
「時代を振り返るとき、『令和は長谷川あかりだった』と思っていただけるようにレシピで人の役に立ちたい」
こう語るのは、料理家の長谷川あかりだ。一見大胆に見える発言だが、彼女の目には確かに、料理を取り巻く時代の潮流が見えている。2022年にレシピ投稿を始めてから約3年。「バター酒蒸しハンバーグ」のレシピを紹介したX投稿は、2.2億インプレッション超(2025年11月4日現在)と大バズり中だ。ファッション誌での連載も持つ彼女は今、新たなステージへと踏み出そうとしている。
目指すのは「自走できる状態」
「レシピって本当に数が必要なのか、ずっと考えていて」と長谷川は言う。レシピを発信する立場でありながら、彼女が目指すのはレシピの量産ではない。
「料理がある暮らし方とか、生き方とか、料理を通じて得られるもの。私のレシピを何個か作ったことによって、皆さんが自走できる状態になっていくのが理想」
彼女のレシピには明確な特徴がある。本格料理でも時短でもない「中間の料理」。「ずぼら・時短料理でもなく、かといって360度どこから見ても完璧な丁寧料理でもない。そんな両極では語りきれない"新時代の家庭料理"」と長谷川は表現する。一人暮らしや少人数向けで、自分のスタンスを決して崩さない。「四人家族向けの大味のレシピを作ってください、というオファーは基本受けられない」と断言する。それは、自分のレシピに合う人と合わない人がはっきり分かれることを意味する。
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だが今年、彼女は大きな転換を図った。9月からYouTubeとポッドキャストを開始したのだ。「レシピだけじゃなく、考え方や人となりごと伝えて興味をもっていただくことで、長谷川が言うなら作ってみようとなれば、毎日いろいろなレシピを追いかけ続けなくで済むんじゃないか」。レシピという「点」ではなく、料理観や生き方という「線」を伝える。それが彼女の新たな挑戦だ。
「外枠だけ渡して、あとは塗り絵のように」
長谷川のレシピ作りは、パソコンに向かうことから始まる。この習慣は今も変わらない。だが、レシピの方向性は少しずつ変化している。
「初期のレシピを見ると、よくこんな面倒くさいの出してたなって思う」と彼女は笑う。当初は、自分と同じような感覚を持つ人たちに向けて、かなりターゲットを絞ったレシピを発信していた。だが今は「私のレシピを二、三個作ってもらったら、多分自走できるなっていうレシピばかり出している」。
彼女が例えるのは「塗り絵」だ。「外枠だけ渡して、あとは皆さんで絵を塗ってほしい。皆さんが勝手に『これ長谷川あかりっぽいな』と思いながら料理を作っていける、そんな骨組みを提供したい」。完成されたレシピではなく、応用可能な料理の考え方。それが長谷川のレシピの核心だ。
実際、彼女のフォロワーからは「材料を投稿したときに『あ、これ何とかのレシピですね』とDMが来る」という。音楽で言うところのイントロ部分だけで、長谷川のレシピだとわかる人がいる。
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代表例が「バター酒蒸しハンバーグ」だ。『つくりたくなる日々レシピ』の表紙を飾るこの一品は、まさに長谷川流の「新時代の家庭料理」を体現している。 「消費されていかない、後世に残る普遍的・印象的なレシピをどれだけ作れるかが私の課題」と彼女は語る。
時短ブームの"揺り戻し"を読んだ眼
長谷川の特徴は、時代の潮流を鋭く読み取る視点にある。彼女は料理家になろうと決めたとき、ある予言を立てていた。
「時短・簡単の大ブームから、また揺り戻しが絶対来ると本気で思っていた」
その予言は的中した。せいろブームに象徴されるように、時短・簡単を追求する流れから、手間をかける料理への回帰が起きている。長谷川はこの変化を「体験価値」というキーワードで説明する。
「若い世代もタイパ・コスパみたいな思考に少し疲れてきたんじゃないかな。抹茶を立てるとか、美術館に行くとか、ただ消費するんじゃなくて、体験に価値を見出す動き。その中で料理が体験の領域に入ってきた」
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長谷川の料理は、まさにこの「体験」を提供する。「作った人が『長谷川あかりの料理を作った』と周りに言いたくなるくらい、私の料理を作ったという体験が大事だと思ってもらえたら」。彼女のフォロワーがSNSで「#長谷川あかり」とタグをつけて料理を投稿するのは、単なるレシピ再現ではなく、一種の体験の共有なのだ。
この視点は、師匠である有賀薫からの影響も大きい。スープ作家として知られる有賀は「料理を簡単に済ませたい気持ちと、料理を楽しみたいという気持ちの両方を満たしてくれるスープのレシピを使って、忙しい現代人の生活に寄り添う暮らしの提案をしてきた」と長谷川は語る。「そういう需要が拡大したのを、私が一冊目の本を出した頃に感じました。中華粥が最初にバズって驚きつつも、やっぱり来るなと思った」
SNSでバズった「本格魚介中華粥」
届けるべき人に、本当に届いているか?
活動の幅が広がる一方で、長谷川には悩みもあった。
「レシピを届けるべきところまで、本当に届けられているのか」
彼女のレシピは、スタンスを崩さないがゆえに、合う人と合わない人がはっきり分かれる。従来の活動では、すでに合う人たちには十分に届いていた。だが「お互い合わないよねって思いあってた人」には届いていなかった。
「全然合わないっていうご批判も承知の上、覚悟の上で。でも多分合わないよねとお互い思っていた人の中に、きっと私の料理で解決できることが実はあったみたいな人が、絶対たくさんいると信じている」
この課題を解決するために、彼女はYouTubeとポッドキャストという新しいメディアに挑戦した。X(旧Twitter)や料理雑誌、料理番組では届かない層へのアプローチ。「もうちょっと自分で攻めないと、広がるものも広がらない」。この言葉には、受動的に仕事を受けるだけでなく、能動的に発信していく決意が込められている。
アジアへ、そして未来へ
長谷川の視線は、すでに日本を超えている。「韓国語訳のレシピ本とか、台湾とか、アジアに広げていきたい」
実際、彼女のXには韓国語の引用リツイートが増えている。「韓国の方のライフスタイルにも、私のレシピが合うのかも」。料理を通じた文化交流。それは、彼女の野望の一端でもある。
「夢は大きく、目の前のことは欲張らず」
と長谷川は言う。だが同時に「とにかくいただいたもの、求められているものを誠実にやっていきたい」とも。壮大な野望を持ちながら、目の前のレシピ一つ一つを大切に作り続ける。そのバランス感覚こそが、長谷川あかりという料理家の強さなのかもしれない。
時短ブームの揺り戻しという潮流の中で、長谷川は「新時代の家庭料理」を通じた暮らし方を提案する。それは単なるレシピの提供ではなく、料理のある生き方、自走できる料理の考え方の提示だ。「令和は長谷川あかり」という野望は、決して空想ではない。料理が消費から体験へと変わるこの時代に、彼女は確かに新しい料理文化を築きつつある。
【長谷川流・3つの哲学】
「外枠だけ渡す」- 完成されたレシピではなく、応用可能な料理の考え方を提供
「時代の潮流を読む」- 時短ブームの揺り戻しを予見し、体験価値を提示
「能動的に発信する」- YouTubeとポッドキャストで、届かない層へ攻める
長谷川あかり(はせがわ あかり)
料理家・管理栄養士
10歳から20歳まで子役・タレントとして活動。大学で栄養学を学んだ後、SNSで手軽かつオシャレなレシピを発信し、瞬く間に人気料理家に。料理雑誌、ファッション誌、WEB、テレビなどで幅広くレシピ開発を行う。11月25日にパーソナルムック『DAILY RECIPE Vol.4』(扶桑社)を発売。近著に『わたしが整う、ご自愛ごはん 仕事終わりでもサッと作れて、じんわり美味しいレシピ30days』(集英社)、『シンプルだから悩まない! ワンパターン献立』(ダイヤモンド社)がある。
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