
高市政権が打ち出した「大胆な減税」と「17分野への重点投資」では、量子技術・半導体といった先端分野に加え、昨今急速に進化しているAIを中心に据えています。これらは単なる技術政策ではなく、日本が「どのようにAIと共に生きる社会を設計するか」という問いに対する答えでもあります。
しかしAIと一口に言っても、産業においては「作る」「組み込む」「使う」という3つの関わり方があります。AIモデルを開発する国産企業、他社のAIを組み込んだシステムを実装する企業、そしてエンドユーザーとしてAIを業務に活用する企業です。本稿ではこの3層構造を踏まえ、高市政権の政策と国際人材の動向がIT産業にどのような影響を与えるのかを考えます。
●著者プロフィール:久松 剛(エンジニアリングマネージメント 社長)
合同会社エンジニアリングマネージメント社長。博士(慶應SFC、IT)。IT研究者、ベンチャー企業・上場企業3社でのITエンジニア・部長職を経て独立。大手からスタートアップに至るまで約20社でITエンジニア新卒・中途採用や育成、研修、評価給与制度作成、組織再構築、ブランディング施策、AX・DXチーム組成などを幅広く支援。
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●攻めと守りの二重構造 経済政策の全体像を整理する
まず、高市政権による経済対策の構造と、AIの立ち位置を整理しておきましょう。高市政権による経済対策は「攻め」と「守り」の2つの軸に分類できます。攻めはAI、量子、バイオ、宇宙、核融合など、将来の成長を狙う領域。守りはセキュリティ、通信、防衛、防災、エネルギー安全保障といった、社会の安定を支える分野です。
政府はこれらを総称して「危機管理投資」と呼んでいます。AIをはじめとする先端分野への投資を通じて、経済成長と国家安全保障を同時に実現するという構想です。そして、AIはその両輪の中心に位置付けられています。つまりAIは攻めの技術であり、守りのインフラでもあるのです。
●「AIを作る」層──主権技術としてのAI開発
「AIを作る」層とは、生成AIモデルや基盤技術を開発する企業や研究機関を指します。PFNや楽天などの国産LLM開発企業がこれに当たります。国産AIの開発は、データ主権の確保や安全保障上の観点から国家戦略の中核とされており、攻めの経済対策の象徴といえるでしょう。
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ただし、この領域はGPUリソースや電力、研究開発コストが膨大で、投資効率は低く、政府支援がなければ継続が難しい構造です。政策的には攻めの象徴ではありますが、民間単独での収益化は難しく、国家主導の長期投資が欠かせません。
トランプ政権の移民政策がもたらすAI人材の地殻変動
この「AIを作る層」は、国際人材の流動性に最も影響を受ける領域です。トランプ政権による外国籍労働者の制限強化、「H-1Bビザ」(特殊技能職向けの短期就労ビザ)の手数料高騰などが、AI人材のグローバルな移動に大きな波紋を広げています。
米国の受け入れが狭まることで、インドや東欧、アジアの研究者が欧州連合(EU)やカナダに流れる傾向が強まっています。日本にとっては、AI人材を受け入れる側に回る好機です。アジア圏の高度人材を積極的に受け入れ、AI・量子・半導体の国家プロジェクトと連動させることができれば、国産AIの開発力を高めるチャンスとなります。
しかし同時に、経済安全保障の観点から外国籍研究者へのアクセス制限や身元審査の強化が進む可能性もあります。開かれた研究環境と安全保障上の制約のバランスを取れるかどうかが、日本のAI主権の命運を左右します。もし過度に保守的になれば、優秀なAI人材はEUやカナダへと流出するでしょう。
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●「AIを組み込む」層──DXの第2幕としてのAI実装
次に、他社のAIを活用し、業務やサービスに組み込む層があります。SIerやSaaS企業が中心で、DXの文脈を引き継ぎながら「AI+RPA+ERP(企業資源計画)+CRM(顧客関係管理)」といった業務特化型ソリューションを拡張しています。ここが、政策的にも経済的にも最も現実的な成長軸です。
AIを直接開発せずとも、組み込みによって新しい価値を生み出す。これは日本企業の強みであり、「攻め」と「守り」をつなぐ橋渡しのポジションです。高市政権が意欲を示す減税や即時償却措置の恩恵を最も受けるのもこの層でしょう。
この分野では、AIによる業務効率化だけでなく、セキュリティやガバナンスへの投資が不可欠になります。AIが社内に浸透するほど、情報管理やアクセス制御のリスクも増大するためです。結果的に「AI導入」と「セキュリティ強化」は表裏一体の課題になります。
●「AIを使う」層──社会実装としてのDX
エンドユーザーとしてAIを活用する層は、製造、物流、医療、行政など幅広い業界に広がっています。生成AIによる文書要約、問い合わせ自動化、コード補完などの導入が進み、企業の生産性を直接引き上げています。
この層は「守りの投資」に分類されますが、短期的な成果が出やすく、経済効果も大きくなります。特に高市政権が掲げる「企業規模を問わない設備投資促進税制」は、中小企業にもAI導入を後押しする可能性があります。
ただし、AIを安全かつ持続的に活用するには、データ品質・業務統制・情報セキュリティの基盤整備が欠かせません。AI活用を支えるDXの“地味な部分”にこそ、次の投資機会があります。
セキュリティ分野への波及も
AIの躍進や、高市政権が打ち出す保守的な政策や防衛意識の高まりは、セキュリティ業界にとって大きな追い風です。AIによって攻撃の自動化や巧妙化が進む一方、防御側もAIで精度を高める時代に入りました。「セキュリティ×AI」という領域が急速に拡大し、AI攻撃検知、フィッシング対策、ログ解析自動化といった分野が注目されています。
AIを導入する企業ほど、セキュリティ投資が避けられなくなります。情報システム部門やCSIRTは「防衛参謀」だけでなく「AI導入推進」の役割も担うようになるでしょう。
●政策が狙うのは「組み込み×活用」の掛け算
高市政権のAI政策は、表向きには「AIを作る国策」に見えます。しかし、短期的な経済効果や投資効率という観点で見ると、政策が最も重視しているのは「組み込む×使う」の領域であると筆者は予測しています。
AIを組み込む企業がDXを拡張し、エンドユーザーがそれを使うことで、GDPを押し上げる循環が生まれます。実際の予算や税制支援もこの層に集中しており「作る層」が方向を示し「組み込む・使う層」が経済を回す構造になっています。つまり、日本は「AIを作る国」を目指しながら「AIを使いこなす社会」へと進もうとしているといえるでしょう。
その成否を握るのは人材と制度の柔軟性です。トランプ政権の政策変化によって世界のAI人材の地図が動く今こそ、日本が柔軟な受け入れ体制を整えれば、アジアのAI研究者やエンジニアが集まる新たな拠点になり得ます。
AIとセキュリティ、攻めと守り、国内と国外。これらのバランスを取りながら、「作る」「組み込む」「使う」の3層が分業と連携で動くことが、これからの日本のIT産業に求められる姿です。高市政権の政策は、その変化のスタートラインに立っているといえるでしょう。
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