経営者の竹田淳子さんやる気や集中力、快感のもととなる脳内物質・ドーパミン。しかし、スマホなど“ジャンクな刺激”に浸かりきった現代人はその本来の効果をムダにしているという。では、正しくドーパミンを活用して、最高の幸福感を得るにはどうすればいいのか? 脳内物質の仕組みを理解し、戦略的に“脳汁”を放出する方法を伝授しよう!
◆約20年間にわたって覚醒剤漬けの生活
ドーパミンは幸せに生きるカギだが、使い方を誤れば中毒化する諸刃の剣でもある。その最たる例が薬物依存症だ。しかし、その強烈な刺激のループから抜け出して、“もう一つの脳汁”という幸せを見つける人もいる。
「楽しみや快楽って、追い求めるほど欲しくなるし、キリがないでしょ。それよりも静かに瞑想して、『あのどん底に比べたら、今が十分に幸せ』と思えると、新たな“脳汁”が出るように感じるんです」
柔和な笑みを浮かべる竹田淳子さん(55歳)だが、実は神奈川県川崎市を拠点とする暴力団組長の娘として生まれ育ち、約20年間にわたって覚醒剤漬けの生活を送っていた過去がある。
「薬物の初体験は13歳。父親はヤクザの組長だったので、すぐに手を伸ばせば覚醒剤がある家庭環境でした。親が扱っているものだし、違法という感覚もずっと薄かった」
◆薬物を手に入れる太いルートもお金もあった
その後、長きにわたり覚醒剤は生活の一部となった。
「その後結婚した元夫の人脈も含め、薬物を手に入れる太いルートもお金もあったので、入手には困らない生活でした。なので、離脱症状が起こる前に打って、血中濃度を一定に保っていました。“シャブ中”といえば効果が切れた瞬間に人格が豹変するようなイメージがあるかもしれませんが、そういったこともなかったです。一般の人が仕事に行く前にコーヒーを飲んでシャキッとする感覚に近いかな」
◆新たな交友関係が更正のきっかけに
しかし、33歳のとき逮捕され、余罪も含め4年にわたる獄中生活を送ることに。そんな竹田さんを救ったのは、意外にも「アメブロ」だった。誰にも話せない出所後の苦しい心境を吐露するために匿名ブログを始めたのが、思わぬ契機になったという。
「洗いざらい書いていたら、読者が少しずつ増え、やがて過去を否定せず話を聞いてくれる人が現れだしたんです。その読者のなかには当時勤めていたスナックに遊びに来てくれた人もいたりして、普通に接してくれた。刺激にとらわれない交友関係を築いていくうちに、『また手を出したらこの人たちを悲しませる。彼らに見合うようになろう』と思い始めて。また、息子の存在も大きかった。『長生きしてね』という言葉に救われて、改めて強く薬をやめようと決意しました」
今では講演会で自身の半生を語る彼女だが、依存から脱するために大きかったのは環境の変化。再び薬物に手を出しかねない“トリガー”になりそうな要因を徹底的に排除したという。
「今も後遺症でカフェインを摂ると、大量に汗をかいたり、ろれつが回らなくなったりする。だからなるべく刺激物を避けて生活をしています。それに、薬物依存の過去を包み隠さず話していると、まるで心が浄化されていくような快感を覚えることがあるんです。なんというか、自分の過去の汚点が誰かの役に立つと感じられることで、脳から別の種類のドーパミンが出ているのかもしれませんね(笑)」
◆80%の時点で満足できるようになった
最近の趣味は推し活とおいしいものを食べること。しかし「それもほどほどでいい」と竹田さんは語る。
「なんでも100%を追い求めようとすると、次々と欲しくなって際限がなくなる。だから今は80%の時点で満足できるようになりましたね。そのためには過去を振り返り、自分を見つめ直す。すると、ごく普通の日常がこの上なく幸せに感じられるんです。今は何か特別なことをしなくても、生きてるだけで日々幸せなことがたくさんある」
刺激を追い求めた末に「足るを知る」境地に至った竹田さん。その壮絶体験には脳汁に溺れずに人生に生かすための教訓が詰まっている。
【経営者 竹田淳子さん】
1970年生まれ。壮絶な半生は漫画化や舞台化も。現在は出所した人を支える自立準備ホームの寮母や若者の悩みの相談役も務める
※週刊SPA!11/11発売号より
取材・文/週刊SPA!編集部
―[人生を楽しくする[脳汁☆大放出]メソッド]―