。その答えは容易ではない。ただ、日常生活の中で起きる、人が人を助けたり、人が人に声をかけたりという、他者への思いやりという体験を可視化させ、共有することは一つの処方箋かもしれない。思いやりという行為は「他者への信頼感」を生みだし、少なくとも「不」安の感情を減らしてくれる効果が期待できるから。
ささやかな行為かもしれないけれど、そんな助け合いの事例を発掘し、顕彰する懸賞作文コンテスト「第16回小さな助け合いの物語賞」(主催:全国信用組合中央協会、以下、全信中協、柳沢祥二会長)の受賞作文が10月17日、発表された。最優秀のしんくみ大賞には徳島県の阿波市立阿波中学校の篠原銀成さん(13)の「『ありがとう。』に『ありがとう。』」が輝いた。大賞は、賞状と副賞として商品券20万円分が贈られた。

▼全国から2381編の応募
今年で16回目を迎えた「小さな助け合いの物語賞」の募集は、信用組合の基本理念である「相互扶助」の精神を広く知ってもらう目的でスタートした。今回は全国から2381編の応募があった。
しんくみ大賞のほか、大賞に次ぐ高評価のしんくみきずな賞1編、18歳以下の応募者の優秀作文に贈る未来応援賞2編、人に対する思いやりなどが感じられる作文に贈るハートウォーミング賞15編の個人受賞作品計19編と、作文応募に寄与した団体の功績を称える徳育奨励賞に常総学院中学校(茨城県土浦市)がそれぞれ選ばれた。
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この日、都内の経団連会館で開かれた「第61回全国信用組合大会」での表彰式で、大賞の篠原さんをはじめ、「にんじゃはあなたのそばにいる」でしんくみきずな賞を受けた柴谷千裕さん(当日欠席)、未来応援賞の中谷凛さん(「親切の輪」)、大和田悠真さん(「思いやりのバトン」)、団体賞の徳育奨励賞を受賞した、常総学院中学校の坂田英一校長にそれぞれ表彰状が贈られた。
▼「迷わずに行動できる人に」
しんくみ大賞に輝いた篠原さんの「『ありがとう。』に『ありがとう。』」は、小学生時代のある夏の出来事を振り返ったものだ。母親と一緒に、買い物に出かけた篠原さんが、自家用車の中から、日傘をさしながら、リュックを背負い、手にバッグを持ちながら坂道を歩くおばあさんの姿を見つけた。
暑い中、荷物をいっぱい持って歩くおばあさんを見て、篠原さんは母親と相談し、車に乗せて自宅まで送ろうと考えた。母親が声をかけたところ、おばあさんは「いえいえ、大丈夫です。ありがとう。」といったん断ったが、篠原さんが車から降りて、ドアを開けて、再度誘った。すると、おばあさんは「この世にもまだこんな人がいてよかった。ありがとうございます。」と言いながら乗り込み、いろいろと自分の話をした。
おばあさんは車を降りる際、「迷惑をかけたでしょう。でも、私すごく嬉(うれ)しかったし、楽しかった。ありがとう。」と言ってくれて、とてもうれしい気持ちになったという。
しばらくしてから、篠原さんの自宅の宅配ボックスに、手紙と商品券が入っていた。その手紙には「あの時間が、久しぶりにすごく楽しく、うれしい時間だったこと、人の優しさに触れて今も幸せな気持ちで過ごせています」などと書かれていた。篠原さんは母親と相談し、1人で持ち帰るのが大変そうな、洗剤やトイレットペーパーなどを買って、おばあさんの家に届けた。
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篠原さん親子と再会したおばあさんは、とても喜んでくれたという。それ以降、手紙のやりとりや、自宅を訪れるなど交流は続いたが、しばらく経過してから、おばあさんの妹がいる京都に引っ越していった。
あの夏の坂道で出会ったおばあさんとのふれあいを通して、篠原さんは「どうしようか迷った時には、やめずに行動する方がいいこと」や、ありがとうには、使う場面によっていろいろな種類があり、それぞれの重みがあることを感じたという。
篠原さんの作文は「ありがとうと言う側よりも、言われた側の方が得るものが多く、本当は、『こちらこそ、ありがとうございました』になることを実感できた出来事だった」と振り返った上で「これからも、誰かの役に立てるかもしれない場面に出会ったら、迷わず行動できる人になりたい」と締めくくった。
母親と一緒に、表彰式終了後に取材に応じた篠原さんは「これからも誰かのありがとうにつながるようなことを続けていきたい。おばあさんとの出会いから、小さな助け合いのことなどを考えることができて、自分たちも『ありがとうございました』という気持ちです」と語った。

▼自然なイントネーション
各賞の表彰状授与後、信用組合のイメージキャラクターを務める俳優の桜井日奈子さんが登壇。桜井さんが、信用組合の職員“しんくみさん”として奮闘し、地域の人々に寄り添う姿を描いた、YouTubeの「しんくみバンク公式チャンネル」に公開している動画を会場内で放映した後、桜井さんは「これからも信用組合が身近で頼りになる金融機関であることを、1人でも多くの方にPRしてまいりたいです」とあいさつした。
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その後、桜井さんは、しんくみ大賞としんくみきずな賞の二つの受賞作文を、朗読という形で紹介した。情感豊かな表現力で、2人の受賞者が作文に込めた気持ちを臨場感たっぷりに再現すると、会場は静けさに包まれた。桜井さんが読み終えると、来場者から大きな拍手を受けた。
特に、篠原さんの「『ありがとう。』に『ありがとう。』」には、阿波弁となっている箇所がいくつかあったが、桜井さんは、とても自然なイントネーションで朗読。全信中協の広報担当者によると、今回の朗読を行うにあたって、篠原さんのお母さんに事前に作文を読み上げてもらい、桜井さん側に録音データを送っていた。桜井さんはそのお母さんのデータで阿波弁のイントネーションを何度も確認し、本番に臨んだ、という。
ハートウォーミング賞の受賞者・作文タイトルや団体賞は次の通り(敬称略)。
【ハートウォーミング賞】
▽人の心を満喫した日(梶間憲幸)▽最強の「処方箋」(堀山有里子)▽親切未満の親切(沖野美代子)▽うちでよければ泊めてあげるよ(伊藤雅之)▽地下鉄の中で(奥津博士)▽あるおじさんとの出会い(原稔宏)▽助け合いのバトン(柴山拓士)▽小さな一歩で、少しでも(浅原希美)▽たった5分で(高野孝一)▽少しの勇気(後藤里奈)▽私の小さな助け合い物語(鶴田柚芽)▽息子がくれたミッション(松本明紀)▽小さな助け合い(佐藤泉咲)▽真っ黒な手(錦織賢史朗)▽「助け合い」を知った日(都筑舞)
【団体賞】徳育奨励賞=常総学院中学校(茨城県土浦市)
入賞作文は全信中協のホームページに掲載している。