画像提供:マイナビニュース2025年10月1日に始まった米連邦政府機関閉鎖は、市場はドル安・円高に傾きやすい情勢が続きました。それでもドル円は150円割れ目前から持ちこたえ、足元では154円前後まで戻しています。背景には、FRBの利下げ観測に加えて、高市政権の財政拡大方針が"ドルの下支え役"として働いたことがあります。政治リスクが通貨を揺らす中、市場は何を織り込み、どこへ向かうのかを整理していきます。
○為替市場への影響
米連邦政府機関の閉鎖は、トランプ政権下で共和党と民主党の対立が激化する中、予算交渉が行き詰まったことが原因でした。
具体的には、共和党が推進する「Rescissions Act of 2025」による歳出削減案に対し、民主党が医療補助プログラム(ACA)の補助金延長を求め、合意に至らなかったことが背景にあります。
連邦職員の約67万人が無給休職、73万人が無給で勤務となり、合計約140万人が影響を受け、経済全体にも波及しました。
議会予算局(CBO)によると、閉鎖の長期化は10〜12月のGDP成長率を最大2ポイント押し下げる可能性があり、恒久的な損失額は7〜14億ドル(2025年ドル建て)と推定されています。
こうした政治的不確実性は、為替市場に即時的な影響を及ぼしました。米ドル(USD)の安全資産としての地位は揺るぎ、主要通貨に対して下落傾向を示しました。
特にドル円相場では、閉鎖開始直後の10月上旬に153円台後半から下落が始まり、10月中旬には一時150円を割れる場面もありました。これは、閉鎖に伴う経済データの公開遅延が、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策見通しを不透明にしたためです。
通常、非農業部門雇用者数(NFP)や消費者物価指数(CPI)などの指標が市場のボラティリティを左右しますが、データ公開の先送りによりトレーダーのリスク回避姿勢が強まりました。
一般的に政府機関閉鎖はドル売り要因となりますが、10月に誕生した高市政権の財政拡大路線がドル下落を抑制し、USD/JPYは11月14日時点で約154円前後と推移し、大幅な下落には至りませんでした。
○歴史的比較と市場の反応
過去の事例でも、政府機関閉鎖は為替市場に短期的な変動をもたらしています。2018〜2019年の35日間閉鎖時には、米ドル指数(DXY)が約1%下落し、USD/JPYは一時3円以上の円高となりました。今回も同様に、閉鎖長期化への懸念が米ドルの魅力を削ぎ、円やスイスフラン(CHF)などの安全通貨への資金シフトを促しました。
さらに、ミシガン大学の消費者信頼感指数が11月に50.3まで低下し、3年半ぶりの低水準を記録。航空交通管制員の不足によるフライトキャンセルの急増(11月8日時点で1,500便超)もあり、旅行需要の減退が消費関連データの悪化懸念を強め、ドル安圧力が高まりました。
○各通貨への波及
為替市場全体への影響も顕著でした。ユーロ/米ドル(EUR/USD)は閉鎖開始後に1.15ドル台を突破し、米ドルの弱含みを反映して上昇。一方、オーストラリアドル(AUD)やニュージーランドドル(NZD)などの資源国通貨は、米経済減速懸念から下落圧力を受けました。
Reutersによると、ドルは主要通貨バスケットに対して数週間にわたる下落を記録し、雇用統計発表遅延を通じてFRBの利下げ期待が高まりました。FRBは10月29日に25ベーシスポイント(bp)の利下げを実施し、フェデラルファンド金利を3.75〜4.00%のレンジに引き下げましたが、FRBメンバーの発言を受け、12月追加利下げの確率は54%まで低下。この点が、足元のドル円相場の底堅さに寄与しています。
○日本経済への波及
日本経済への影響も無視できません。日本は米国債の最大保有国(保有額約1.15兆ドル)であり、閉鎖による債務上限問題の再燃を警戒しています。
財務省のデータ公開停止は、貿易収支や投資フローの分析を妨げ、円のボラティリティを高めました。
また、日銀(BOJ)の9〜10月の議事録では、一部委員が利上げ条件の成熟を指摘しており、円売りを鈍化させる要因となっています。
○閉鎖の終結と市場の反応
政府機関閉鎖は11月12日深夜、ドナルド・トランプ大統領が共和党主導の短期資金法案に署名したことで終了。連邦政府の資金は2026年1月30日まで確保されました。
この法案は民主党の一部が賛成に回ったことで可決され、Bloombergが報じた「終結の見込み」が現実となりました。
閉鎖終了後の市場はリスクオフからリスクオンへと転じ、株式市場は上昇基調を示しましたが、事前に織り込みが進んでいたため利益確定売りも見られ、現在は調整局面にあります。為替市場では、FRBメンバーのタカ派発言を受けた12月利下げ確率の低下がドル買いを誘発し、ドル円は強含みとなりました。
○今後の見通し
閉鎖の終結により市場の警戒感は和らぎつつありますが、データ公開遅延による「空白」を埋める修正値発表が注目されます。
米経済の回復期待と高市政権の財政拡大路線を背景に、USD/JPYは156円突破の可能性もあります。ただし、ACA補助金の扱いを巡る交渉は継続中であり、1月以降の政治リスクは残存します。
CBOの試算では、閉鎖がさらに2週間続けばGDPを0.5%押し下げ、市場全体のボラティリティを高める可能性がありましたが、12日に閉鎖が解除されたことによりその影響は最小限にとどまったとみられます。
市場参加者は12月のFRB会合を注視すべき局面です。雇用データの遅延が解消されれば利下げペースの鈍化がドルを支える一方、データ悪化が続けば追加利下げでドル安が進行する可能性もあります。ただし、現在のタカ派トーンが利下げ期待を抑え、ドル強含みを維持する公算が大きいでしょう。
歴史的に、閉鎖終結後の市場は1週間以内に平均1%ほど反発する傾向があります。ただし今回は、データ空白が複雑化しており、政策判断の遅れが相場安定化の時期を左右する可能性があります。
○まとめ
今回の米政府期間閉鎖は、為替市場にリスクオフのムードをもたらし、ドル安・円高圧力となりました。
政治的対立が長期化したものの、最終的に合意形成に至ったことで市場は回復基調に転じています。
投資家は今後、経済データ公開再開やFRB高官発言をトリガーとしてポジションを調整し、慎重な運用を心がけるべきでしょう。今回の事例は、米政治の分断が国際金融の安定性に及ぼす脆弱性を改めて浮き彫りにしたと言えます。
藤田行生 SBI FXトレード株式会社 代表取締役社長。神奈川県相模原市出身、中央大学経済学部卒業。改正外為法施行後の1999年から国内黎明期のFX事業において主に外国為替ディーラーとして従事。2008年5月SBIグループでの本格的なFX事業立ち上げのため、SBIリクイディティ・マーケット(株)の設立に尽力。為替ディーリングやシステムなどの責任者を務め、2020年6月SBIリクイディティ・マーケット(株)取締役副社長に就任。その後SBIグループのFX専業会社である、SBI FXトレード(株)代表取締役社長に就任し、現在に至る。 この著者の記事一覧はこちら(藤田行生)