沼田理沙子さん(仮名・30歳) 1通のDMが筆者のもとに届いた。差出人は沼田理沙子さん(仮名・30歳)。沼田さんは東京都にある栄養士の専門学校を2年生時の7月に退学処分になったという。退学事由は「暴言」と「公的書類の改ざん」。沼田さんには発達障害があり、「合理的配慮がなされずに退学になった」というのが彼女の主張だ。現在、退学の撤回と復学を求めて弁護士などに相談をしている。
本稿では、沼田さんへのインタビューを通して、発達障害を抱えることの生きづらさに迫る。
◆中学2年生で発達障害の診断を受けた
――沼田さんが件の栄養士専門学校に入学した経緯を教えてください。
沼田理沙子(以下、沼田):私は北海道で生まれ、高校卒業までを過ごしました。その後、大学進学に伴って上京しました。卒業後は、一般企業に就職をして5年ほど勤務しました。中学2年生で発達障害の診断を受けていた私は、精緻な作業が肌に合わずにミスが多く、27歳くらいで退職。28歳までアルバイトで食いつなぎました。29歳のころ、東京都専門人材育成訓練という、都から都内にある専門学校などに委託して受講料を無料で職業訓練をしてくれる制度を利用して、専門学校に入学しました。
――中学生の頃に発達障害と診断されたとのことですが、自覚はあったのでしょうか。
沼田:そうですね。普通に過ごしていても、クラスでやや浮いてしまうのは感じていました。しかし少なくとも友だちはできて、その存在が支えとなってなんとか学生生活を乗り切ったと思います。とはいえ結局、不登校気味になってしまいましたが。
◆教員や同級生の反応は…
――栄養士専門学校に入学してからも、ご本人は普通に過ごしているのに浮いてしまうことは変わりませんか。
沼田:変わらないですね。教員から、授業中に「みんなのモチベーションが下がることをしないで」と言われたことがあります。また、調理実習中に「あなたが嫌われないのはみんなが優しいから」と班員の前で言われ、かなりのストレスを感じました。私は抑うつ病も患っていて、慢性的な疲れが取れず、周囲からみればやや怠けているようにも見えたのかもしれません。
――同級生との関係性については、どうですか。
沼田:専門学校に入学する人は、私よりも10歳近く年下です。けれどもそのなかの数名が入学早々から私を指さして笑ったり、悪口を言ったりする状態が続きました。その数名の学生は私以外の学生ともトラブルを起こしていて、問題がある学生だったとは思います。なので、なおさら、先生が加害生徒に注意をするべきだと思いました。
◆なぜ「いじめの標的」になったのか
――いじめの標的になるのはなぜか、心当たりはありますか。
沼田:推測でしかありませんが、加害学生が私をいじめるようになった背景には、加害学生のうちの1人が好意を抱いている男子学生が、私の大量調理の実習での作業をいろいろと手伝ってくれたことがあると思います。それが面白くなかったのかもしれません。
――指を指してからかうなどの行為について、先生は何と言っていたのですか。
沼田:何度も相談をしたのですが「あなたにも非があるんじゃない?」「自分で対応したら?」と言われました。最終的に注意はしたらしいのですが、もっと早い段階で注意すべきだったのではないかと私は感じました。
――他に学内で揉めたことはありますか。
沼田:大量調理の実習の時間に、体調的にずっと立っていられなくなりました。そのため、許可をもらって座らせてもらっていました。眠気が襲ってきてうつらうつらしていると、突然肩を強く叩かれ、「寝てはいけないなんてみんな知ってるのよ!」と怒鳴られました。私が抱える感覚過敏についてはすでに専門学校側に相談をしていたので、何らの配慮もないことに驚いてしまいました。もちろんその後、大量調理の実習に参加するのが辛かったです。
◆「暴言」「公的文書の改ざん」の真相は?
――専門学校側が退学事由としてあげている「暴言」「公的文書の改ざん」について教えてください。
沼田:暴言については、教員に対してのものです。いじめの相談をしても取り合わず、教員室にいた他の教員数名も「(話を)聞いてほしかったんだね、ははは」と笑うなどしました。そこでカッとなって、「やめてくれ」と言って、その夜に抑うつがひどくなり、思い詰めて担任に「死ね」とメールしました。
改ざんについては、ハローワークへの提出書類を私が書き換えてしまったんです。持病のために言語理解力に乏しく、ハローワーク職員と学校の教員の説明を間違って理解してしまったためです。学校側には状況を説明したものの全く聞き入れてもらえませんでした。
――強制退学になったとき、沼田さんに対してどのような聞き取りが行われましたか。
沼田:弁明の機会は2回ほどしかなく、いずれもボイスレコーダーがずっと回っていました。その後に予定されていた校外実習に行けなくても文句を言わない旨も言質を取られ、録音されていました。学校側はかなり警戒していて、退学処分を言い渡す際には弁護士を同席させたうえで、「学校に来たら、警察を呼ぶ」などの発言もありました。
◆この状況でも復学を希望するワケ
――沼田さんは復学を希望しておられますが、普通に考えて、学校側から受け入れられていない状態で戻るのは居心地が悪くないですか。
沼田:学校側はおそらく、そうした言説を吹聴して私を学校から排除しようとしているのだと私は考えています。時間が経てば進級や復学を諦めると見込んでいるのではないでしょうか。ただ、私にとっては無償で栄養士の勉強をできるチャンスであり、それが合理的配慮なく奪われたことは理不尽だと思っているので、抗議していこうと考えています。また、友だちが在籍している間に実習をクリアできたほうが良いとも思います。
――いま、専門学校側に対して思うことはありますか。
沼田:私を退学処分にしたあと、学校が運営するブログに大量調理の実習の風景を掲載していました。そのなかに、加害学生が全員写っています。また、オープンキャンパスでは、主犯となった加害学生のレシピを採用しました。これらは、私へのあてつけではないかと思います。
私は事前に自分が発達障害を持っていることを申告していました。おそらく学生はそうした事情を知らなかったと思いますが、もしも学校側が他の学生と一緒に学ぶことが難しいと判断したのであれば、退学ではなく、オンライン授業を実施するなどの代替手段もあったはずです。それらがなく排除されたことにやりきれなさを感じます。
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インタビューの途中、何度も沼田さんは悔しさをにじませた。一般に理解づらい苦しみを抱えて、なりたい自分になるためにこれからも奮闘する。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki