
東京ヴェルディ・アカデミーの実態
〜プロで戦える選手が育つわけ(連載◆第20回)
Jリーグ発足以前から、プロで活躍する選手たちを次々に輩出してきた東京ヴェルディの育成組織。この連載では、その育成の秘密に迫っていく――。
高校3年時に東京ヴェルディユースのキャプテンを務めた中野雅臣。彼が小学校卒業を前に、その後の進路にヴェルディのアカデミーを選ぶのにはまったく迷いがなかった。
ただただサッカーが楽しい――。それだけで十分だった。
とはいえ、現実的に考えて、物理的な距離の問題は決して小さくなかった。
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東京都稲城市にあるよみうりランドまでは、埼玉県さいたま市の自宅から電車で片道およそ2時間。「結果的に大変......だったのは母で、それまでは家の近くのクラブでやっていたので、ずっと『大丈夫か』って一番心配していました」。
実際、小学生時代に所属したクラブチーム、ネオスFCからは他にふたりの同級生がJクラブのアカデミーに進んだが、その進路は地元の浦和レッズと大宮アルディージャだったのだから、いかに中野の選択が変わっていたかがわかる。
中野は中学校の授業が終わると、母親と最寄り駅で待ち合わせをして、学校用のバッグとサッカー用のバッグを交換。「駅のトイレで着替えて、そのまま電車に乗って」よみうりランドに通う生活が始まった。
結局、サッカーのために往復4時間を要する生活は、アカデミーに所属した中学、高校時代はもちろん、プロになってからも続いたが、「自分的には大変だっていう気持ちはなかった」。中野は「今はできないなって思いますけど」と苦笑するが、当時は「全然苦にならなかったです」と振り返る。
「(授業が終わると)早くサッカーに行くぞ、練習に行くぞ、っていう感じでしたね。(練習後は)2個上の前田直輝選手(現サンフレッチェ広島)とか、1個上の安西幸輝選手(現鹿島アントラーズ)、澤井直人選手(現Criacao Shinjuku)が同じ埼玉だったので、途中まで一緒に帰っていました」
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中野が小学6年生だった当時、すでにヴェルディのトップチームに黄金時代の面影はなく、J2に降格していたが、そのことも「全然気にならなかった」という。
「どのカテゴリーだとかは関係なくて、自分が楽しいと思える場所が一番でした」
選手育成に優れた環境のなかで、中野は順調に成長を遂げていった。
高校2年生ではU−17日本代表にも選出され、2013年U−17ワールドカップに出場。「当時はすごく自信になっていました。そこ(代表活動)から戻ってきた時は、もっと上を目指そう、このままじゃダメっていう気持ちになりました」。
だがしかし、ユース年代最後のシーズンとなる2014年に待っていたのは、望まざる悲劇である。
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この年、ヴェルディユースが高円宮杯U−18プレミアリーグEAST(以下、プレミアリーグ)で苦戦を続ける一方、トップチームもまたJ2で不振にあえいでいた。
下位低迷が続き、J3降格危機にあったトップチームは、9月に監督の三浦泰年を解任。代わってトップチームを指揮したのは、それまでユースチームを率いていた冨樫剛一だった。有り体に言えば、ただでさえ苦しい状況にあるユースチームが、とばっちりを受けた格好である。
とはいえ、突如の監督交代にも「チームが動揺するようなことは全然なかった」と中野。「トップもかなり大変な状況だったので、どこかのタイミングで冨樫さんが(トップチームに)行くのかな、みたいな感じではみんなで話していました」。
だが、それでも一度失った流れを変えることは簡単ではなかった。
結局、プレミアリーグ制覇からわずか2年、高円宮杯U−18プリンスリーグ関東(以下、プリンスリーグ)への降格が決まったヴェルディユースは、10年の長きにわたり、雌伏の時間を過ごすことになったのである。
「自分が落としてしまったという意識は、すごくありました」
そう語る中野は、ユースチームからトップに昇格したあとも、そして今治FC、いわてグルージャ盛岡、レイラック滋賀FCと渡り歩くなかでも、ヴェルディユースの結果は「めちゃめちゃ気にしていました。ずっと見ていましたね」と明かす。
早くプレミアリーグに戻ってほしい――。そんな気持ちは、心のなかに深くとどまったままだった。
「プレミアリーグは、ヴェルディユースがいなければいけない場所だと思うので、早く上がってほしいという気持ち。それと、申し訳なさ。それはずっとありました」
はたして昨年、プリンスリーグをぶっちぎりで制したヴェルディユースは、プレミアリーグ参入プレーオフも勝ち上がり、10年がかりでプレミアリーグに復帰した。
その一報は、中野をどんな感情にさせたのだろうか。
そんなことを問うと、11年前のキャプテンは満面の笑みを浮かべ、間髪入れずに即答した。
「ホッとしました。めっちゃホッとしました」
(文中敬称略/つづく)
