写真2021年に取材した、川崎市高津区を拠点に活動するパイラスアカデミー。「野球を通じて『思考力』を育む」を標榜していたチームの4年後を追ってみました。後編は小林巧汰代表にお話を聞きました。
<保護者の練習見学を禁止にした理由>
——4年前に訪れたときは子どもは7人だけでした。現在は何人になったのでしょうか?
小林 今は23人になりました。
——地域柄、受験に熱心なご家庭が多く、6年生になると辞める子も多いと聞きます。パイラスではどうでしょうか?
小林 以前は活動が週一だけでしたが、今は水曜と土曜の週2回になりました。ですので5・6年生になってそんなに辞める子が多いということはなくて、受験が大変でもどちらかの曜日には参加してくれる子が多くなりました。
——4年前と変わらず連盟には所属していないとのことですが、試合はどのようにしているのでしょうか?
小林 月に1回強くらいの割合で行っています。年間でいうと15試合くらいですね。近くにあるうちと同じうような連盟未加盟のチームとやることが多いですね。
——チームの強さ的にはどうなのでしょうか?
小林 市の大会で優勝するようなチームと5年生同士で試合をして勝ったりもしていますし、「緩くやっているから強くない」ということはないかなと思っています。
——練習には保護者の姿がありませんでしたが、試合の時は応援に来ているのでしょうか?
小林 はい。多くの保護者の方が応援に来てくれています。ちなみにうちは保護者の練習見学を原則禁止にしています。
——それはどういった理由から?
小林 練習時間も短いですし、見ての通り子ども本位で、子ども達が自主的にやりたい練習をやらせています。ですので、練習を見に来ると自分の子に「もっとあーしろ、こーしろ」とどうしても言いたくなってしまうと思うんです。その気持ちもよく分かります。だったらそもそも見ていなければそういった感情になることもないだろうということなんです。
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<子ども1人1人のニーズに応える>
——パイラスにはどんな子が集まっていますか?
小林 別のチームに入っていたけれど、怒声・罵声を浴びて野球が嫌になってしまった子や、保護者の負担がきつすぎて親御さんが疲れてしまったご家庭の子、勝利至上主義のチームで全然試合に出して貰えなかった子など様々です。パイラスでなければ野球を続けられていなかったという子が多いですね。
——中学でも野球を続ける子はどれくらい?
小林 これまでの卒団生のほとんどが中学でも野球を続けています。硬式に進む子もいますよ。最初の入団生がいま中3なので、まだ高校でやっている子はいないですけど。
——ポジションはどのように決めているのでしょうか?
小林 基本的には、本人のやりたいポジションをやらせるようにしています。今ピッチャーをやっている子は、馬力はないんですけど練習を見ているとコントロールが良かったんです。それで「ピッチャーやってみる?」って何回か言ったんですけど「緊張するからいいや」って半年くらい断わられていたんです(笑)。でもたまたま試合で1イニング投げてみたら抑えて、それが自信になったのか、今はピッチャーにハマっているようです。もの凄くいま成長しています。
——技術指導はどのように?
小林 聞きに来るまでは教えない、というのが基本的なスタンスです。
——「これは怪我をするなぁ」という投げ方をしている子に対しては?
小林 そういう子に対しても、子どもとしっかり相談してからの指導になります。
「今の投げ方だと怪我をしてしまうことがあるよ。怪我をしたら半年くらいリハビリになる。それを防ぐためには投げ方を変えないといけない。でもそうすると、今までみたいに練習中ずっと自由に好きな練習をやるだけじゃなくて、毎回30分くらいは怪我をしない投げ方の練習を一緒にやることになる。その時間はもしかしたら楽しくない時間かもしれないけど、どうする?」
そんなふうに話して、最後は本人の判断に委ねるようにしています。お父さん、お母さんにも共有するようにしています。
これまでに「僕はこのままでいいです」という子もいました。本人が変えたくないのであれば、それ以上は言いません。そう考える子にいくら教えても身につかないですから、無理には教えません。
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——子どものレベルも様々で、驚くくらい上手い子もいますね。
小林 そうなんです。なかには「将来プロになりたいから/強豪高校に行きたいから厳しくやって欲しいです」という子もいて、そういう子には厳しいことを言うこともあります。そのことは他の子達にも説明して理解してもらっています。
——子ども1人1人のニーズに応えるということですね。
小林 ニーズに応えるという事で話すと、今年の話なんですけど「どうやったら西武ライオンズに入れますか?」と聞きにきた子がいました。本人は将来西武の選手になることを夢見ていて、「西武の人と話がしたいです」と言ってきたんです。どうにか接点を探したら、私の高校の先輩にファームでブルペンキャッチャーをされている荒川雄太さんという方がいました。そのことを教えると「会いたいです!」というので、2人で西武がキャンプをしている高知まで会いに行きました。
——行動力がすごいですね(笑)
小林 そこで荒川さんに会食の場を設けていただんです。その子も一生懸命に「小さい頃はご飯をどれくらい食べていましたか?」「プロに入るために今のうちに伸ばしておくスキルは何ですか?」とか聞いていました。翌日はベンチにも入れて頂き、新人王も獲得された水上由伸選手と練習を見ながら1時間近くお話しをする機会を頂くなど、その子にしたら夢のような時間だったと思います。未だに何を話したのかは教えてくれませんけど(笑)。
あとは、オリックスとソフトバンクのファンの子がいて「キャンプを観に行きたい」という声があったので、保護者とも相談して、宮崎まで一緒に観に行ったりもしました。
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<サインを出すか出さないか、子ども達と話し合った2時間半>
——「勝利至上主義」という方針とは真逆のチームに見えますが、「勝つ」ということをどのように捉えていますか?
小林 緩くやっていますけど、勝たなくて良いなんて思ってはいません。試合では勝ちたいですし、「勝負事は勝たないとつまらない。何があっても勝とうよ!」ということは子どもたちにも言っています。
——試合ではノーサインで子ども達主体でやらせいるのでしょうか?
小林 サインを出す、出さないも、子どもと話をして決めています。子ども達が初めて大会に出るときにこんなことを話したんです。
「プロ野球ももちろんだけど、高校野球も少年野球も監督がいて、その人がサインを出している。なぜかというと、大人がサインを出した方が試合の流れが読めるから、勝てる確率が上がるから出している。
君たちには日頃から『自分で決めて』と伝えているから、あまり大人である僕や監督からサインは出したくはない。でもサインを出して欲しいか、(監督がサインを出さずに)自分たちで考えてやりたいか、ちょっとそれを話し合おう」
そう話して、駅前にあるカレー屋さんを貸し切りにしてもらって、子ども達と2時間半くらい、1人1人に意見を聞いて話し合ったんです。結果、サインを出して欲しいという結論になったので、今は試合では監督がサインを出しています。
ちなみにポジションと打順も事前に子ども達と話し合って決めています。
——試合には子ども達はどんな意識で臨んでいるのでしょうか?
小林 試合に負けたら子ども達は泣いています(笑)。それくらい真剣に臨んでいるのだと思います。終わった後は子ども達だけでミーティングをしていて、そこに大人は介入しませんし、どんなことを話したのかも知りません。
試合で負けた次の練習のときは、「この前負けたからアレやろうよ」「やだ! 俺はバッティングがしたい!」「この前負けたんだから、そんなのやったって意味ないじゃん!」とか、そんな議論が巻き起こっていますよ(笑)。
この子達は、議論する能力は相当身についていると思います。
(取材・写真:永松欣也)