
最近、毎月福岡に出張しています。行くたびに驚かされるのが、QRコード決済の普及ぶりです。屋台でもPayPayが使えるほどで、キャッシュレス決済はすっかり生活のインフラになっています。
一方で、ここ数年で急速に増えているのが「モバイルオーダー」。QRコード決済とは別の仕組みですが、どちらも“スマホで完結する体験”という点で共通しています。支払いをスマホで済ませることに慣れた結果として、注文までスマホで行うモバイルオーダーへの心理的ハードルも下がっているように感じます。
実際、福岡では個人店でもチェーン店でも、規模に関係なくモバイルオーダーを導入する店舗が増えています。昔ながらの焼肉店にまで導入されていて、「ここにも入っているんだ」と思うほど浸透していました。
注文受付や会計をスマホに任せられれば、少人数でも店舗を回しやすい。注文ミスが減り、キャッシュレスと組み合わせれば現金管理の負担も下がる。飲食店側にとってのメリットは多く、拡大しているのも納得です。
ただ、ある日の光景をきっかけに、私はモバイルオーダーがもたらしている変化が“業務効率化”だけではないことに気づきました。
|
|
|
|
ある日の夕食時、小さな焼肉屋に入りました。席に案内されると、店員さんがこちらを見ずに「QR……」とだけぽつり。おそらく「注文はスマホでお願いします」という意味ですが、あまりに自然すぎて、説明を軽く飛ばされているような感覚になりました。
少しして、70代くらいの男性が入店。メニューを開くのにも少し苦労していそうでしたが、店員さんは私のときと同じように「QR……」。男性はスマホを持っているようにも見えず、どう注文したらいいのか分からず戸惑っていました。
その様子に気付いた店長が厨房から出てきて、口頭で丁寧に注文を聞き始めました。状況に応じてアナログ接客に切り替える柔らかさもありつつ、「スマホ前提」の空気が世の中に広がっていることを実感する出来事でした。
この場面を見て、「モバイルオーダーは、フロントに立つ人の負担も変えているのかもしれない」と思うようになりました。
飲食店の採用は今とても厳しい状況です。アルバイトの母数は減り、待遇を大きく上げるのも難しい。そんな中で、「接客力が高い人」を前提にスタッフを集めるのは現実的ではありません。
|
|
|
|
しかしモバイルオーダーなら、注文や会計のコミュニケーションは最小限。ホールスタッフに求められるスキルの幅が狭くなり、結果として働ける人の層が広がります。
福岡で見かけた別の中華料理店では、フロア係はおらず、注文は全てモバイルオーダー。配膳と下げ膳だけが必要最低限の接客として残り、厨房からの声かけで店全体が回っていました。
コミュニケーション力に過度に依存しない仕組みは、採用の障壁を下げてくれます。モバイルオーダーは効率化ツールというより、「働ける人の選択肢を広げる仕組み」として機能しているのだと感じました。
東京に戻り、チェーンの中華料理店に入ったときのこと。店内には7〜8人のスタッフがいましたが、日本籍の人は1人だけ。他のスタッフはすべて外国籍でした。
案内はカタコト、日本語での細かい説明はやや難しそう。しかし注文はモバイルオーダー、支払いはキャッシュレス。細かいやり取りを技術が肩代わりすることで、多様なバックグラウンドのスタッフが働きやすくなっていると感じました。
|
|
|
|
QR決済とモバイルオーダーは本来別物ですが、QR決済の普及によって“スマホ操作に慣れている人が増えた”ことが大きく、結果として「店舗側も利用者側も、スマホ前提で接客の負荷を下げられる環境」が整いつつあります。
昔ながらの食券機も便利ですが、本体コストが高く、メニュー変更も簡単ではありません。その点、モバイルオーダーはスマホがあればすぐ導入でき、操作も柔軟に変更できます。キャッシュレス決済と組み合わせれば現金管理が不要になり、外国籍スタッフでも新人スタッフでも運用しやすい。
食券機が「機械を置くDX」だとすれば、モバイルオーダーは「お店全体の仕組みを変えるDX」。この違いは大きいと感じます。
福岡でも東京でも、飲食の接客が二極化しつつあるように思いました。高級店や家族経営店では手厚い接客が“価値”として残り、カジュアル店ではモバイルオーダー中心の“機能的な接客”に。
お客さんが求めるものも多様です。急いでいる日もあれば、人と話したくない日もある。丁寧な接客が求められる環境と、効率の良い仕組みで十分な環境が自然と分かれていくのは、時代の流れなのかもしれません。
モバイルオーダーは単なる利便性の仕組みではなく、働き手の幅や接客のかたちを広げる“働き方のインフラ”になりつつあります。
焼肉屋で「QR……」と言われたときは少し戸惑いましたが、あの瞬間に見えていたのは、外食産業が抱える課題に対して現場が見つけた一つの答えだったのだと思います。
これからの外食は、「人がやる接客」と「技術が担う接客」の線引きが、より明確になっていくはずです。モバイルオーダーはその象徴の一つであり、働く人と利用する人のどちらにとっても、選択肢を広げる存在になっていくと感じます。
久松剛
合同会社エンジニアリングマネージメント社長兼レンタルEM
IT開発組織づくりの水先案内人。合同会社エンジニアリングマネージメント社長兼レンタルEM。博士(政策・メディア)。IT研究職(動画転送、P2P)からビジネスに転身。ベンチャー3社で中間管理職を歴任。2022年に現職創業。大手からスタートアップに至るまで常時約20社でITエンジニア新卒・中途採用や育成、研修、制度設計、組織再構築、DevRelなどを幅広く支援。人材紹介会社やフリーランスエージェント、RPOの顧問も手掛ける。
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。