
「鹿島が一番だ!」
試合後にインタビューを受けたあと、植田直通がゴール裏に向き直り、腹の底から叫んだ。9年ぶりのタイトルを手にしたチームリーダーのひとりは、背負い続けた重圧からようやく解き放たれ、瞼を濡らしていた。
「僕もそうですけど、(柴崎)岳くんや(鈴木)優磨、(三竿)健斗は、もともと鹿島にいて海外から帰ってきた選手で、(2016年のJ1)優勝を知っている。そんな自分たちが、どれだけ周りに(優勝の経験を)伝えられるか。すごく大事なことでした。タイトルの味を知らない選手たちに、今日、その味を知ってもらったことは、鹿島にとってすごく大きなことだと思います」
かつて「常勝軍団」と呼ばれた鹿島アントラーズも、長らく優勝から遠ざかっていた。その空白に、ようやく終止符が打たれたのだ。
大きな転機は、2024年10月に起きた。中田浩二氏のフットボールダイレクターへの就任だ。
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「言い方が合っているかわからないけれど、止まっていた部分があったと思います。過去に縛られて動けなかったところもありましたが、『新しい鹿島を』と掲げ、新しいことを取り入れるようになりました」
静かにそう言葉を紡いだ中田氏は2025シーズンから、国内タイトル7冠の実績を持つ鬼木達監督に指揮を託した。現役時代に"ジーコ・スピリット"を体感したクラブOBだ。新しい鹿島として、"止めて蹴る"を研ぎ澄ませ、相手コートに押し込んで、観衆を魅了するサッカーを目指してスタートした。
多くの選手が今シーズンを振り返るとき、真っ先に口にするのは「日々の成長」だ。練習後の居残りトレーニングは当たり前となり、三竿や植田が"止めて蹴る"という一見単純な動作を何度も繰り返す。妥協はいっさいない。すると自然に周りも続く――そんな空気がチーム全体を包み、若手を含めて"基準値"を引き上げていった。リーグ終盤の引き締めにキャプテン柴崎の存在も大きかった。
今季から中盤に台頭した下部組織出身の23歳、船橋佑が振り返る。
「岳くんは練習でめちゃくちゃ調子が良くて、動けているんです。それなのに(試合には)出られない。絶対に悔しいはずなのに、日々、チームのために行動している。試合ではベンチに入れば水を渡したり、出場選手に声を掛けたり。その姿を見れば、自分ももっとやらないといけないと思わされるんです。今年はボランチ全員が大きく成長しました。それはそういう選手がいるからこそ。学ばないといけない」
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【「ブレないからこそ、鬼さんについていこうと」】
舩橋の言葉どおり、今季は複数の若手が先達に触発されて飛躍的に成長した。21歳のDF津久井佳祐、21歳のDF溝口修平、18歳のFW徳田誉といった面々がチームを底上げ。日常の積み重ねが全体のレベルを押し上げ、自然に切磋琢磨する空気を醸成していった。
ピッチ外の尽力も、優勝を支えた大きな要因のひとつだった。シーズン中盤には負傷者が相次ぐ難局を迎えたものの、中田氏を中心に強化部が迅速に動いた。クラブOBである山本脩斗氏と前野貴徳氏は、毎週末にスカウトとして他クラブの試合を視察し、可能性のある選手を精査することを託されていた。必要なポジションの選手リストを常に更新し、状況が訪れれば即座にアプローチ。千田海人や小川諒也の獲得につなげた。
強化部は鬼木監督からのリクエストにも、迅速に応え続けた。食事や前泊のルール、アウェー遠征の道程まで、準備の効率と選手のコンディションを考慮して可能な限り突き詰めた。小さな改善を積み上げ、勝つために最適な環境をクラブと現場がともに構築していったのだ。
勝つためにできることはすべてやる――その姿勢は、現場だけでなくチーム全体を貫いていた。
今季の鹿島は、連敗しても、連戦でうまくいかない時期があっても、チーム全体の空気が後ろ向きに傾くことはなかった。むしろ、苦しい状況のときこそ顔を上げ、前に進む力が上回った。
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「チームは生き物」
長きにわたりアントラーズの強化部長として先頭を走った鈴木満強化アドバイザーがよく言う言葉だ。負けているときこそ、一体感を持ってチームのために戦わなければならない。副キャプテンの植田が振り返る。
「うまくいかないときに、コロコロ変わってしまうことがある。これまでも、選手として迷いが出てしまって難しくなる経験をしてきた。でも、鬼さん(鬼木監督)はどんな状況でも言うことが変わらない。ブレないからこそ、鬼さんについていこうと思えるんです」
同じく副主将の鈴木もそれに同調する。
「年齢を重ねると、なかなか言われなくなってくるもの。でも鬼さんは、中心選手にも高い要求をし続けた。そこに僕らが向き合うことによって、ほかの選手もやらなければいけないという空気になる。そこはよく考えられている。さすがだなと思いました」
【優勝はしたが、まだ理想には...】
理想が高ければ高いほど、現状に満足することはない。今年のチームには、日々の練習に強度と熱量が増し、ピッチには常に競争の気配が漂っていた。
12月6日の最終節、横浜F・マリノスをホームに迎え、見事に2−1の勝利を収めた。自力で優勝を決めたあと、植田と鈴木が、そして三竿が抱き合い、3人の両目に涙が溢れた。これまでの苦しみからくる達成感と安堵感に浸りきった。鈴木は語る。
「2016年の(優勝の)ときは、正直、右も左もわからなかった。当時は先輩たちが走っているところについていけばよかったけど、今はそこを自分たちが示さなきゃいけない。示す大変さというのは、この4年でものすごく痛感していました。経験のある選手たちが戻ってきて、経験豊富な指揮官が就いた。達成感は正直、全然違います」
理想は"相手を圧倒して、見る人を魅了するサッカー"だ。ただし鬼木監督が求める基準には到底届いていない、とチーム全体で自覚している。今季全試合出場を果たした松村優太は言う。
「シーズンを通して、攻守に圧倒して勝とうと。それが目標でした。でも振り返れば、どうして勝てたのだろうと感じる試合も多かった。それが最終節にやっと形にできたのかな、と思っています」
9年ぶりのタイトルを手にした最終戦、GK早川友基、CB植田、MF知念慶、MF三竿、FW鈴木の縦ラインが礎となり、荒木遼太郎、松村が躍動。理想の始まりを告げる序章のような戦いを見せた。
鈴木が見る、今のチームの立ち位置はいかほどか。
「監督が目指すところにどれくらい到達できたか? 100のうち5とかじゃないですか。本当にそんな感じですよ。そのくらい求めるものが高い。だけど、全員がチャレンジしよう、上手くなろうという反応を示せた。それがチームとして成長できた一番の理由だと思います」
まだまだ未完成。タイトルを知ったチームは、いかにさらなる成長を遂げていくか。目指す理想への挑戦は、まだスタートラインに立ったばかりだ。
