
「会社の決算書を見て驚きました。売り上げは20年連続減少で、2000年に15億円だったのが、2019年には4.9億円にまで落ち込んでいました」――1906年創業の製缶会社・側島製罐(愛知県大治町)の代表取締役 石川貴也氏は入社当時を振り返る。
【組織崩壊の危機にも】20年連続で「売上減少」していた老舗缶メーカー、「V字回復」の裏側
同社は菓子やのりなどを入れる一般缶を製造する缶メーカーで、石川氏は2020年4月に家業を継ぐために入社、2023年4月に代表取締役に就任した。
会社の売り上げが右肩下がりだった理由について、同氏は「1980年くらいまでは一般家庭でもお中元やお歳暮を贈り合う文化があったのですが、近年は景気後退などによる買い控えや虚礼廃止の動きも強まりました。ギフト需要の減少が大きな要因だったのではないかと思います」と説明する。
側島製罐ではデパートやテーマパークなどのギフト需要が売り上げの半分以上を占めていた。そのため、景気後退や慣習の変化が大きな打撃となったのだ。
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これまで安定的に大きな仕事を受注できていたために、新規顧客の開拓にも苦戦した。2020年は過去最低の売上高で企業存続も危ぶまれる状況に陥った。
石川氏の入社時、社内では業績不振の犯人捜しが起こっていたという。営業は「製造現場が不良品ばかり出すから」と言い、製造現場は「営業がいい仕事を取ってこないから」と言い、他でも「スマホでゲームして遊んでいる人がいる」や社長の悪口などがそこかしこで聞かれた。
石川氏は「犯人探しが起こっていた理由については、推測の部分もありますが」と前置きした上で、当時の状況を以下のように話した。
「みんな真面目でいい人なので、売り上げが3分の1になって、80〜90人いた社員も30人以下に減って、ボーナスが減ろうが給料がなかなか上がらなかろうが、理不尽に怒られたりしながらもしばらくは頑張って仕事をしてくださっていたのだと思います。そんな状況がなかなか変わらず、待遇も改善されない、業績も上向かない状態が続いた結果、『自分たち以外の何かのせいだ』と思って、犯人探しが始まったのかと思います」
社員間の雰囲気が悪く、チーム内の連携がうまくいっていない状態から、業績はV字回復し、チームワークも大幅に改善された。2021年に売上高は20年ぶりに増収に転じ、3年連続で増収増益を達成しているという。どのような組織改革があったのか。
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●「怒らないと人は動いてくれない」 度重なる社員との衝突
石川氏が2020年の入社後にまず取り掛かったのはインフラ整備だった。紙だらけだったバックオフィスや営業業務のデジタル化、ロースペックPCの交換や新しいPCの支給、オフィスや工場の労働環境の整備などを進めていった。その中で少しずつ社員との関係を構築していった。
これまでのやり方を大きく変えていくにあたって、不安に感じた社員もいたようだ。石川氏は「今はみんなと強固な信頼関係を築けていますが、仲違いしたこともたくさんありました」と振り返る。
「前代表の父の姿を見ていて、中小企業では怒らないと人は動かないと思い込んでいたんです。怒りたくないけど怒ってしまった結果、社員に『良かれと思ってやっていたのに、頭ごなしに怒られる。なぜこんなことを言われなければならないのか。俺はもうこの人の下で仕事できない』と言われて、1カ月くらい口をきいてもらえませんでした。最終的に和解し、会話ができる状態になりましたが、自分のやり方が間違っていたと気付けました」
このようなぶつかり合いは一度や二度の話ではない。社員と衝突した際には諦めずに分かり合えるまでずっと話し続け、パワハラやセクハラが横行する文化にも根気強く向き合った。最初は「お手並み拝見」と見ていた社員たちも、会社が少しずつ変わっていく空気を感じ、現在は腹を割って話し合える関係に発展した。
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●ミッション・ビジョン・バリューの策定に着手 社員の半数が有志で参加
石川氏が入社後に着手し、組織が大きく変わった取り組みの一つに、ミッション・ビジョン・バリューの策定がある。
「組織改革を考えていく中で、会社の軸がないといいものを作れないよなと気付きました。みんなが『これが自分たちのやるべきことだ』と納得感を持って進んでいくためには、共通の価値観や軸がないと難しいだろうなと。経営者が『これがいいと思ったから、社員は従うべき』という方針だと、ここ20年の負の歴史を再生産するだけになってしまうので」
ミッション・ビジョン・バリューを策定するプロジェクトの声かけを行ったところ、当時の社員の半数ほどが有志で集まり、2021年にプロジェクトが始動した。
石川氏含め参加者全員がコピーライティングやプロジェクト運営の初心者であったため、石川氏がミッションとビジョンを作成し、バリューをプロジェクトで考えることになった。
「そもそも側島製罐には経営理念も社訓もありませんでした。その概念もなく、つくる意義も不明瞭な状態でミッションやビジョンからみんなで考えようというのは自分自身も率先垂範できず、責任放棄のように感じました。まずは自分が新しい挑戦としてミッション・ビジョンをつくり、その姿をプロジェクトメンバーに示してからバリューづくりに全員で取り組もうと思いました」
ミッション・ビジョンをつくるにあたり、社員や前代表、祖母へのヒアリングに加え、缶に関する情報収集のため地元の図書館や国会図書館にも足を運んだ。家庭で缶に触れる機会が減り、缶文化が衰退する中、側島製罐でも量産品化の流れを見直し、自社の存在意義や仕事の価値を再定義するとともに、どんな依頼にも応えてきた同社の歴史や、多様な形状の缶を生み出せる技術を強みに、缶の可能性を広げる決意を言語化した。
ミッションの「世界にcanを」には、世の中の大事なものを増やし社会を良くしていく、そのために缶を作るのではなく、canを作るのが仕事だという思いを込めた。ビジョンの「宝物を託される人になろう」では、大事なものを缶に入れるという今までの缶の歴史をこれからも続けていくために、誰かの大事なものを託してもらえる存在になるという姿勢を示した。
これらを案としてプロジェクトメンバーに共有し、心から共感できるかを確認したうえで、ミッション・ビジョンとして決定した。バリューは社員の行動に強くひも付く価値観であるため、社員を巻き込みながらプロジェクトを進めていった。
具体的には全員から大事にしている行動や考え方をあらためて集めて、要素分解したり一言にまとめたりという作業を通じて価値観をすり合わせていった。これまで社員は会社に対して「自分の意思が反映されることはない」「何を言っても無駄」と思っていたようだが、プロジェクト内で自分の意見が組織方針に反映されていくという経験によって当事者意識が高まったという。
実際、完成したバリューをプロジェクトに参加していなかった社員に発表する話になった際にもプロジェクトメンバーから『代表ではなく、メンバーから発表しよう』という発言があった。
「これまでだったら、私がみんなに伝える役割だったのですが、プロジェクトメンバーが自発的に動いてくれました。バリューの一つである『自分の言葉で熱く語ろう』を体現していて、自分事として捉えてくれているのだなと感じました」と石川氏は振り返る。
ミッション・ビジョン・バリューという会社の原点となる軸を共有することで、社員の行動が会社の方針から外れなかったり、経営者に判断を仰がずとも自律的に意思決定できたりするように組織が変わっていった。
●報酬は自分で決める 側島製罐の面白い人事制度
組織改革を進める中で、新たに人事制度も確立した。中でもユニークなのが「自己申告型報酬制度」だ。社員は今後半年間の業務内容と希望給与額を宣言する。宣言に対し、社員と投資委員会というチームが業務の実現可能性や報酬の妥当性を議論し、最終的な報酬額を決定するという仕組みだ。
この制度は石川氏の違和感から生まれた。「ミッション、ビジョン、バリューを策定したことで、みんなが今までにないくらい目を輝かせて仕事して、仲良くなって、頑張っている。これまで『怒られないように仕事しよう』『余計なことをしないようにしよう』と他人軸で仕事をしていた社員が、ようやく自分たちが作った軸を指針にオーナーシップを持って仕事をし始めた。その中に評価制度が組み込まれたら、そっちを見て仕事をしてしまうのではないかと思ったんです」と話す。
報酬に対してスキルや業務内容が不足している場合には「もっとこういうことをしたら理想の報酬に近づけられるよ」と提案する。逆に「もっともらったほうがいいよ」というアドバイスをすることもあるという。
申告は半年に1回。直近では2025年9月に実施したが、人件費は年間600万〜700万円増の見込みだという。社員自身が仕事の役割と報酬を決める仕組みは、彼らが会社の現在地や自身の仕事の価値に向き合い、そこから当事者意識を持ってどのように改善していくのか、その姿勢を育む機会になっているように見える。
●「違う会社になった」
さまざまな改革を経て、側島製罐は生まれ変わった。その雰囲気は顧客にも伝わっているという。
「『違う会社になりましたね』と言われるようになりました。例えば、お客さんが工場とかに来られた際にみんな顔上げて笑顔で挨拶するんですよ。『宝物を託される人になろう』というビジョンを設定したと話しましたが、顧客にとっての宝物の一つである商品を任せられる会社・工場になっているかどうかを、各々の社員が判断し行動する意識が定着していると感じます」
石川氏は最初の1年は工場パトロールなどを頻繁に実施していたが、現在は顧客を案内するときに工場の中に入る程度でパトロールやチェックなどは一切行っていないという。当初は「代表が来る日だからちゃんとしよう」という意識が社員側にあったようだが、現在は社員が会社を良くしようと自発的に動いており、認証制度を取得したりプロジェクトを立ち上げたりしているという。
各々がミッション・ビジョン・バリューという判断軸を持って自走するようになったことで、組織は新しいステージに進んだ。会社を継続的な成長路線に乗せるためには、今後どのような課題が露出しそうか。
石川氏は「最近『側島3.0』になろうという話をみんなでしています」と話す。1.0は個人も組織も疲弊していた昔の姿、2.0はみんながミッション・ビジョン・バリューを大事にしながら、認め合ったり挑戦を応援したりする状態を指す。
「現在はチームワークを重視するあまり、その関係性を壊さないような力が働いてしまっている部分があると思います。言うべきことを言い合ったとしても、関係性が崩れない対話をするスキルを身に付けたり、伝え合ってお互いのレベルを上げて行ったりするステージに行こうと話しています」
側島製罐は、長年の売り上げ減少と組織の分断に直面しながらも、対話を増やし改革を進め、新たな組織に生まれ変わった。ただし、改革はゴールではない。これからは「側島3.0」に向けて、関係性を壊さずに言い合える力が求められるフェーズに入る。伝統企業はどのように次の成長曲線を描いていくのだろうか。
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