
世界に魔法をかけたフットボール・ヒーローズ
【第36回】セルヒオ・ラモス(スペイン)
サッカーシーンには突如として、たったひとつのプレーでファンの心を鷲掴みにする選手が現れる。選ばれし者にしかできない「魔法をかけた」瞬間だ。世界を魅了した古今東西のフットボール・ヒーローたちを、『ワールドサッカーダイジェスト』初代編集長の粕谷秀樹氏が紹介する。
第36回はレアル・マドリードで16シーズンプレーし、その間に計22個ものタイトルを手にした名DFセルヒオ・ラモスを紹介する。スペイン代表では、2012年ワールドカップと、2008年・2012年のEUROを制覇。こんなにも成功を収めたセンターバックは数少ない。
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レアル・マドリードにとって頼りになるリーダーだとしても、対戦相手にすれば最も憎むべき男であり、ブーイングの対象だった。口八丁手八丁、勝利のためなら手段を選ばない。
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セルヒオ・ラモスである。
言葉による威嚇と挑発、エルボー、つねる、足を踏む、唾を吐く......相手が嫌がることを徹底する。嬉々としているようにも感じられる。2017-18シーズンのチャンピオンズリーグ準決勝では、リバプールのモハメド・サラーを脇固め(柔道技)のような危険なプレーで止めた。
「無慈悲で残忍。あまりにも醜(みにく)い行為だ」
サラーはひじを脱臼したのだから、当時リバプールの監督を務めていたユルゲン・クロップが怒ったのは当然だ。
しかし、セルヒオ・ラモスは意に介していない。かねてから「ひとり少なくなっても勝てるとわかっているのなら、5分で退場してもいい」と公言していた。「俺のプレーが気に入らないのなら、スタジアムに来なければいいわけだし、テレビをつけなければ済む」とも言い放っている。いわゆる「鋼のメンタル」だ。
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レアル・マドリードのような名門中の名門をまとめ、異次元のプレッシャーがかかるようなクラブの先頭に立つのは、ちょっとやそっとの精神力では難しい。周囲から何を言われようと、勝利に邁進する強さが必要だ。
【CBなのに驚異の通算101得点】
サラーやリオネル・メッシのようなヒーローを向こうにまわしても、セルヒオ・ラモスは容赦なく叩き潰してきた。当たりはえげつなく、27回を数えるレッドカードはラ・リーガ史上最多である。彼ならではの「勲章」と言えなくもない。
アルフレッド・ディ・ステファノやフェレンツ・プスカシュ、レイモン・コパといった1950年代にチャンピオンズリーグ5連覇の偉業を達成した当時の主力に始まり、1980〜1990年代を支えたエミリオ・ブトラゲーニョ、フェルナンド・イエロ、フェルナンド・レドンド、2000年代のラウル・ゴンサレス、ロベルト・カルロス、ルイス・フィーゴ、ジネディーヌ・ジダン、ロナウド、クリスティアーノ・ロナウドなど、レアル・マドリードはレジェンドの宝庫である。
このラインナップにセルヒオ・ラモスも含まれる。671試合出場は歴代4位、101得点は2000年代トップ4。いずれも胸を張っていい、すばらしいスタッツだ。
レッドカードが半減していたら、少なくとも700試合は出場できたろう。マノーロ・サンチスが記録した710試合を追い抜き、歴代3位もありえた。
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しかもDFでありながら、3ケタ(!)得点には恐れ入った。クリスティアーノ・ロナウドの450得点、ベンゼマの354得点、ラウルの323得点は「すごいな。でもFWだよな」と尊敬しつつ納得もできるが、センターバックのセルヒオ・ラモスが101得点とは脱帽するしかない。
身長は184cmと、特に大型ではない。しかし、あるとあらゆる手法を用いてマーカーの前に入ったり、ファーポストでフリーになったり、あるいはタイミングのいいジャンプで競り勝ち、貴重な勝利をレアル・マドリードにもたらしてきた。
「責任を全うできる人間だけに許される場面」と、PKを蹴る際も堂々としていた。プレッシャーをエンジョイできるタイプなのだろう。
【「勝利への執着」が強いがゆえ】
DF登録の最高成績は1960〜1970年代に活躍したピッリの171得点だが、彼の場合はMFでもプレーしている。当然、得点のチャンスは多い。したがって、右サイドバックとCBを主戦としていたセルヒオ・ラモスこそがレアル・マドリードのDF最多得点者といっても差し支えないだろう。
勝利に対する飽くなき執念から粗野(そや)な振る舞いが目立ち、「殺戮者」「チンピラ」「反則王」などなど、ありがたくないニックネームも頂戴したとはいえ、101得点は驚異的なスタッツだ。記憶にも記録にも残るDFのひとりである。
また、ラフなプレーが取り上げられがちだが、完成度の高いDFでもある。存在感は攻守ともに際立っていた。
プロとして頭角を現してきた当時から高く評価されてきた対人能力は、経験を重ねるにつれてすごみを増した。三十路を迎えてスピードがやや衰えても、独特の間合いで対応した。「引き出しが多い」ということだ。
ボール奪取後の攻撃参加も見事だった。スペースを見つけるやいなやのドリブル、精度の高いフィードでビルドアップの起点になり、ベンゼマやクリスティアーノ・ロナウドの得点力を導き出していた。
そして最後に特筆すべきは、リーダーシップである。
セルヒオ・ラモスは「黙って俺についてこい」タイプではない。感情を表に出す熱血漢だ。出しすぎている。その結果、荒っぽいプレーが増え、イエローカード、レッドカードが増えていく。だが、レアル・マドリード側から判断すれば、「勝利への執着」だ。
仮に寡黙なタイプであれば、2015-16シーズンからのチャンピオンズリーグ3連覇は成しえなかっただろう。クリスティアーノ・ロナウド、マルセロ、カゼミーロはうるさ型で、ラファエル・ヴァランとルカ・モドリッチは口数こそ少ないが、自らの意見を隠すようなタイプではなかった。
これほどの個性派をひとつにまとめてヨーロッパを制したのだから、さすがセルヒオ・ラモスである。彼のリーダーシップは「カリスマ性」にあふれていた。
【スペイン代表では退場ゼロ】
「このチームは類稀(たぐいまれ)なキャプテンのもと、常に才能とハードワークを惜しげもなく発揮する」
2017-18シーズンのチャンピオンズリーグ優勝後、ジダン監督(当時)もセルヒオ・ラモスを絶賛し、ラ・リーガの覇王で苦楽をともにしたカルロ・アンチェロッティ(現ブラジル代表監督)も、次のように語っていた。
「技術、個性、ピッチ内外のリーダーシップなど、キャプテンにふさわしい資質を生まれながらにして持っている」
ラ・リーガを5回、チャンピオンズリーグとクラブワールドカップはともに4回と、レアル・マドリードにおけるタイトル歴は輝かしい。スペイン代表でも2008年と2012年のEURO(欧州選手権)を連覇し、2010年のワールドカップも制している。
世界の頂点に立った直後のセレモニーでは、「SIEMPRE CON NOSOTROS(いつも俺たちと一緒に)」と書かれたTシャツを着用。2007年に亡くなった大親友アントニオ・プエルタに対する気配りも見せている。性根は優しい男なのだ。なお、スペイン代表では一度も退場になっていない。
2021年夏にレアル・マドリードを離れたあと、パリ・サンジェルマン、古巣セビージャを経て、2025年2月からメキシコのモンテレイでプレーしている。39歳になっても闘争心は衰えず、今夏のクラブワールドカップでも健在ぶりをアピールした。
セルヒオ・ラモスはまだまだ熱い。
