
長野県小諸市農林課の櫻井優祐氏。櫻井氏は休日には趣味で山に入りクマやイノシシを狩る。最近仕留めたクマの肉は冷凍保存し、年末に猟仲間とすき焼きで食べる予定
各地で拡大するクマ被害を受け、これまで猟友会任せなことも多かった大型害獣の駆除について、自治体が"公務員"として直接ハンターを雇う流れが生まれつつある。
その職の名は「ガバメントハンター」。彼らは日々、どんな仕事に従事しているのか? 待遇は? 長野県小諸(こもろ)市で活動する現役のガバメントハンターに密着した!
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【数少ない正規職員】
全国各地でクマによる被害が相次ぐ中、対策の切り札として「ガバメントハンター」が脚光を浴びている。
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ガバメントハンターとは、狩猟免許と実猟経験を持ち、有害鳥獣の捕獲や駆除を公務として担う自治体職員のこと。
11月上旬、高市早苗首相は国会で「ガバメントハンターの確保を進める」と明言。その後、政府が取りまとめた「クマ被害対策施策パッケージ」では、その人材確保を主要施策に位置づけ、人件費支援制度の創設も盛り込まれた。
ガバメントハンターの雇用形態は正規と非常勤に分かれるが、現状では非常勤が多い。例えば兵庫県神戸市は2025年度、年収200万〜500万円、賞与年2回、1年契約の条件で「鳥獣対策専門員」を公募している。呼称は違えど、これも実質的にはガバメントハンターだ。
そんな中、正規職員として雇用する数少ない自治体が、長野県小諸市である。
標高2568mの浅間山南麓に広がる人口約4万人の市で、これまではシカ、イノシシ、ハクビシンの農業被害が多かったが、24年に入ってクマの出没が急増し、市内では初めて人身被害も発生した。
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一方で、捕獲従事者である小諸市猟友会の会員は、08年の102人から現在は40人弱に減少。加害獣の増加とハンター不足、この穴を埋める存在として活動しているのが、同市農林課の2人のガバメントハンターだ。
櫻井氏は、猟銃を用いたクマやイノシシの捕獲・駆除を担当し、市民の安全を守る現場の最前線に立つ
そのひとりが、櫻井優祐(40歳)。16年、わな猟免許と散弾銃、ライフル銃を扱う第一種銃猟免許を取得し、23年4月に一般行政職として小諸市役所に入庁した。
鳥獣対策の専門職として採用されたわけではなかったが、「実猟経験があるなら」との人事判断で農林課に配属。今も狩猟期間中の毎週日曜には趣味としての狩猟を続ける現役のハンターで、数日前にも「猟仲間と一緒にクマ3頭を仕留めた」と語る。
もうひとりの佐藤勝弥(28歳)は、「まさか自分がこんな仕事に......」と苦笑する。新卒で入庁して7年。企画課で広報を3年、教育委員会で学校関連業務を2年半担当した後、24年10月に農林課へ配属された。
櫻井のサポートを受け、現在は鳥獣対策の主担当を任されている。今年6月には「業務上必要だから」とわな猟免許を取得。今後は銃猟免許の取得も視野に入れているという。
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小諸市の若手ガバメントハンター、佐藤勝弥氏。わな猟免許を今年取得し、今後は銃猟免許も視野に入れる
「山で獣と向き合い、命のやりとりをする時間は、"生"を実感する得難い瞬間」と語る櫻井に対し、佐藤は等身大の思いを打ち明ける。
「正直、狩猟に興味はありません。できることなら動物の生き死にに関わりたくない。仕事と割り切って日々の業務に臨んでいますが、現場に行くときは、いつも怖いです」
同じガバメントハンターでも、ふたりのスタンスは驚くほど対照的だ。
【現場に同行】
ガバメントハンターは、平時はどんな仕事をしているのか? 櫻井はこう話す。
「普段は、鳥獣の個体数調整に関する事務のほか、農家や市民の相談対応、県との捕獲許可の調整、国からの要望調査などを担当しています。
私の場合は農業者への補助金交付など、農業振興に関する業務を兼務しています。鳥獣の捕獲や生態に関する知識だけでなく、行政職としての事務スキルやコミュニケーション力も欠かせません」
櫻井が農業被害の現地調査に行くというので同行した。移動は公用車の軽バン。運転席からすぐ手の届く場所には、獣を追い払うロケット花火や監視用の双眼鏡が置かれ、荷台には鉄パイプや猟具が積まれている。
浅間山麓を巡回中、休耕地で獣の足跡を発見。クマかと思いきや、櫻井氏は足跡の圧力具合からイノシシと見抜いた
畑地に着くと、農家が心配そうに待っていた。タマネギ畑の一角には無数の足跡が......。「シカに踏み荒らされちゃってね。このままじゃタマネギは冬を越せない」と肩を落とす。
櫻井は足跡の向きや周囲の地形を確認し、「侵入ルートは、やっぱりあちらのやぶですね」と指さした。その先には、市が無償で貸与し、櫻井が設置したくくりわなが仕掛けてある。
落ち葉や土に隠された踏み板をシカが踏むと、ワイヤーが足を締めつける構造だ。この日は踏み板の脇を通られ、わなは空振りに終わった。櫻井は踏み板の角度や位置を調整し直し、落ち葉や土で再び覆って見えなくして、さらにシカが踏み板を確実に通るよう、太めの枝を束ねて地面に置き、通り道を限定した。
「電話すれば専門職員がすぐ駆けつけてくれる。この対応の早さが本当に助かる」と農家は安堵(あんど)する。しかし、櫻井は不安げにこう話した。
「現場確認やわなの設置に猟銃は携帯できないので、最悪に備えて鉄パイプやクマスプレーを携帯しますが、クマやイノシシが頻繁に出没する林内では、ほぼ丸腰同然です。正直、怖いですよ」
市内の畑でシカ用くくりわなの位置を調整する櫻井氏。JR小諸駅から車で10分の地点だが、シカの群れの通り道になっているという
小諸市域の猟期は11月中旬から翌年2月中旬まで。その期間に山で狩猟を担うのは猟友会員らハンターである。
一方、櫻井らが公務として担当するのは有害鳥獣への対応だ。
通報が入れば現場へ駆けつけ、被害状況を確認して箱わなやくくりわなの設置を地元ハンターに依頼したり、スポット的に自らも捕獲に当たったりする。そして、獰猛な大型獣がわなにかかり、ハンターが出動できない場合には、櫻井自らが銃を手に取り、引き金を引く。
櫻井の"相棒"は散弾銃だ。散弾銃にも種類があるが、彼が手にするのは大物猟向きの単発自動銃。
普段は、市役所から離れた場所に自ら用意したガンロッカーで厳重に保管している。わなにかかった獣の種類や位置、周辺の安全確保など、猟銃使用の条件が整えば、市役所から一度保管場所に行って銃を取り、そのまま現場へと急行する。
「止(と)め刺(さ)しに銃器を使用する場合、課の上長にも共有しますが、最終的な判断と責任は自分にあります。
銃砲所持許可は"公務員だから"ではなく、あくまで個人に対して公安委員会から付与されている。だからこそ、引き金を引く判断はすべて自分が背負うんです」
現場で最も警戒すべき相手はクマだ。シカやイノシシ用のくくりわなに誤ってかかる「錯誤捕獲」も多い。錯誤捕獲されたクマは放獣するのが原則だが、ワイヤーが損傷していたり、かかりが浅かったりすると、振り切って襲いかかってくる危険がある。
櫻井はまず遠距離から双眼鏡で状況を観察。安全が確認されて初めて事業者と共に放獣作業に当たる。
小諸市猟友会の市川誠会長。米穀店を営む傍ら、長野県狩猟指導員としてガバメントハンターの育成にも尽力
ただ、櫻井は「現場の主役は猟友会のハンターさんたち。自分はあくまでサポート役です」と強調する。
「猟銃による止め刺しが必要なときでも、まずはハンターさんの出動が優先です。どうしても彼らが動けない場合に、私たちが代わりに現場へ入る。人里にクマが現れた場合は、移動経路やわなの設置ポイントを絞り込み、ハンターさんと共有します。
猟銃の使用が可能かどうか判断に迷う場面では、行政職員として適法かどうかの確認や助言をすることもあります。現場では一分一秒の判断が命に関わります。私たちがいることで、ハンターさんの負担が減り、迅速かつ安全な対応が可能になるのです」
【レジェンドの苦労】
「ガバメントハンターとして最も苦労するのは、クマではなくヒトへの対応です」
そう語るのは、北海道羅臼(らうす)町・産業創生課の田澤道広(66歳)だ。30年ほど前に正職員として採用されて間もなく、野生鳥獣担当となり、「最終手段を自分で持っていないと現場で迅速に動けない」と、第一種狩猟免許を取得。以来、鳥獣駆除の最前線に立ち続けてきた。
彼が相対してきたのは、本州のツキノワグマよりひと回り大きいヒグマだ。「ツキノワグマのほうがやんちゃな印象ですが、ヒグマは大きいぶん、一発の事故が命取りになる」と田澤は警戒を崩さない。
知床半島という国内屈指のクマ多発地帯にあって、田澤の駆除実績は群を抜く。これまでに仕留めたヒグマは数百頭。今年だけでも町域で駆除された24頭のうち、半数を担った。
北海道羅臼町・産業創生課の田澤道広氏。約30年前から正規職員としてヒグマ駆除を担っている
地元猟友会のハンターは二十数人だが、クマ対応の先頭に立っているのは、猟友会ではなくガバメントハンターである田澤だ。この点は、小諸市とは大きく異なる。
そんな"レジェンド"が「クマよりヒトに苦労する」とこぼす理由とは何か。
「『クマを殺すな!』といった類いの電話がしょっちゅう来ます。公務員なので、調べれば名前も部署の連絡先も出てしまう。『田澤を出せ』と名指しで電話が来れば、公務なので出ざるをえません」
多い日には1日10件。1件当たりの対応は30分、長ければ1時間に及ぶ。「なぜ駆除が必要だったのか?」という同じ説明を、何時間も延々と繰り返さなければならない日もあるという。
しかも、クマ出没が急増した今年は、真逆の苦情も増えているという。
「『電気柵なんて言ってないで、どんどん駆除してしまえ!』という電話をいただくことも増えました」
田澤が続ける。
「クマは、なんでも撃てばいいというものじゃない。繰り返し同じエリアに出る個体なら駆除の判断もありますが、初めての出没で悪さもしていなければ様子を見ることもあります。
そんなときに無線機のスピーカーから『駆除ではなく追い払え』という指示が響くと、周りの住民から『なんで駆除しないのよ!』『はよ〜駆除せいっ!』なんて声が飛んでくる」
公務員の立場で猟銃を持つガバメントハンターは、地元で目立つ存在となりがちだ。
「外出先で車を止めただけで、『田澤さん、クマかい?』と声をかけられる。いえ、シカですよ、と。私がそこにいるだけで『クマが出た』と思われてしまうのも困りものです」
【待遇と経費の問題】
一方、ガバメントハンターが存在しない東北地方のある自治体では、鳥獣対策を担当する職員がこう嘆く。
「クマ対応もそうですが、私たちが最も手を焼くのは猟友会との調整です。ハンターそれぞれに縄張り意識があって、『あの山に箱わなを仕掛けてほしい』と依頼すると、『あそこは俺のシマじゃない』と断られる。じゃあ、そのシマのハンターさんに頼めば、『本業が忙しくてそれどころじゃない』と断られる」
この自治体では、シカ1頭につき1万円ほどの報奨金を支給しているが、不正も横行している。
「駆除したシカ1頭を撮影して、そのまま裏返してもう1枚撮り、『2頭捕獲』として申請してきた例もありました。一番の問題は、行政側がおかしいと思っても、強く言えないことです。『じゃあもう駆除しないよ』と言われたら、お手上げですから」
職員はこう続ける。
「ガバメントハンターは、普段から猟友会と密に関わり、週末には趣味の狩猟を一緒にやるような関係性を築いています。
委託先と発注者ではなく、同じ現場に立つ同志に近い関係です。だからこそ、調整役としてうまく猟友会をコントロールできる。その存在意義は大きい。うちも本格的に導入を考えなければならないと思っています」
とはいえ、ガバメントハンターには大きな課題が残る。
田澤がこう明かす。
「現場に出れば、弾を10発ほど撃つこともあります。火薬や弾頭などを含めると、1発当たりのコストは500円ほど。現状では、その多くが自己負担です。
加えて、射撃練習や猟銃、弾薬の調整のために射撃場へ通う際の施設利用料、そこまでの交通費なども支給されません」
猟銃所持許可は個人の資格であるため、関係する経費も個人の趣味の領域と見なされている傾向がある。
「クマ対応で自家用車を使った際には、特殊勤務手当として1回1000円が出ますが、十分な額とは言えません。経費や支給の仕組みをきちんと整えなければ、後進を育てることは難しいでしょう」
こうした問題は、小諸市でも同様だ。現役のガバメントハンターからは、経費を含め、命の危険を伴う職務に対して、まとまった「危険手当」の支給を望む声が多い。小諸市農林課長の佐藤工は言う。
「私たちの課題は、まず職員の安全対策。そして、経費や待遇の整備です。今はどうしても、個々の職員の使命感に頼っている部分が大きい。ガバメントハンターを持続可能な制度にするためには、こうした部分を明確に位置づける必要があります」
国も期待を寄せるガバメントハンター。しかしその拡充には、明確な予算措置と制度的な裏づけが急務となる。
(敬称略)
取材・文・撮影/興山英雄

