プレミアリーグのチェルシーに世界最高の守備的MF カイセドはデュエルでゲームを支配する

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2025年12月09日 07:20  webスポルティーバ

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西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第78回 モイセス・カイセド

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 プレミアリーグのチェルシーは、今季欧州ビッグクラブのスタンダードになっている最新戦術を駆使していますが、なかでも特徴は強度の高い守備。その中心となっているモイセス・カイセドのプレーを紹介します。

【際立つデュエルの強さ】

 モイセス・カイセドは世界最高の守備的MFのひとりだ。エクアドルのインデペンディエンテからプレミアリーグのブライトンに移籍した時は400万ポンド(約5億8000万円)、それからわずか2年でチェルシーへ移籍した2023年の移籍金額は少なくとも1億ポンド(約182億円)と言われている。

 エクアドルではいくつものトライアルで不合格だった。ようやく合格したインデペンディエンテでいきなり負傷して10カ月もプレーできなかった。ただ、ユースチームを経てトップに昇格した時点で、ミゲル・アンヘル・ラミレス監督は、「最初に練習に参加した時点ですでにチームのベストプレーヤーだった」と述懐している。

 底なしのスタミナと強烈なフィジカルコンタクト、守備だけでなく攻撃でも正確なパスと相手ゴール前へ飛び込んでいく機動力をみせつけていたという。

 2021年にブライトンへ移籍。まもなくアーセナル、リバプール、チェルシーの争奪戦が始まり、最終的にチェルシーへ加入した。

 エンツォ・マレスカ監督が率いるチェルシーは現代的なビッグクラブだ。マンチェスター・シティ、リバプール、アーセナルと同じく、最後尾からのビルドアップでボールを運び、押し込みながら守備の構造を作り、失ったら前線からの即時のプレッシングで奪回する。今や欧州ビッグクラブのスタンダードとなった戦い方をチェルシーも採用している。

 ただ、そのビッグクラブ仕様のプレースタイルにも濃淡がある。

 チェルシーはプレッシングが強みだ。カイセド、エンソ・フェルナンデス、リース・ジェームズで組むMFはデュエルに滅法強い。フォーメーションは4−2−3−1、エンソ・フェルナンデスはいわゆるトップ下のポジションなのだが、攻撃よりも守備とハードワークが目立っている。トップ下にセカンドトップやプレーメーカーのタイプではなく、ボランチ適性の選手を配置するケースがいくつかみられるようになったが、チェルシーもそのひとつだ。

 カイセドは3人のなかでもとくにデュエルの強さが際立っている。

【守備的MFの系譜】

 1925年にオフサイドルールが現在と同じ2人オフサイド制(※オフサイドラインがゴールラインから2人目の相手)になったあと、WMシステムが考案された。1960年代までの標準的システムは今風に記せば3−2−2−3だが、この時のハーフバックが現在ボランチと呼ばれているポジションのルーツになる。ハーフバックは相手のインサイドフォワードをマークしつつ、攻撃では後方と前方をつなぐ役割を果たしていた。

 やがて4−2−4、4−3−3とシステムが変わり、かつてのインサイドフォワードは攻撃的MFと呼ばれ、ハーフバックはプレーメーカー、守備的MFに分かれた。

 守備的MFは相手の攻撃的MFを抑える重要な任務があり、当然守備力の高い選手が務めていたわけだが、同時に攻撃力にも優れた人材も輩出していった。1990年イタリアW杯で優勝した西ドイツのローター・マテウスは中盤の底に位置しながら司令塔の役割を果たし、同時期にはオランダのフランク・ライカールトも攻守に抜群の存在感をみせていた。このふたりは守備的MFの完成形と言えそうだ。

 そんななか、少し毛色の変わった守備的MFも登場する。ジョゼップ・グアルディオラはその代表だった。マテウスのスピードもライカールトのパワーもないグアルディオラが中盤の底に起用されたのは、配球力を買われたからだ。

 バルセロナでグアルディオラを抜擢したヨハン・クライフ監督は、そのポジションを「4番」と呼び、最も重要なポジションとしていた。あるインタビューで「4番」の役割を説明するにあたり、テーブルの上の作戦盤というか作戦布を手前に引き、センターサークルに「4番」のコマを置いた。

 フィールドのど真ん中、最もボールが経由する場所に最もパスワークに優れた選手を起用する。戦術の説明は「4番」から始まり、緑色の布の3分の1が垂れ下がっていたのが象徴的だった。バルセロナの「4番」は攻撃のためのポジションであり、「守備的」ではないのだ。

 のちにセルヒオ・ブスケツが「4番」を継承し、ミランのアンドレア・ピルロ、レアル・マドリードのフェルナンド・レドンドも、このタイプの深い位置にいるプレーメーカーとして活躍している。

 現在のプレミアリーグではシティ、アーセナル、リバプールがこのタイプのアンカーを配している。守備もできるが、ビルドアップにおいてアンカーは重要な役割を果たすからだ。だが、チェルシーは少し趣が違う。ビルドアップのハブになる役割はあるが、それよりも守備力が重視されている。

【守備でゲームを支配する】

 カイセドはグアルディオラやピルロのタイプではなく、モデルになるのはエンゴロ・カンテやクロード・マケレレである。あるいはミランでMFとしてプレーしたマルセル・デサイーと似ているかもしれない。

 相手の懐に入る守備ができる。ボールに足が届くところまで寄せきる力がある。

 チェルシーはエンソ、ジェームズ、カイセドのMFが相手MFをマンツーマンでマークする。ハイプレスの時はもちろんだが、ミドルゾーンにブロックを構える守備でも早めに相手を捕まえてしまう。この強度の高い守備が可能なのは3人の1対1で奪う能力が高いからだ。マンツーマンはひとり外されれば崩れていく。1対1の守備力が肝で、カイセドはとくにその能力が高い。

 1994年のCL決勝で絶頂期のバルセロナと対戦したミランは4−0と予想外の大差で圧勝した。グアルディオラが司るバルセロナのパスワークを破壊したのがデサイーだった。試合前、「攻撃か守備か。テクニックかフィジカルか。今後のサッカーを決める試合」と、クライフ監督は挑発的に語っていたが、結果は守備とフィジカルの勝利だったわけだ。

 現在の欧州トップクラスのチームは攻撃も守備も、テクニックもフィジカルも優れているが、そのなかにも濃淡はある。

 守備とフィジカルに強みのあるチェルシーはビッグクラブのスタンダードの片端にいるチームで、その核になっているのがカイセドなのだ。

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