専門家の頭脳を再現する“AIツイン”で勝負 シンガポール発スタートアップ「Wizly」の実力は?

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2025年11月29日 21:30  ITmedia ビジネスオンライン

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ウィズリーの創業者兼CEO サミール・カデパウン氏(右)と、共同創業者でコミュニティマネジメントおよびパートナーシップ責任者のプジャ・バルワニ氏(左)

 インターネットやSNSに加え、AIの発達によって、かつてないほど膨大な情報に囲まれるようになった。検索すれば答えが見つかり、AIが瞬時に解説を生成する時代だ。その一方で、「何を信じるべきか」「本当に価値ある知識とは何か」という根本的な問いは、むしろ深刻さを増している。


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 特にビジネスの領域では、知識や情報が長年、一部のコンサルティング会社や大企業に支配されてきた。専門家の知見にアクセスするには高額なコストがかかり、その結果、情報はサイロ化され、外部からは閉ざされた状態にあった。こうした構造のもとで、企業同士だけでなく、専門家とその知を求める人々との間にも、深い知識の非対称性が生まれていた。


 この知の偏在を変え、誰もが信頼性の高い知識に触れられる世界を実現しようとしているのが、2022年にシンガポールで設立されたスタートアップWizly(以下、「ウィズリー」) である。


 同社は、世界中の専門家やビジネスリーダーの知見を「AIツイン」としてデジタル化し、信頼できる知識を誰もが活用できる形に変えるプラットフォームを提供している。企業はこれを活用してリアルタイムに信頼性の高い意思決定をできる一方、専門家やコンサルタントは自らの知見をAI化し、グローバルに共有・収益化することが可能だ。すでに米国、アジア太平洋地域、中東など1000人以上の専門家が参加しており、今後は日本市場への本格展開も見据えている。


 今回は、ウィズリーの創業者兼CEOであるサミール・カデパウン(Samir Khadepaun)氏と、共同創業者でコミュニティマネジメントとパートナーシップ責任者のプジャ・バルワニ(Puja Bharwani)氏に、創業の背景と彼らが描く知識経済の未来について話を聞いた。


●「知識を民主化する」 Wizlyが掲げるビジョンとは?


 創業者兼CEOのサミール氏は、インド出身の連続起業家だ。これまでにインドとシンガポールで2つのグローバルテック企業を生み出してきた。彼が次に挑んだのは、「知識へのアクセスそのものを再構築する」ことだったという。


 「これまで、専門的な知識は限られた大企業やコンサルティング会社に囲い込まれてきました。ウィズリーは、人間の知をAIが学び、共有し、広げていくことで、誰もが必要なときに正しい知識へアクセスできる世界をつくりたいと考えています」


 その理念の核にあるのが、「Democratization of Knowledge」(知識の民主化)という考え方だ。知識を一部の組織が独占するのではなく、専門家と企業、そして社会全体が公平に共有し、活用できる環境を築く。それがウィズリーの目指す方向である。


 一方、共同創業者のプジャ氏は、元ロイターのテレビジャーナリストとして、一般ニュースから政治・金融分野まで幅広い領域を取材してきたストーリーテラーだ。


 「情報はあふれているのに、本当に価値ある知識には簡単にたどり着けない。その知の断絶をどう埋めるか。それが私の原点でした」


 サミール氏がテクノロジー開発と事業戦略を統括し、プジャ氏がブランドとコミュニティマネジメントをリードする。異なるバックグラウンドを持つ2人の視点が交わることで、ウィズリーは確かな基盤を築き上げている。


●AIツインとは何か?


 そもそも、ウィズリーが提唱する「AIツイン」とは何なのか。一見、一般的なAIエージェントと似ているようにも見えるものの、その本質は全く異なる。


 まず「AIエージェント」とは、人間の手の代わりに作業を自動化するAIのことを指す。会議の設定、メール送信、データ整理など、日々のオペレーションを効率化する実務担当者のような存在だ。


 一方で「AIツイン」は、人間の頭脳の構造そのものをデジタル上に再現し、考え、答え、学び続けるAIである。人間の知識や経験、意思決定のプロセスを学習し、対話を通じて助言や洞察を提供するものだ。もともと“ツイン”という概念は、現実のモノやシステムを仮想空間に再現する「デジタルツイン」から発展したもので、AIツインはその対象を人間の知へと拡張したものといえる。


 サミール氏は、その違いを次のように説明する。


 「AIエージェントは作業を自動化する小さなアプリケーションのようなものです。例えば会議の招集やメール送信といったタスクを自動で処理します。一方でAIツインは、人間や組織の思考モデルをデジタル上に再現した存在です。あなたの代わりに考え、答え、学び続ける知の双子なのです」


 AIツインは、専門家や経営者の思考プロセスや判断の裏にある経験をもとに学習し、対話を通じて助言や洞察を提供する。さらに、将来的にはAIエージェントと連携し、スケジュール調整やレポート作成だけでなく意思決定の実行までを自動化することを目指している。


●AIツインプラットフォーム


 ウィズリーは、専門家の知識や経験をAIが学習し、企業や個人が実際に活用できる形で提供するプラットフォームだ。ユーザーは自身の資料、発言、音声データなどをアップロードすることで、自らの思考や判断プロセスを反映した「AIツイン」を生成できる。


 生成されたAIツインは、質問への応答や意思決定を支援する「デジタル上の知の分身」として機能する。企業はこれを通じて、専門家の知見にリアルタイムでアクセスし、戦略立案や市場分析、人材育成など多様なビジネス課題に応用できる。


 また、AIツインの利用実績に応じて専門家へ報酬が支払われる仕組みを採用しており、知識そのものが「使われるほど価値を生む資産」として循環するのが特徴だ。


 技術面では、RAG(検索拡張生成、Retrieval Augmented Generation)を基盤とし、ChatGPTやClaudeなどの汎用モデルを補完する。各専門家のデータを安全に統合・検索し、プライベート環境下で高精度な知識活用を実現しているという。


●AIツインが「働く」時代へ


 ウィズリーは2025年10月、AIツインを実践で使える知識へと進化させる大幅なアップデートを実施した。新バージョンでは、企業ユーザーがAIツインを通じて専門家の知見をレポート形式で自動生成できるようになり、戦略策定や意思決定に必要な市場データ、分析結果、専門家の見解を一体化して提供する。


 これにより、AIツインやその他の検証済み知識ソースから直接データを取得し、経営陣やチームは専門家に直接依頼することなく、即座に信頼性の高いインサイトを得られるようになった。さらに、AIツインが生成した内容をもとに、必要に応じて専門家本人とのミーティングや有料コンサルティングをワンクリックで設定できる機能も追加された。


 このアップデートによって、知識はもはや「保存されるもの」ではなく、働く資産として企業活動に参加する存在へと進化した。サミール氏はこう語る。


 「AIツインが実際に働く時代を迎えたと感じています。専門家の知識が動き、価値を生み出し、企業の意思決定を支える。それこそが私たちの目指す知識経済の姿です」


●日本市場への展開


 ウィズリーは今後、日本市場への本格進出を見据えている。シャルマ氏はこう語る。


 「日本には世界的に見ても豊かな知の資産があります。しかし、その多くが企業や個人の内部にとどまり、共有される機会が限られています。ウィズリーはこの“知識のサイロ化”を解き放ち、日本の知見を世界へつなげる橋渡しをしたいと考えています」


 同社は今後、日本市場への進出を目指す海外企業や個人向けに、知識共有と市場理解を支援するモデルとして展開していく計画もあるという。取り組みが具体的になり次第、成功事例もレポートしていく。


 AIツインによって、知識は静的な資産から動的なインフラへと進化する。AI時代において、人と知識の関係がどのように変化していくのか、その行方に注目していきたい。


(ベアーレ・コンサルティング 平野皓大、平野貴之)



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