
『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今回は30歳・派遣社員のお仕事ものからオカルトバディ小説まで、5タイトルをセレクト。
【写真】インタビューに答える集英社「オレンジ文庫」の手賀美砂子編集長
■桑原水菜『荒野は群青に染まりて ―赤と青―』(集英社オレンジ文庫)
『荒野は群青に染まりて』は、「炎の蜃気楼」シリーズが人気の桑原水菜が手掛ける、敗戦直後という混乱期を生きる男たちの物語。本作は三ヶ月連続刊行の最後を飾る、番外編短編集である。
物語は朝鮮の京城生まれの少年・群青と、大陸で満鉄に勤めていた赤城という、引揚船の中で出会った二人を中心に進む。引揚船の中で母が行方不明となり身寄りがなくなった群青と、群青の母から遺書を託された赤城は、焼け野原の東京で出会った戦争孤児の勇吉・佳世子という兄妹と生活を共にし、互いに支え合いながら生き延びていくのである。桑原作品の魅力である男たちの熱い絆に加えて、疑似家族ものや石鹸作りを題材にしたビジネス要素も入っており、激動の時代を舞台にしたヒューマンドラマとしても楽しめる。これまで桑原作品を読んだことがない人にもお薦めしたいシリーズだ。
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短編集には、「焼け跡のひなまつり」「マムシとりんご」「B・B・B 〜ブルー・ブラザーズ・ブギ〜」「アカマツの聳える丘で」の四編が収録。中でも「焼け跡のひなまつり」には、敗戦直後の生々しい空気感が刻まれており、相手を大切にしているからこそ生まれるすれ違いに胸を締め付けられる。彼らの生きる姿は泥臭くも美しく、読後には切ない余韻と希望の灯が心にともるだろう。
■御厨翠『上司が眼鏡を外すとき』(ベリーズ文庫with)
スターツ出版の恋愛小説レーベルのベリーズ文庫から、「恋はもっと、すぐそばに。」をコンセプトに日常の中の恋を描く「ベリーズ文庫with」が2月に新創刊された。ラインナップの一冊『上司が眼鏡を外すとき』は、仕事に厳しい冷血漢な上司との想定外の同居から始まるオフィスラブ小説である。
IPビジネスを手掛ける会社に勤める涼風は、入社5年目を迎えて主任としてチームを任されている。だが何度プレゼンしても、“絶対零度”と恐れられる部長代理の向坂に却下されてしまい、なかなか企画を通すことができない。とはいえ、向坂は言葉こそ厳しいが、指摘はすべて的を射ており、涼風は理想の上司だと内心で尊敬していた。デキる上司に食らいつこうと仕事を頑張る涼風だったが、向坂との出張を終えた日の帰路、家を空き巣に荒らされるという突然のトラブルに見舞われてしまう。呆然とする涼風に対し、自宅に一部屋空きがある向坂は一時的な居候を提案するのだった。
互いの仕事を尊敬する上司と部下が、思いがけないきっかけで同居を始め、思わぬ素顔に触れる中で少しずつ思いを深めていく。ベタな設定ゆえの王道の面白さと、丁寧に描かれた感情の揺らぎ、そして仕事にも恋にも誠実であろうとする二人の姿は共感を誘う。冷たいと評判の男が見せる素顔と優しさのギャップに、ぜひときめいてほしい。
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■青木祐子『派遣社員あすみの家計簿4』(小学館文庫キャラブン!)
テレビドラマ化された『これは経費で落ちません!』で知られる作者が手掛ける、もう一つのお仕事小説第4弾。
藤本あすみ、28歳。新卒で就職した会社に正社員として勤めていたものの、恋人の理空也との結婚を機に寿退社した。ところが理空也は詐欺師で、残されたのは二人の贅沢で作った借金だけ。浪費家で貯金ゼロなあすみは友人たちから助言を受けながら生活を立て直し、さまざまな仕事をこなしてサバイブしていくのである。
第4巻のあすみは30歳となり、人気IT企業サニークレイルでの派遣が二年目に突入し、正社員も視野に入ってきた状態だ。派遣に加えて副業として手伝い始めたスタートアップ企業「リモバス」の広報の仕事も手掛け、正式に広報に加わらないかとスカウトを受ける。安定性のある正社員を目指すか、スタートアップに賭けるか悩むあすみの前に、彼氏・豊加との結婚というさらなる問題も浮上して――。
第1巻のたよりないあすみの姿を見てきた読者にとって、本巻の彼女の成長ぶりには胸が熱くなるだろう。とりわけリモバスの中での登録者の目線に寄り添った姿勢や、使われる者としての仕事観にははっとさせられた。とはいえトラブルに巻き込まれがちな体質は相変わらずで、ラストの怒涛の展開は衝撃的である。さらなる波乱を予感させる第5巻への期待がより一層高まった。
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■木月陽『レディ・バレットは恋の設計図を知らない 白皙の機械人形とはじまりの心音』(富士見L文庫)
“からくり仕掛けの人形と人間との恋”は、昔から偏愛している題材の一つである。中でもとりわけ好きなのが、少女小説の中に機械人形(オートマタ)要素を絡めた作品だ。メカニカルな世界観や機械工の少女、謎めいた美形の機械人形など、私好みの要素が詰まった本書を同好の士のために紹介したい。
深く掘られた鉱山の中に築かれた階層状の地下都市ノーサンギア。ここでは動力機関の実用化を支える鉱石の「記憶石」で動く機械たちが、人々の生活を支えていた。機械工のハリエットは機械の修理を手掛けるだけでなく、機械の暴走を止める機械専門の「殺し屋(メカニック)」としての顔も持っている。ある日、彼女のもとに人間と見紛う精巧で美しい機械人形のセブンスが現れる。彼は自分が暴走状態にあると言い、解体を頼むのだった。おりしもノーサンギアでは、機械が謎の暴走を起こす事件が多発していた。ハリエットはセブンスの問題と機械の連続暴走事件が繋がっていると考えて、二人で解明に乗り出すのだが――。
美貌の自動人形との同居や、執事として働くセブンスの姿など、女性の心をくすぐる設定の中で、「機械が感情を得たとしたら」というロボットものにおける古典的で普遍的な問いかけがなされている。機械と人間がお互いの心に手を伸ばした先に生まれる美しい景色は、読者の心にもバラ色の祝福を与えるだろう。
■編乃肌『深夜バイト(※怪異あり)にご注意を』(光文社キャラクター文庫)
テレビアニメ化もされた『傷だらけ聖女より報復をこめて』などで知られる著者が手掛ける、オカルトバディ小説。
中学時代に交通事故に遭ったハジメは、家族の中で唯一命を取り留めるも、事故の記憶がトラウマとなって陽の下を歩けなくなり、さらには霊感体質に目覚めてしまう。夜間定時制高校を卒業後は、深夜の短期バイトでなんとか食いつなぎながら暮らしていた。
ハジメが登録している派遣会社は、高額だが怪異が絡む危険を伴う仕事をたびたび彼に回してくる。ある夜、警備員のバイトで訪れたビルに閉じ込められてしまったハジメは、そこで撮影中のオカルト系動画配信者・清見と出会い、協力によって無事脱出に成功する。登録者数100万人のイケメンオカルト系動画配信者「KK」として活躍する清見と、悪運と生存本能が強いハジメは、以後さまざまな怪奇事件に関わっていくことになるのであった。
オカルト要素×凸凹コンビのバディを盛り込んだ本作では、脱出できないオフィスビルや、コンビニに現れる謎の赤い女・アカナシ様をめぐる怪異、テレフォンオペレーターの闇など、さまざまなバイトと事件が登場する。どの事件もゾッとした後味を残すが、事件を通じて結局人間の心が一番怖いと思い知らされる点が一番恐ろしい。だからこそ、ハジメと清見の間の絆と友情が、より一層尊くてまぶしく思えるのである。
(文=嵯峨景子)
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