
昨今、業務改革のためのAI活用を標榜(ひょうぼう)し、チャット型AIを導入する企業が増えている。その多くは、「人間がどのようにAIを活用したら、業務効率を高められるか」という問いを立てているのではないだろうか。
だが富士通のAI活用が意味するものは、それとは根本的に異なる。
「ITを強制的に変えることで、仕事の仕方、企業カルチャーまでがらりと変わる」──こう話すのは、富士通 執行役員専務 エンタープライズ事業 CEOの福田譲氏だ。同社は“人間レス”を前提とした業務オペレーションの再設計と、AIの恩恵を最大限に享受するための“AI-Ready”なデータ整備、そして組織文化の変革を目指している。
Sansanが提供する個人向け名刺サービスEightが主催した「AI-PAX(アイパックス)2025 第1回 AIの実践的な活用展」で、福田氏が講演した「富士通の変革プロジェクト『フジトラ』に学ぶ、AIファーストの作り方」の内容をもとに、AIファーストな組織づくりについて考えていく。
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●年に134万時間の業務削減 富士通流AI活用
福田氏は、2020年4月から2025年3月末まで、CDXO(最高デジタル変革責任者)として富士通の変革プロジェクト「フジトラ」(Fujitsu Transformation)をけん引してきた。フジトラとは、富士通が描く理想の姿と現在の姿とのギャップを埋めるために、顧客・従業員・経営・業務の4つを変革してAIドリブンな経営を実現しようというものだ。
こう書くと、なんだかふわっとした概念を語っているだけのようだが、決してそんなことはない。福田氏はITを、漫画『巨人の星』に登場した、日常的に着用することで筋力を鍛える架空のトレーニング器具“大リーグ養成ギプス”にたとえ、その本気度を次のように語った。
「みなさん、朝、PCが立ち上がらなければ、『これでは仕事にならない!』と大騒ぎになるでしょう? これはつまり、仕事はITによってデザインされているということ。逆に言えば、ITを強制的に変えることで、仕事の仕方が変わり、スキルやマインドセットも変わり、企業のカルチャーまで変わっていく。ITはいわば“大リーグ養成ギプス”なのだ。大リーグ養成ギプスをつけるように、強制的にITを変えることで自らを変えていく。この考え方で、富士通ではDXに取り組んでいる」(福田氏)
富士通ではグローバルのグループ全体で共通した生成AIプラットフォームを導入。チャットで手軽に使うような簡単なものから、業務用アプリケーションに組み込まれた本格的な活用まで、全て同じ基盤上で運用している。その総利用回数は1日に約38万回。AIによって効率化した時間は年に134万時間に及ぶというが、福田氏はこれに満足しない。
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「AIと言ってもチャットアプリケーションの活用が依然として多く、その効果には限界がある。本当の意味でAIの力を引き出すには、本業であるITソリューションサービスの約5000件のプロジェクトにAIを組み込み、人間が担っていた作業をAIが代替したり、人間の能力を超えるパフォーマンスを発揮したりする必要がある」と語り、「富士通ではすでに5000人以上の開発者がGitHub Copilotを活用しながら、あらゆる開発工程におけるAI実装に挑んでいる」と明かした。
●経営層の意思決定の場にもAIを導入
営業やマーケティングの現場でもAI活用は進んでいる。社内で開発された「Go-Teian」という提案書の自動生成や資料作成を支援するアプリケーションは、すでに多くの部門で導入が進んでいる。福田氏が率いる事業部門では、全員参加でAIを業務に組み込む実践型研修を月に1度の頻度で実施。「早く人間が最後の確認だけすればよい状態にまで持っていきたい」という。
他にも人事領域では、従業員向けサーベイの分析にAIが活用されている例が紹介された。
かつて富士通で従業員サーベイを実施すると、「どうせここに書いても、何も変わらないんでしょう」という声が最も多かったという。従業員が11万人以上も在籍しているのだから、全ての自由記述を目視で確認するのは現実的ではない。だが今では、「20代・東京勤務・エンゲージメントスコア65以下の人たちのコメントをまとめて」とAIに依頼すれば、1分以内にサマリーを出力できるようになっている。
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さらに、経営層の意思決定の場にもAIが導入され始めた。会議中の発言をリアルタイムで解析し、自律的に判断して関連するデータを表示するAIエージェントを、経営会議に参加させているのだ。従来であれば「いやぁ、良いご質問ですね。来週までに調べて、改めて報告します」とお茶を濁すこともできたが、その場で事実を突きつけられれば、即応せざるを得なくなるはずだ。まだデータの整備が不完全な領域もあるとはいえ、ファクトをもとに議論できるようになったことで、意思決定の質とスピードが向上した実感もあるという。
福田氏は、富士通グループでDXコンサルティング事業を展開するRidgelinez(リッジラインズ、東京都千代田区)が定義する「AI成熟度モデル」を取り上げ、富士通の現状を「Level.3からLevel.4に足をかけているところだ」と評した。つまり、AIによる特定業務の省人化・自動化が完了に近づき、組織横断で業務プロセスを変革するフェーズに入ろうとしているわけだ。
AI成熟度モデル
Level.1:個人作業の支援
・情報収集・調査・分析
・資料作成・コーディング
・添削・校正チェック
・マルチタスク管理
Level.2:社内共通業務・作業への組み込み
・社内コミュニケーションツールへの組み込み→問い合わせ業務の自動化+会議の議事録自動生成
・Web・社内向けナレッジのリサーチ→社内に蓄積された情報の検索・閲覧・利活用
Level.3:特定業務での活性深化・高度化
・リサーチ業務の自動化→社内外情報へのアクセスによる探索機能の強化
・人事評価支援
・申請手続き・認定業務の自動化
Level.4:業務運用ルールの自動運用(Co-Pilot化)/業務プロセス変革(省人化・自動化の適用拡張)
Level.5:業務運用の完全自動化
・業務機能の刷新
・要員再配置
・組織再編成
●「SaaSをバラバラに管理しては危険」 自社で“AIの主権”を握るべき理由
「AI活用の成熟度を高めるために必要なのは、AIの精度よりも“AI-Ready”な環境の整備だ」と福田氏は強調する。システムがバラバラで、データの定義がそろっていなかったり、精度にばらつきがあったりすれば、どれほど高性能なAIがあっても使い物にならない。
そこで富士通が進めているのが、社長がプロジェクトリーダーを務める「One Fujitsu」である。これは、合理的・迅速な意思決定を支える「リアルタイムマネジメント」、経営資源のend to endでの「データ化・可視化」、グローバルでの「ビジネスオペレーションの標準化」の3つを重点施策に据えた“経営プロジェクト”だ。
例えば、グローバルのグループ全体で60種類も存在していた購買システムを1つに統合するといったように、分散していたシステムを「OneERP+(基幹業務)」「OneCRM(顧客管理)」「OneSupport(サポート)」「OnePeople(人事)」「OneData(データレイク)」という形で、富士通全体の共通基盤として統一する。これにより、業務プロセスの標準化とデータの一元管理を図り、“AI-Ready”な状態へと近づけるのだ。
「あと1年半か2年ほどで、富士通は完全に正規化・標準化されたデータで埋め尽くされる。AIがそのまま使えるデータで満ちあふれる日を、とても楽しみにしている」(福田氏)
しかし、いくらOne Fujitsuで領域ごとに1つのシステムへ統合しても、現状60種類近いSaaSが稼働している。各SaaSには、それぞれのベンダーが開発したAIが搭載されているが、こうした複数のAIがバラバラに動いたままにしておくのは、大いに問題がある。AIごとに倫理基準やセキュリティ水準が異なれば、リスクの把握や管理も煩雑になり、全社的なガバナンスを効かせることが難しくなるからだ。
「自社がしっかりとAIの主権を握るべき」と考える富士通では、自社開発のAIプラットフォーム「Fujitsu Kozuchi」を開発した。Fujitsu Kozuchiが果たすのは、複数のSaaSに搭載されたAIをオーケストレーションしながら、富士通のAIとして足並みをそろえさせる役割である。
このように、真のAI経営を実現できる環境を着実に整えている富士通だが、こうした取り組みを進めるうえで気を付けていることとして、福田氏は次のように語った。
「現場に頼るばかりでは、変化は起きない。リーダーシップが介入し、制度設計や予算配分などの後押しをしなければならない。また、AIを十分機能させるには、従来の仕組みの延長線上で、業務にAIをプラスする発想ではダメ。AIを前提とした業務プロセスや人材育成、マネジメントの在り方まで、再設計する心構えが必要だ。そのうえで、人間がやりたいこと・やるべきことを特定し、それ以外は徹底的に“人間レス”を追求することが大切ではないだろうか」
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