トランプ政権とイーロン・マスクの“不思議な協力関係”から見える「アメリカ社会の矛盾と分断」

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2025年12月05日 09:30  日刊SPA!

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写真/Koshiro K-stock.adobe.com
トランプとイーロン・マスク。政治の中心で物議を醸し続ける男と、テック業界を自らのペースで揺らす男。本来なら同じ文脈で論じられない二人が、いまのアメリカでは“同じ象徴”として並べて語られてしまう。片方は過去を呼び戻す声をあげ、もう一方は未来を語り続ける。まったく逆の方向を向く二人に、なぜ同じように人々が惹きつけられているのか。その背景には、アメリカ社会が長い年月の中で静かに積み重ねてきた“ズレ”と“疲れ”がある、と久保内信行氏は語る。
新書『アメリカ合理主義の限界』は、派手な事象を追いかける本ではない。むしろ、「どうしてこうした人物の言葉が届くのか」という問いから、政治・制度・SNS・労働・文化に広がる“説明の不足”と“納得の難しさ”を丁寧に拾い上げていく。強く語る人が注目され、複雑な事情が置き去りになる社会。その構造を理解すると、トランプとマスクが“時代の象徴”になった理由が見えてくる。そして著者が示す重要な視点は、こうした変化が日本にも静かに広がっているという点だ。改革疲れ、制度への不信、SNSの偏り。アメリカの問題は遠い国の話ではなく、生活の実感に近い部分にも通じる。

今回は久保内氏に、“アメリカのいま”と“日本のこれから”について聞いた。

◆トランプ×イーロンは、いまのアメリカの「見取り図」

――まず、なぜ入り口に“トランプ×イーロン”を置いたのでしょう?

トランプとマスクは背景も立場も違うのに、どちらもアメリカを理解するための“目印”になっているからです。語る内容は真逆ですが、人々の感情を掴む力が共通している。その“掴み方”に、いまのアメリカ社会が抱える問題が表れています。二人の共闘はあっという間に崩壊しましたが、それは必然でした。

――二人はどこが共通しているのでしょう?

端的に言えば、「今のやり方に収まらない」という点です。トランプは“昔のアメリカ”を持ち出し、マスクは“未来の理想像”を提示する。方向は正反対ですが、どちらも既存の枠の外側から語る。その語りが、人々の不満や期待と結びついたのだと思います。

◆「説明が足りない国」になったアメリカ

――“既存の枠”が弱くなったのはなぜですか?

政治や制度が、かつてのように“共通の納得感”を生み出せなくなっているからです。判断だけは早く下される一方で、「なぜそうなるのか」が生活者に届かない。結果として、“理由が見えないまま物事が進んでいく感覚”が広がっています。

――それ、かなりストレスですよね。

実際、アメリカの友人と話していても、「説明されていない気がする」「気づいたらいろいろ決まっている」という言葉がよく出ます。医療や教育、働き方など、日常の多くの領域で似たことが起きており、こうした“理由の不在”が、強い語りの人を押し上げる土壌になっています。選挙や公共政策だけの問題ではなく、生活の隅々に広がる感覚なんです。

◆SNSが“強い声”を増幅させる

――SNSの影響も大きいですよね?

とても大きいです。SNSでは、丁寧な説明よりも“言い切る言葉”のほうが届きやすい。複雑な話をしても、なかなか読まれません。その結果、勢いのある語りをする人ほど支持が集まりやすい。トランプもマスクも、そこで注目を集めた人物です。「強く言える=頼りになる」という誤解が生まれやすい環境が整ってしまったとも言えます。

◆「あれ、これ日本でも起きてない?」という話

――ここまで聞くと、日本にも似たところが多いです。

そう思います。日本でも、“説明不足のまま進んでいく”という現象は少しずつ増えています。働き方改革、DX、DEIなど、理念は正しいのに現場が疲弊するケースは多い。「なぜ変えるのか」「誰のためなのか」が見えにくい。
SNSでは強い意見が目立つ。こうした環境が重なると、アメリカと同じような揺れ方が起きやすくなるんです。

――確かに、職場やSNSでも似た空気があります。

アメリカの現象を“別の国の特殊な出来事”として見てしまうと、重要な徴候を見落としかねません。むしろアメリカは社会変化が早く表面化する国なので、日本がこれから直面する問題を先に経験しているとも言えます。

◆「強く言える人」だけが目立つ社会は、何を生むのか

――トランプやイーロンの台頭は、アメリカの未来に何を示していますか?

一つは、「強い言い方が政治や社会を動かしやすくなる」ということ。勢いのある言葉ほど複雑さを削り、判断の材料を単純化してしまいます。もう一つは、“語れない人”が置き去りになりやすい点です。生活の事情が複雑でも、それを語る余裕がない。アメリカでは、こうした人々の不満が蓄積し、政治を大きく動かす力になりました。

◆著者が見た「アメリカの底にある空気」

――取材をしていて、どんな空気を感じました?

「以前の社会のルールが、もう機能している実感がない」という感覚が最も強かったです。制度自体は動いているのに、人々の納得が追いつかない。すると、“強く語る人”に寄っていく動きが生まれる。これはアメリカに限らず、日本でも起こり得ることだと思っています。

◆アメリカを見ると、日本の“これから”が透けて見える

アメリカの“限界”というと、派手な事件や政治的な対立を想像しがちだが、しかし本当の変化は、もっと静かで、日常の中でじわじわと蝕んでいる。理由の見えにくさ、説明の不足、強い声だけが届く環境。納得しないまま物事が進んでいく社会。アメリカはその“ズレ”が限界まで積み重なった国だと捉えると、日本のいまにも同じ影がゆっくりと伸びていることが見えてくる。トランプやイーロンを“遠い国の特異な人物”として眺めるのではなく、日本のこれからを考えるための鏡として捉える。その視点を与えてくれる一冊だ。

【久保内信行】
株式会社タブロイド代表取締役。週刊誌、月刊誌のライターを経て、現在はインターネット関連の編集、コンサルティング、運営を手がける。デジタルジャーナリストとして、デジタル分野を中心に現代社会の事象について多角的な視点から評論を行う。著書多数。12月18日に新刊『アメリカ合理主義の限界』を発売

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